第91話 恐怖
石壁にすっぽりと開いた、大きな穴。
それを塞いでいた土壁は破壊され、穴を要とした扇形に飛び散る破片と化した。
穴からは屈強な敵の騎士たちが、剣を片手に間断なく突入してくる。
敵の数は多いが、1カ所からしか来ないのは幸いだ。
俺とロミリアは協力して、無我夢中で穴に向けて魔法を放ちまくった。
敵騎士たちは防御魔法で守られている。
だから炎魔法で穴の周辺を燃やし、それが敵の水魔法で消されれば、熱魔法で水を蒸発させ、再度炎魔法を放った。
すると敵は再び水魔法を放つ、といった具合に、完全ないたちごっこ。
それでも敵の侵攻を食い止めているんだから、十分だろう。
「ロミリア! 光魔法で攻撃してくれ!」
「で、でも敵の防御魔法を消せるのは一瞬ですよ!?」
「一瞬でも消せるんならそれで良いだろ!」
軍艦と違って、光魔法や人間個人を包み込む防御魔法は、それほど多くの魔力を使わない。
だから光魔法で防御壁を破っても、すぐに復活させることができてしまう。
でも敵は10人以上いるんだ。
1人でも減らせるなら、それをするべきだろう。
ロミリアも俺の意見に賛同したのだろうか。
彼女は光魔法を放ち、その青白い光が敵騎士を包む防御壁を破った。
防御壁が消え、魔法に無防備となった敵騎士に向けて、俺は容赦なく熱魔法を放つ。
俺の腕から発射された赤いビームは、2人の敵騎士の胸を貫通し、撃破した。
だが熱魔法攻撃が通じたのはそこまでで、すでに敵騎士たちは新たな防御壁に守られている。
まあ、2人撃破できただけでも十分な成果だろう。
しかし、俺たちの攻撃の最もたる成果は、2人の敵騎士を撃破したことではない。
俺たちの魔法を脅威と見て、敵が俺たちのことのみを考えるようになったことだ。
おかげでヤツらは気づけなかった。
背後に鬼とその2人のパダワンが近づいていることを。
床に燃え盛る炎を消そうと、必死に水魔法を放つ敵騎士。
その内の1人の胸から、なんの前触れもなく剣先が突き出してきた。
さらに続いて2人の敵騎士も、同じ状態に。
剣が抜かれると、3人の敵騎士は力なくその場に倒れ、血溜まりを作り出す。
倒れた敵騎士の後ろには、スチアと2人の騎士が、ほくそ笑みながら立っていた。
スチアの狙いはこれだった。
敵騎士たちが俺たちに集中している間に、その背後から襲いかかり、挟み撃ちにする。
リナの自室から彼女が出て行ったのは、隣室に向かうためだったのだ。
ようやく自分たちの置かれた状況を理解する敵騎士たち。
だがもう遅い。
すでに3人を撃破したスチアたちは、計算され尽くした剣術によって、1人また1人と敵騎士を斬り倒していく。
まさにちぎっては投げちぎっては投げ状態。
なんとも恐ろしい光景。
俺たちも見ているだけでは済まされない。
魔法の使える敵騎士は全滅したのだ。
間髪入れずにロミリアが光魔法を放ち、敵騎士の防御魔法を破壊した。
続いて俺が熱魔法を放ち、敵騎士を貫いていく。
バイオレンス、血祭り、地獄絵図などなど。
そんなおどろおどろしい言葉が似合いそうな状態は、そう長くは続かなかった。
敵騎士は1人を除き、全員が生命活動をストップさせている。
「教えてよコラァァ! 誰の命令でやったのコラァァ!」
「き、貴様らに教えてたまるか!」
情報収集のために生かしておいた1人の敵騎士。
それを尋問するスチアだが、騎士は答えそうにない。
「あっそ。じゃあ死んで良いのねコラァ!」
スチアの尋問は容赦がない。
彼女は短剣を敵騎士の肩に突き刺し、肉をえぐる。
ちょっとこれは……痛くて見てられん……。
「やめてくれ! 殺さないでくれ!」
「じゃあ情報を教えてよコラァ!」
「分かった! 教える! 教えるから殺さないで!」
おやおや、なんとも簡単に吐いちまうんだな。
いくら相手がスチアでも、そこは死を選ぶのが騎士じゃないのか?
いや、人間誰だって命が大切か。
コイツは間違ってない。
「所属はどこコラァ!」
「お、俺は共和国騎士団グラジェロフ隊の1人だ……!」
「誰の命令でこんなことしてんのコラァ! ユーリ派閥? 議員? 学者? コラァ?」
「お、俺はリシャール陛下の命令で、リナ王女を暗殺しろと言われた!」
「リシャール? ホントだよねコラァ」
「本当だ! 議員や学者どもがリナの暗殺計画を企んでたらしい。で、でもヤツら、直前になってそれを止めて……リシャール陛下は構わず、計画を続けた……」
「ふ~ん、命拾いしたねコラァ」
重要かつ大変な情報だ。
俺の思った通り、ジジババ共はリナの暗殺をヘタレて止めたらしい。
しかしリシャールがその計画を引き継いで、実行したってとこだろう。
グラジェロフの騎士を使う辺り、また誰かを貶めるつもりだな。
あの王様、ホント悪いヤツだよ。
「だってさ、アイサカ司令」
「アイサカ様、これからどうします?」
「どうするも何も、リナと合流して安全確保するしかない」
「コイツは?」
「その捕虜は……管理はスチアに任せる」
「了解~」
ビクッとする捕虜。
そりゃそうだろうよ。
肩に短剣を突き刺してきたヤツに管理されるんだから、怖いさ。
でも大丈夫、気づけば信者になってるだろうから。
「久保田、こっちは片付いた。そっちに合流する」
《さすがです、相坂さん! こっちは特に問題なし。この調子なら、リナさんを無事に守り抜けますね》
「ああ」
作戦は順調だ。
はっきり言って、もうリナは安全である。
敵の騎士は全滅させたし、キャデラックは大勢の騎士に守られているのだから。
その後、2人の騎士にリナの自室の後片付けを任せ、俺たちは馬に乗ってリナの車列を追った。
実のところ俺は、未だに馬を操ることができない。
だからロミリアが乗る馬に一緒になって乗るかたちになった。
スチアの乗る馬には、敵騎士の捕虜が縛り付けられている。
女子2人が操る馬に乗せてもらう男2人。
うん、うちの女性陣はたくましい。
グラジェロフ城を出て、城下町を馬で駆ける。
しばらくして、ようやくリナたちの車列が見えてきた。
護衛はかなり厳重で、ここからだと騎士の後ろ姿ぐらいしか見えない。
キャデラックに至っては、その一部すらも見ることができない。
ここまで厳重な車列が城下町を走っているのだから、ちょっとした噂にでもなっているのだろう。
「何者だ、馬を下りろ。何人たりともここを通すことはできない」
「リナ殿下の護衛です。殿下に聞けば分かります」
「待て、確認する」
ちょっと警備が厳重すぎやしないか?
俺とロミリア、ミードン、スチアぐらいは顔パスで通してくれよ。
まあ、無駄に抵抗しても意味がないので、馬は降りるけど。
「確認が取れました。どうぞお通りください」
思ったより時間はかからず、俺たちはキャデラックに向かうことができた。
警備が厳しすぎると思ったが、やっぱりこのくらいは重要かね。
車列に交じり、馬には乗らず、小走りでキャデラックに向かう俺たち。
シボレーを追い越し、キャデラックの後ろ姿が見えてきた時だった。
久保田が直接、馬に乗って俺たちを迎えてくれる。
まるで王子様だ。
「相坂さん、お疲れさまです」
「ホント、疲れたよ」
できればもう休みたいのが本音だ。
どうせこれ以上はリナを襲うヤツらもいないだろうし、全て久保田に任せてしまいたい。
そんな思いからか、久保田との会話が自然とだらける。
キャデラックは騎士に囲まれ、さらには防御壁にも包まれている。
これじゃあ敵は近づけない。
さらに俺と久保田、ロミリア、スチアが一緒なんだ。
誰がリナを殺せるって言うんだよ。
「ニャァァー!!」
突如、ミードンが敵意をむき出しにする。
誰に向けた敵意かと思えば、キャデラックに向かう1人の騎士に対してだ。
どうしたのだろう。
「グラジェロフの伝統と憲章を、壊させはしない!」
はっきりと、大声で、キャデラックの真横に立ちながら、そう叫ぶ1人の騎士。
俺は最初、ヤツが何を言っているのか理解できなかった。
おそらくそれは、ここにいる全員が同じ。
それでも久保田は、危機を察してキャデラックに向けて駆け出す。
「リナさん!」
声が震えている、というよりも、体全体が震えている久保田。
リナを救うというそれだけのために、彼は馬を飛ばす。
しかし、久保田がキャデラックに到着したとき、1人の騎士もまた、キャデラックに到着していた。
1人の騎士は防御壁の中に入り込み、キャデラックに張り付いた。
次の瞬間、俺たちの目の前で、閃光と炎、衝撃波、爆音、その全てが生み出される。
あの攻撃は、ついさっき体験したばかりだ。
あれは間違いなく、爆発魔法だ。
リナの乗ったキャデラックが、爆発魔法で攻撃された。
それが何を意味するのか。
俺はこの先の現実を見たくない。




