第90話 騎士と鬼の挨拶
転移魔方陣でリナの自室に転移してから10分程度。
キャデラックの周りに敵はいないそうだ。
きっとキャデラックに乗るのはリナの偽物であると、敵は判断したのだろう。
俺たちの作戦通りだ。
しかし、こちらにもなかなか敵が現れない。
現れないなら現れないに超したことはないが、精神が削られるのは辛い。
もしやあのジジババ共、直前に怖くなってリナ暗殺を取りやめたのかもしれん。
どうせあいつらのことだ。
口ではいろいろ言っても、実際に戦いを前にしてヘタレた姿が目に浮かぶ。
罵詈雑言の限りを尽くしていたのも、逆を言えばそれしかできないんだろう。
そんなヤツらが伝統だのなんだのと口うるさく、人を説教するとはな。
何が議員だ、何が学者だ。
あんなのはただのクソ野郎共だ。
「あの……すみません、アイサカ様。さっきから、いつもより愚痴が多いですね」
「あら、伝わっちゃった?」
「……全部伝わってます」
「悪い悪い」
俺の個人的な感情に、ロミリアは困惑した様子だ。
まあそうだろうな。
人はジジババ共の罵詈雑言に困惑するんだから、俺の罵詈雑言にだって困惑する。
しかし、俺の愚痴はいつもと違って、怒りが滲んでいる。
そこら辺を、ロミリアは直接聞いてきた。
「そんなに、リナ殿下への罵詈雑言が酷かったんですか?」
「酷いってもんじゃないよ。人格否定は当然、自分たちを絶対的な正義だと思ってやがるし、リナを悪魔のように——」
「も、もういいです! 相当な酷さだったんですね……」
「ああ」
「議員さんや学者さんたちを、ずっとジジババ共って呼んでますけど、もしや嫌っているんですか?」
「嫌い。大っ嫌い。ああいうの一番嫌い」
「うう……即答で……」
ロミリアがちょっとだけ引きはじめた気がする。
でも仕方がないじゃないか。
俺はジジババ共みたいな、我こそ正義って顔して、人を貶すヤツが昔から嫌いなんだ。
それこそ小学1年生の時からな。
これに関しては、いくら引かれても譲れん。
おかげで友達がいないんだけど。
「ニャー、ニャーム、ニャー」
「へえ、そうなんだ。今のアイサカ様は、良い人だから怒ってるんだね」
「ニャー」
どういう会話をしているのか知らんが、ロミリアとミードンがお互いに納得してる。
ロミリアの言葉を聞く限り、俺のことを理解してくれているようだ。
彼女はいつも俺の味方だな。
「ちょっと静かにして」
戦闘態勢を忘れ、話に集中していた俺たちに、スチアが一言だけ放った。
彼女がこういうことを言った時は、だいたい敵が近くまで来ている。
俺は剣を抜き、ロミリアはいつでも魔法を放てる姿勢を取った。
2人の騎士はドアの前に陣取り、スチアは耳を澄ませる。
「……来た。扉の向こうに7〜8人、隣の部屋に10人以上」
野生の感覚は鋭い。
俺には聞こえないような音をスチアは聞き取り、敵の詳細を暴いている。
まるで潜水艦のソナー士みたいだ。
にしても、隣の部屋に10人以上とはどういうことだろう。
考えられるのは、壁を壊しての奇襲だ。
扉の7〜8人は囮で、俺たちに気を取らせるのが目的。
その間に、熱魔法辺りで壁を破壊、一気に奇襲する。
敵がこうする可能性は高い。
俺とロミリアは壁の方に集中しよう。
「たぶん敵は壁を壊してくる。そしたら俺は、土魔法で壁を作って穴を塞ぐ。ロミリアは俺の作った壁を、光魔法で覆ってくれ」
「分かりました」
たぶん、これで大丈夫なはずだろう。
扉からの囮はスチアに任せておけば良いんだし。
あんまり不安になる必要はない。
念のため、スチアと騎士2人には防御魔法をかけておいた。
スチアの唯一の弱点は、魔力が一切使えないことだ。
いくら彼女でも、魔法による面の攻撃には対処できない。
だから俺が、防御魔法を使ってやる必要がある。
ここは連携が大事だ。
さて、俺たちはいつでも戦える。
後は敵が、どのタイミングでどう突っ込んでくるかだ。
現在、この部屋にはリナがいることになっている。
そこで俺は、いかにもリナに報告している態で適当なことを口にした。
キャデラックは順調だとか、敵の動きが怪しいとか、そんなことだ。
敵がこれにまんまと騙されることを願う。
しばらく、と言っても3分ぐらいだろうか。
リナの自室の扉、色の濃い木製の扉が、観音開きに勢いよく開けられた。
勢い余ってか、扉の一部が破損している。
やっと来たか。
手荒く部屋に入ってきたのは、7人の騎士たち。
黒い鎧を青いマントで覆い、鋭い剣先をこちらに向けている。
鎧兜で顔は見えないが、きっとその目つきも鋭いだろう。
「リナ王女、覚悟せよ!」
敵騎士の大声が部屋中に響いた。
ロミリアは変わらずリナの格好をし、肩にはミードンを乗せている。
フードを被って顔も見えないから、敵はこの部屋にリナがいると勘違いしたんだろう。
残念だったな、敵騎士さんよ。
「グラジェロフの伝統と憲章を守るため、我らは——」
「ごちゃごちゃうるせえコラァァ!」
一応は誇り高い騎士だ。
王女を暗殺するにも、その理由ぐらいは言っておきたかったのだろう。
それがその1人の敵騎士の命取りとなった。
1人の敵騎士は暗殺の理由を言い切る前に、眉間に短剣が刺さり絶命している。
誇りだとかプライドだとかは、スチアの前では通じない。
スチアの得意技で開幕する戦闘。
一瞬で味方の1人を殺された敵騎士たちだが、彼らは動じていない。
こんな暗殺任務に駆り出されるような騎士だ、優秀なヤツらなんだろう。
スチアに自ら飛び込もうとするヤツはいない。
敵が飛び込まなければ自分から飛び込むのがスチアだ。
彼女は床を破壊しかねないほどの力で踏み込み、敵騎士たちのど真ん中に飛び込む。
もはや弾丸のような早さで、スチアと彼女の持つ剣が敵騎士を襲った。
しかし敵騎士は、スチアの剣を自らの剣で受け止める。
さらにスチアの後ろには、彼女を真っ二つにしようと剣を振り上げる、もう1人の敵騎士が。
マズいと感じた俺は、即座に魔法でスチアを援護しようとする。
ところが肝心のスチアは、優秀な敵騎士に楽しそうな笑みを向けていた。
確かに敵騎士は優秀だ。
でも、スチアはどうやらその上を行くらしい。
よく見ると、彼女の左手には短剣が握られていた。
敵に向けて飛び込む際、死体に刺さっていた短剣を抜き取っていたのだろう。
スチアはその短剣を振りかざし、鍔迫り合いになる敵騎士の首根っこを切り裂いた。
鮮血を吹き出す敵騎士が崩れ落ちると、スチアは振り返り、もう1人の敵騎士が振り上げた剣を短剣で払う。
払ったついでに、敵の腹に剣を突き刺した。
剣は鎧ごと貫通し、敵騎士は血を吐いたのか、鎧兜を真っ赤に染めながら絶命する。
ここまで僅か数秒だが、すでに敵の騎士は3人が撃破された。
早くもリナの自室の扉周辺は、血なまぐさい状態である。
さすがにこうなると、隣の部屋の敵騎士たちも突入を急ぐしかなかったのだろう。
石壁がオレンジ色に溶かされ、大きな穴が開きはじめている。
明らかに敵の熱魔法による仕業だ。
穴からは、今にもこちらへ突入しようとする敵騎士の姿が。
「ロミリア、頼んだ!」
「はい!」
どう対策するかはすでに決まっている。
俺はすかさず、穴の開いた壁を塞ぐように、土魔法で壁を作った。
その壁をさらに、ロミリアが防御魔法で包み込む。
青白い光にすっぽりと覆われた、即席の土壁。
時間稼ぎぐらいにはなるだろう。
隣の部屋からの敵の侵入を阻止した俺は、再度スチアの方に視線を向ける。
すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
スチアと2人の騎士は、真っ赤な血が滴る剣を持ち、その周りには7人の敵騎士の死体。
俺たちが壁を作る短時間の間に、スチアたちは4人の敵騎士を斬り伏せていたのだ。
アイツが強いとはいつも思っていたが、ここまでとは……。
スチアが味方で良かったよ。
などと安心、感心していたその時であった。
俺たちは突如として、背後から衝撃波に襲われ、その場にしゃがみ込んでしまう。
さらに連続して、爆音が耳をつんざく。
何事かと振り返ると、俺の作った土壁が、炎と煙に包まれ崩壊していた。
「まさか……爆発魔法!?」
目を見開き、あり得ないと言わんばかりの口調でそう呟いたロミリア。
爆発魔法なんてはじめて聞いたが、なんぞ?
見た感じ、ヤバそうな魔法ではあるが。
「爆発魔法って?」
「えっと、熱魔法や炎魔法などを応用して、爆発を起こす魔法です。欠点として、魔法を発動した本人の至近距離で爆発が起きるんです。だから、普通は使わない魔法で——」
要は自爆ってことか。
そりゃマズい。
自爆攻撃のおかげで、隣の部屋とリナの自室が繋がっちまった。
10人以上の敵騎士が流れ込んでくるぞ。
こんな悠長に話をしている場合じゃない。
「アイサカ司令とロミリアは、そこで敵を止めてて! ほら騎士2人、行くよコラァァ!」
吐き捨てるようにそう言って、スチアは部屋を出て行ってしまう。
よく分からんが、戦闘の鬼が言うことだ。
俺たちは彼女の言葉に従い、壁の穴から続々と入り込んでくる敵騎士に向け、魔法を放てば良いんだろう。
生き残るには、やるしかない。




