第88話 作戦会議
グラジェロフ城、リナの自室。
金をあしらった装飾、そして庶民的な家具が並ぶ石壁に包まれた部屋。
この場所に、俺とロミリア、ミードン、スチア、久保田、ルイシコフ、リナ、護衛騎士隊長が集まる。
理由はもちろん、ジジババ共のリナ暗殺計画を阻止する作戦会議のためだ。
魔力通信によって、フォーベックとオドネルも参加している。
お姫様の部屋が一瞬にして、作戦会議室に変貌したな。
「ジジババ共が話してるのをただ聞いただけだから、ホントに攻撃してくるかどうかは分からない。でもあのジジババのことだ。やりかねない。リシャールの動きもあるだろうし、備えは必要だろ」
俺は見たこと、聞いたことをそのまま伝えた。
リナに危機が迫っていると、単刀直入に言った。
これに対しリナは、当然と言わんばかりの表情をして、何も言わない。
代わりに久保田が答える。
「リシャールのような悪や、議員と学者たちのような危険な人たちに、リナさんを傷つけさせる訳にはいきません。皆さん、全力でリナさんを守りましょう!」
いつも通りの、力強い久保田の宣言。
さらにルイシコフが続く。
「これはグラジェロフの未来を決定づける、重大事です。戦争終結のため、お嬢様のため、ご協力お願いいたします」
リナを愛する2人の、心からの願い。
講和派勢力である俺たちが、彼らの願いを無碍にすることはできない。
任務とか以前に、1人のお姫様を救うのが第一だ。
それに、久保田は俺の友達。
答えは決まっている。
「当然だろ。今リナを守れるのは、俺たちだけだからな」
それ以外になんて答えればいいんだ。
ここまできて、リナを助けないなんて言えるはずがない。
それは俺だけじゃなく、ロミリアたちも同じである。
「リナ殿下のために、私もできる限りのことはします」
「ニャーー!」
「あたしもロミリアと同じ。任務だもん」
「我ら騎士は、リナ殿下に忠誠を誓った身。この命をかけて、殿下をお守りします!」
《司令の決めたことだ。私は司令に従う》
《ヘッ、頼もしいヤツらばっかりじゃねえか。こりゃ俺も、頑張らねえとなあ》
続々と声を上げる、ロミリアらリナの護衛たち。
いや、すでに護衛などという事務的な関係は通り過ぎているだろう。
これは間違いなく、仲間を想う声だ。
リナの仲間たちが、彼女を守るために一丸となっているのだ。
「皆さん、妾のために……。妾は感謝してもしきれません」
目を潤ませ、しかし生気に満ちた表情をするリナ。
もしかすると、彼女がこれだけの仲間に囲まれるのははじめてかもしれない。
人間、ずっと孤独な訳じゃないんだな。
《それで、作戦はどうするのだ?》
せっかちな真面目さん、オドネルが話を切り込んでくる。
まあ確かに、いつまでも仲間内で励まし合ってたって意味はない。
俺らがこの部屋に集まったのは作戦会議のためだ。
いい加減に作戦会議をはじめるべきだろう。
オドネルの質問に全員が考え込む中、すぐさま久保田が答えた。
たぶん彼、作戦を事前に考えていたのかもしれない。
あれだけ張り切ってんだから、そのぐらいするだろう。
「一番安全な場所は、僕たちの軍艦です。ガルーダとスザクは無理でも、ダルヴァノかモルヴァノに転移魔方陣を用意して、リナさんをそちらに転移させるのはどうでしょう?」
文句の付けどころがない作戦だ。
なんかもう、それで良いんじゃないか?
《すまん、それは無理そうだ。共和国艦隊は俺たちの動きを警戒して、監視を付けてきやがった。ダルヴァノとモルヴァノも、あんまり目立つ動きはできねえ。転移魔方陣の範囲内までグラジェロフ王都に近づく前に、臨検で止められちまう》
フォーベックによる作戦の否定。
せっかく作戦会議が早く終わると思ったのに、残念だ。
ただし久保田は、全く以て残念がっていない。
それどころか、次の作戦を口にしはじめた。
「では、馬車を使って城を抜け出しましょう。騎士たちの護衛と相坂さん、僕の力があれば、なんとか切り抜けられると思います」
ほお、また馬車チェイスでもするのか。
キャデラックとシボレーでの馬車チェイスとは、悪くない。
それなら任せておけ。
こっちには馬車を操る天才、ハイスペックロミリアと鬼のスチアがいる。
「おそらく敵は、リナ様が馬車で逃げるのを予測済みでしょう。そのため多くの妨害が発生すると思われます。作戦としては危険かもしれません」
今度は騎士隊長による作戦の否定。
彼の言う通り、馬車で逃げるなんてのは誰でも考えられることだ。
対策されていて当然だろう。
それに馬車チェイスも、あまりよろしくない。
あの時の積み荷だった村上は、血まみれになっていたからな。
リナをそうするわけにはいかない。
この作戦も諦めるべきか。
連続で作戦を否定された久保田。
さすがに残念がっているのだろうと彼を見ると、そんなことはなかった。
早くも次の作戦についての説明をはじめている。
「なら、こんなのはどうですか? まず最初に、リナさんは自室に待機し、リナさんに変装した人を馬車に乗せます。しかしそこで、ハプニングを装い、あえて変装であることをバラします。そうすれば、敵はリナさんがまだ自室にいると判断するはずです」
やけに具体的な説明がはじまった。
これは興味が持てるぞ。
「ここで、自室にいる本物のリナさんと、馬車に乗った偽物のリナさんを、転移魔方陣で入れ替えます。僕たちはリナさんの自室で敵を待ち構え、返り討ちにする。その隙に、リナさんは馬車に乗って逃げる。どうでしょうか?」
良い作戦だな。
俺はそれで良いと思う。
でもさっきから、俺は良いと思っても、プロが否定してきた。
今回はどうなんだろうか。
《そりゃ悪くねえ作戦だ。アイサカ司令、文句はあるか?》
「え? いえ、文句なんてないです」
《騎士の隊長さんは?》
「クボタ様の作戦に賛同します」
《カミラは?》
《私も司令の作戦に賛成だ》
《よし、じゃあクボタ司令の言った作戦で行こう》
戦のプロたちが久保田の作戦を認めたか。
しかも全員一致の賛成。
ようやく作戦が認められ、久保田も安堵の表情である。
ところで、フォーベックが会議の司会者みたいになっているな。
そう思ったのは、どうやら俺だけじゃないようだ。
《おいアルノルト。なんでお前が会議を仕切っているんだ?》
《ああ? ああ。ガルーダでの作戦会議の癖でな》
オドネルの質問。
それに対するフォーベックの答えは、そんなものであった。
つまり、フォーベックが司会者みたいになっているのは、俺がいつも彼に任せっきりにしているせいらしい。
その後、司会者フォーベックのもと作戦の細かい調整を行う。
作戦が完全に決まったのは、話し合いをはじめて約1時間が経ってからだ。
「では皆さん、妾のことをお願いします」
「お任せてください。僕がいる限り、リナさんを傷つけさせはしません。絶対にです。約束します」
「ありがとう」
見つめ合う久保田とリナ。
頼もしい表情をしながら、久保田は優しい表情で約束する。
それにリナは、少しだけ頬を赤らめて、小さな声で感謝の言葉を口にした。
2人の関係が、絆や仲間以上であるのを物語る光景だ。
なんとも甘ったるい雰囲気だこと。
俺には縁のない世界だ。
それこそ異世界のものだ。
久保田は友達だから邪魔はしないけどさ。
「お嬢様、どうかお気をつけて」
「ルイシコフもありがとう。クボタさんとルイシコフがいれば、妾も安心できます」
久保田もルイシコフも、リナのために動いている。
いや、リナのためにしか動いていない。
だからこそ、リナは2人を信用するんだ。
そんな人、今までの彼女の人生にはいなかっただろうからな。
信用して当然だ。
リナを愛する2人と、忠誠を誓う騎士の隊長。
正義感の強いオドネルだって、正義を遂行するためリナを守ろうとしている。
そこに邪念は存在しない。
対して俺たちはどうだ?
「俺たちも、戦争の早期終結のため、リシャールとジジババ共に目に物見せてやろう」
「はい!」
「ニャァァ!」
「今日の戦いも、楽しめるかな?」
《ヘッヘ、スチアはいつも通りの調子だなあ。楽しみだ》
ロミリア以外、なんとも野蛮な雰囲気がするな。
特にスチアだ。
アイツの言葉はただの戦闘狂だろ。
それを楽しみだって言っているフォーベックもなんなの?
久保田たちと俺たち、正統派とアウトローみたいになってるぞ、おい。
まあでも、作戦は決まったんだ。
講和派勢力のため、戦争の早期終結のため、作戦は成功させないと。
なんとしても、リナは守らないとならない。




