私の従兄弟への扱いが悪いので、悪役令嬢らしく攻略対象を締めに行ってきます
『これまでの私の苦労は何だったの?!』の続編です。
こんにちは、乙女ゲーム『シズナル学園の恋愛革命』、略して『シズレボ』の悪役令嬢、タンジー・ララクレマです。
また会えた人には2度目だけど、私のことを説明するわ。
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私はお人好しすぎる父親が傾けた男爵家を叔父の協力で立て直し、立ち上げた家業の新製品を貴族の子女が通うシズナル学園で着てお披露目していることからファッションリーダーになったの。
ところが、いつも着たきり雀のヒロイン(ヒロインのせいで怪我の後遺症のある攻略対象にヒロインが貢ぎまくっている)に善意で服を上げていたら(外出着は一度袖を通したら、新商品の発表そしないといけないので気に入っていていても二度と着る機会がない)、嫌がらせだとか嫌味だと攻略対象に因縁を付けられて没落するのよ。
ある日それを思い出した私は、家業の為に必要な人脈作りで在籍しているだけだった(我が家の金目当てや体目当てが不快で堪らなかった)ので、喜んでさっさと退学することにしたってわけ。
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以上、私のこと説明=前回のダイジェスト終わり。
ある夕方、叔父が暗い顔をして我が家にやってきたのが今回の事の始まり。
私と仕事の打ち合わせをしていても、時々こちらが意気消沈するような溜め息を吐く。
応接用のテーブルを挟んでそれぞれの長椅子に座っていたけど、叔父の溜め息の音はハッキリ聞こえるくらい大きい。
「叔父さん、どうかしたの?」
思わず私は声をかけちゃったわよ。
お父様が頼りにならないから、自然と叔父が父親代わりになってくれることが多かったから、叔父を二人目のお父様だと思っているのよね。
叔父は父と同じ金貨のような色の髪をした精悍なタイプだけど、今日は元気が無い。
「ああ。アンガスのことなんだが、急に自宅で引き篭もっていてな・・・」
従姉弟のアンガス(私の婚約している従姉弟の弟)は私より3つ歳下でシズナル学園に通っている。
私の1つ歳下の婚約者様もやっぱりシズナル学園に通っている。
私の婚約しているほうの従姉弟はそれはもう、呑気な極楽鳥のような男で、頭を振ったら音がしてもおかしくないタイプ。アンガスは兄が兄だから伸び伸びと何の悩みもなく騎士を目指していたの。
もし、私が婚約相手を選べるとしたらアンガスのほうが良かった。
だってね、アンガスは叔父に似た真面目な性格なので、好意を持たないでいるほうが難しい。逆にエマーソンは私と違って新商品を着ることを楽しんでいるような性格だから、私は苦手意識を持っているくらいだもの。
うん。
家業的には着飾ることが好きな兄のエマーソンのほうが役に立つけどね。
「アンガスが?! シズナル学園を休んで? アンガスはどうしちゃったの、叔父さん?」
私はビックリしすぎて身を乗り出してしまった。
「取り巻きを務めていたサイモン様のご勘気に触れてしまい、姿を見せるなと言われてしまったそうだ」
サイモンというのは叔父の伝手で我が家の後ろ盾になって下さっているロメイン公爵令息だ。
清廉潔白な性格で、アンガスは兄とも慕っているお方だ。実の兄が実の兄だから。
「そんな?! アンガスはサイモン様をあんなに尊敬していたのに!」
そういえば、サイモンは攻略対象だった。
「どうしてそんなことに?!」
「サイモン様が身分の低い女生徒に熱を上げてしまわれて、約束はどころか勉学まで疎かにし、評判も悪くなっているのをお諌めそうだ。そうしたら・・・ああ。なんてことだ!」
叔父は片手で顔を覆ってしまった。
いい歳した大人がそんなことをしたらと思うのもあるけど、私と叔父は同じ苦労を分かちあった同士だもの。
叔父と父より、叔父と私のほうが連帯感あるっていうのも不思議な話だけど。
それよりも、アンガスのことよ。アンガスは攻略対象の取り巻きを務めていて、ヒロインに熱を上げ過ぎているのを諌めて冷遇されたってこと?!
――ヒロインも締めたくなってきた。
ゲームでは語られていなかったけど、これって二次被害じゃない!
ララクレマ男爵家が悪役を担っているみたいに見えるけど、これって完全に二次被害よね?!
制作陣はそんなにララクレマ男爵家が嫌いだったの?!
それとも悪役を考えるのが面倒でララクレマ男爵家ってことにしたの?!
教えて、制作会社!
叔父の苦悩もわかる。
私たちは下位貴族だから何某かの派閥に属していないと生きていけない。高位貴族の機嫌一つで取り潰されかねない立場なのだ。
領地の近い高位貴族だったり、ある程度権力のある高位貴族だったり、庇護を受けなければ、たちまち他の高位貴族に領地目当てに取り潰される。
叔父は騎士をしているだけに、学園時代から高位貴族の取り巻きをして、実家を守ってきた。
高位貴族のご機嫌取りをしないお父様が実家を傾けるのを見て、それはもう頭にきたのはわかる。
私たち一家に殺意を持っていてもおかしくない。
それなのに、幼い私が実家を立て直すのに不慣れながらも全面的に支援して下さった。
婚約者になった長男が頭の軽い人物だろうが、叔父には返しても返しきれない恩がある。
次男が事実上、取り巻きから解雇されてしまったことで、我が家は未来の後ろ盾を失ったと考えてもいい。
アンガスが今から別の高位貴族の令息の取り巻きになるのは大変だろうけど、やってもらわないと我が家も本人も不安定な未来しかない。
先ずは叔父に元気を出してもらわないと。
「叔父様。証拠を集めましょう。そしてロメイン公爵になんとかして頂きましょう。サイモン様が廃嫡になったとしても、ロメイン公爵に恩を売っておきましょう」
「タンジー。おおっぴらに、廃嫡など口にするもんじゃない。――ああ、分かった。アンガスの失態を何とかしなくてはな」
「叔父様、アンガスは何も失態なんか犯しちゃいないわ。失態を犯したのは――サイモン様よ」
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ああ、懐かしのシズナル学園。
オリーブやレモンの木に囲まれた薄い黄色の壁にオレンジ色の屋根の校舎も、ファッションに煩い学生たちも皆、懐かしいわ。
悪役令嬢として断罪という名の吊し上げを食らう時にしか、もう、立ち入ることはないと思ったけど、こんな事情で戻ってくるなんてね・・・。
これもゲームの強制力かしら?
でも、これはゲームの強制力とは言えないわよね。
悪役令嬢が攻略対象を締めに来ているんだもの。
普通なら、ヒロイン様にイチャモンを付けるところだけど、相手は残念な攻略対象様(笑)。笑えてくるわね。
web小説なら、ヒロインより先に悪役令嬢の取り巻きになってしまって、悪役令嬢が予期しないままヒロイン乗っ取りの立ち位置になるってことだもんね。
それが説教したり、断罪するのが私なのよ?
悪役令嬢なのよ?
それも取り巻きに対する冷遇って、お粗末すぎる内容で。
でも、その取り巻きが身内だったら別よ。
婚約者である従姉弟を訪ねてシズナル学園に来たことを口実に、私はサイモン・キース・カルパドキアの黒髪を探しまわる。
「ロメイン公爵令息のサイモン様でしょうか?」
ようやく見つけたサイモンは喫茶コーナーのテラスでピンクゴールドの髪をしたヒロイン様の取り巻きをしてました。
「なんだ?」
硬質な美貌を訝しげに歪めるサイモン。
そりゃ、親しくないわ、身内でもない女から声をかけられたらそうなるわよね。
そこは想定内よ。
「お~や。学園を辞めたタンジー・ララクレマ男爵令嬢じゃない」
黙れ、チャラ男!
お前に用はない!
女生徒の顔しか憶えていないお前は黙ってろ!
私はチャラ男担当のソーン・フレイムラントにガンを飛ばす。
私はコイツが同じ金髪だって言うだけで気に食わない。
コイツみたいな金髪がいるから金髪=頭が空っぽで異性にだらしないって見られるのよ。
今現在、異性にだらしないと思われているのはヒロイン様とその取り巻きだけどね。
あ゛~、チャラ男も入っていたわ。
今すぐその存在消えてくれないかしら?
「ララクレマ? もしかしてアンガスの・・・?」
「そうよ! あなたを止めようとしたアンガス・ララクレマの従姉弟よ!――話があるからこちらに来て下さい!」
「それに同意する謂れはないな。それに上位の者に向かってその口の聞き方はなんだ? それでも貴族の令嬢か?」
「サイモン様のために穏便にしようにしているのに、どういうことですか? 何様ですか? こんな公衆の面前で自分の恥を話したいんですか?」
「ちょっと、あなた。サイモンに酷いこと言わないでよ!」
呼び捨て?
呼び捨てですか?
大切なことだからもう一度、言います。
呼び捨てです!
この時代の貴族の常識では、家族や婚約している場合を除いて男女間で名前を呼び捨てにする場合、恋人か使用人ぐらいしかない。
「黙れ! あんたは怪我を負わせたヒモ男の面倒を見ているのがお似合いよ!」
私が腹黒ヒモ男の存在を知っているとは知らなかったヒロイン様は大いに驚いてくれた。
「なっ?!」
更に滑稽だったのは腹黒ヒモ男の存在を知らない哀れな攻略対象(笑)の面々。
「ヒモ男?」
「誰だそれは?」
「デタラメは言わないで下さい、貴方と違って彼女がそんなことするわけ無いでしょうが」
チッ!
思わず舌打ちしそう。
宰相家令息(知性担当)には効かなかったか。
「ヒモ、情夫、不甲斐ない恋人(笑)、金を無心する愛人、どれでも良いけど、あんたはこの場にふさわしくないのよ。わかってる? 王族や高位貴族の令息を侍らして金品貢がしているのが、どのくらい顰蹙買っていることか。そこまでしてまともな服を着たいなら、デザイナー志望のドミニク・リッジに頼めばあんたのためならすぐに作ってくれるわよ」
「!!」
我が家のライバルのデザイナーとして活躍するドミニク・リッジは、まだこのシズナル学園で一貴族令息。宰相をしている実家と自分のやりたいことが折り合わず、苦悩しているところをヒロイン様に背中を後押しされてデザイナーとして歩み始める。
あ、ドミニク・リッジは姓まで呼んでいるからOK。
宰相家の知性担当がデザイナー志望というところで、『シズレボ』の特色が出てくる。なんせ、王子枠がないのだから。
一番地位が高い宰相家令息がデザイナー志望。他もファッション革命を起こしたい要所にいる人物ばかり。
だから、誰を選んでも国は安泰。タンジー・ララクレマとその実家が没落するだけで、他の影響は全く無し。
何でそこだけ普通の悪役令嬢のテンプレのままなのよ!
私だって没落したくないわよ!
叔父とロメイン公爵のよしみで私はサイモンに語りかけることにした。
え?
場所を変えてサイモンのダメージを小さくしてあげないのかって?
今、ここでヒロイン様を退場させることにしたから(笑)。
だって、没落が確定していることを思い出したら、何を今更、色ボケ&庇おうとした従姉弟を冷遇した相手に気を遣ってやらなくちゃいけないのか、わからなくなったのよ。
「サイモン様、自分が何やっているかわかってらっしゃるんですか?! こんな子供同士の社交場で一人の女の取り巻きをして、成績落とすわ、他の生徒に迷惑かけて自分の評判が落ちないと思ってるなら、どこのバカ様かしら! 廃嫡騒ぎも覚悟しているのかしら?」
商いのためとはいえ、幼い頃から子どもが集まる場所にも強引に入り込んでいったから、私はサイモンと顔馴染みなの。ついでにソーンもドミニクも。
ロメイン公爵が幼いなりに広告塔を務める私を面白がって、高位貴族の集まりにも連れ出すから、私の顔と名前は同世代ではよく知られているくらい。
だから、ファッションリーダーにもなれるんだけどね。
「言うに事欠いて、そろそろ身分を弁えろ、タンジー!」
サイモンが身分の差を振りかざしてきた。
恥ずかしい過去をヒロイン様にバラされたいようだ。
ロメイン公爵や叔父経由で聞いたどの話にしようかとニマニマしながら考える。
しかし、次の瞬間、ゾワリと私の肌が粟立つ。
「馴れ馴れしく彼女をタンジーって呼ばないでくれる?」
甘ったるい口調なのに寒気しかしない。
我が婚約者が降臨したのだ。
ギギギギギと音がなりそうなくらいぎこちなくその声のしたほうを見ると、猫毛のフワフワした黒髪の着飾った姿が嫌味になるくらい似合っている青年が立っていた。その後ろにはロメイン公爵の姿もある。
「これはレナードの報告通りのようだな、サイモン。それにミスター・ララクレマが言うようにミス・ララクレマの名を呼ぶな。身内でも、親しい間柄でもない淑女の名前を呼ぶなど非常識だ。そんなこともわからないのか?」
もう、これはロメイン公爵にあとは任せても大丈夫そうね。
そうそう、レナードというのは叔父の名前よ。
叔父はロメイン公爵の取り巻きをしていて、親しい間柄なの。
あとは私が逃げるだけ――
「タンジー。僕に会いに来てくれたって聞いたのに、何でサイモン様と話しているわけ? どうして、僕のところに真っ直ぐに来てくれないわけ? どうしてなの? ほんと、教えてよ?」
ヤンデレが私の肩をしっかり掴んでいて逃げ出せなかった。