第86話 王位継承者決定会議3
翌日、俺たちはリナとミードン、ルイシコフと共に議場へと向かった。
議場に入るなり、昨日と変わらず強烈な敵愾心がリナに向けられるが、彼女は気にするそぶりを見せない。
俺もリナを見習って、必死で怒りを抑える。
護衛という仕事に集中すれば、イライラを打ち消すこともできるだろう。
いつどこで何があるか分からないからな。
特にジジババ共は、きちんと監視しておこう。
「では、昨日に引き続き王位継承者決定会議を行う」
「さっさと終わらせろ! 時間の無駄だ!」
「ルイシコフの暴走を許すな!」
「静粛に!」
さすがのアダモフも、うるさいジジババ共にはうんざりしているようだ。
昨日の話し合いを見ている限り、彼は冷静な男。
会議をかき乱すようなヤジを邪魔に思っているんだろう。
ジジババ共を諌めるようなことも1度や2度ではなくなっている。
「ニャアアァァ!」
そして何より、神様ミードンの一喝だ。
ユーリ推薦人代表のアダモフと、ピシカ教の神であるミードン。
この2つの存在によって、ジジババ共の罵詈雑言はその勢いを失っていく。
「落ち着いたようだな。ではルイシコフ、昨日の問いに答えよう」
ジジババ共が黙ると、すぐにアダモフは話し合いを進めた。
昨日の問いというのは、会議が終わる直前にルイシコフが投げかけた質問だ。
仮にユーリを王にした場合、リシャールにどう対抗するのかというもの。
リナの正当性ばかりが議論になる中、唯一必要性を訴える質問である。
「この私と憲章が、ユーリ様を補佐する。どれほどリシャール陛下が無理なことを言おうと、私と憲章が盾となり、グラジェロフの伝統を守るつもりだ」
表情を微動だにさせず、はっきりと答えたアダモフ。
彼の決意が感じられる言葉。
だがルイシコフは、納得しなかった。
「アダモフ様の仰ることは素晴らしい。しかし、リシャール陛下はしたたかな方です。彼が操りやすい王と、王を操れる立場を得た時点で、リシャール陛下を止めることはできないでしょう」
諦めも混ざるルイシコフの口調。
そう、リシャールはアダモフと憲章のみで止められる存在ではないのだ。
操りやすい王、もしくは王を操る立場を彼から取り上げない限り、グラジェロフはヴィルモンの傀儡と化してしまう。
長い歴史と伝統を持つグラジェロフという国は、決して強くはないのだ。
ルイシコフの反論に、アダモフは何も答えなかった。
答えられないのではなく、答えなかったのだ。
きっと彼も、リシャールを止めることはできないと思っているのだろう。
それでも伝統と憲章を守ることに全てを賭ける。
ある意味では、アダモフも諦めがあるのかもしれないな。
こうして見ると、ルイシコフとアダモフは国を守るという意見は一致している。
だからこそ話し合いができている。
2人の違いは、『国』と『憲章』に対する価値観だ。
ルイシコフは国があって憲章があると考え、憲章を絶対視していない。
対してアダモフは、憲章があって国があると考え、憲章を絶対視している。
どちらも否定できるものではないだろうが、交わることもなさそうだな。
黙るアダモフ。
この隙に、国など頭になく、憲章のみを優先する勢力が割り込んできた。
議員と学者たちのジジババ共だ。
「リシャール陛下に対抗するなど、それを考えること自体が危険だ!」
「その通り! ルイシコフは危険な男だ!」
「危険な男に支持される下女なんて、王の正当性などありません!」
こういうこと言ってるの、いつも同じジジババ共なんだよな。
声が大きいから目立つけど、実のところ10人もいない。
10人もいないから放っておきたいけど、声が大きいんで反論しないとならない。
ああ、また議論が正当性の話になっちまう。
「お嬢様の正当性については、何度も申し上げている通り——」
「ルイシコフ、もういいわ。後は妾に任せて」
いつものピシカ教云々の話を口にしようとしたルイシコフ。
リナはそんな彼の言葉を、鈴のような声で遮った。
まるで何かの合図みたいだ。
彼女の言葉にルイシコフは、すぐに口を閉ざす。
「この話し合いは、妾についての話し合いです。ならば妾の口から説明しなければ、皆様も納得はしていただけないでしょう」
会議中は一言も発することのなかったリナ。
そんな彼女の言葉と、その美しい声色に、議場にいる人間のほとんどが息をのんだ。
「下女の言葉など、聞く必要はありません!」
さすがはジジババ共。
皆が息のをのむ中で唯一、ヤジを放ちやがった。
その無駄なまでの反骨精神、ある意味ですごいな。
まったく憧れないけど。
「争いではなく、対話によって問題を解決する。そのために憲章が定めたのが、この会議です。どうか妾の話を聞いていただき、話し合いに応じてはくれませんか?」
「し、しかしお前は、騎士を連れているじゃないか!」
「そうですね。では妾を護衛する騎士に命令します。議場を出てください」
まさかの展開に、俺は困惑している。
ジジババ共を説得するチャンスではあるが、護衛を解くのは危険じゃないだろうか。
これは悩む。
命令と言われちゃ、従うしかないんだけど。
《異世界者の魔力なら、議場の外でも妾を守れるでしょ?》
議場を出るのを渋る俺と久保田に、リナが魔力通信でそう語りかけてきた。
確かに彼女の言う通り、俺と久保田の力ならなんとかなる。
こう言われちゃ、リナに従うしかないな。
「分かりました」
「仰せの通りに」
俺と久保田は騎士っぽい言葉を意識しながら、議場を出る。
そんな俺らを見送るリナは、引き締まった頼もしい表情。
彼女ならきっと、会議をうまくまとめてくれるだろう。
そう確信した俺は、廊下に出ても安心していた。
「リナさんは、とても強い方です。王にはふさわしい」
「ああ。ただ、リナが狙ってたのはユーリの後見人だ。きっとリナは、王になるのを諦めてそっちの道を選んだのかもしれない」
リナが王になるのが、グラジェロフを守るのに最も適した方法。
だが伝統や憲章、身分に縛られぬリナは、王という位には縛られない。
憲章の存在や国内事情を考えると、リナがユーリの後見人になる道を選ぶ。
現実的にはこれが最も適した方法だろう。
そして現実に即した判断のできるリナは、そちらの方法を選ぶはず。
「後見人だとしても、リナさんならグラジェロフを良い方向に導いてくれます」
久保田のリナに対する信頼は絶大だ。
それはもはや、護衛対象という枠組みを超えた、個人的な感情での信頼に思える。
この1ヶ月で何があったのかは知らんが、2人はかなり親しい。
残念なことに俺は、そこまでリナとは親しくない。
だから心の奥底では、リナがリシャールに対抗できるのか疑問符が残る。
すでにマグレーディと島嶼連合、サルローナ派閥を手中に収めたリシャールは強敵だ。
政治能力が高いとされるリナでも、果たして彼に勝てるのか。
もちろん、俺は彼女を信頼していない訳ではない。
ただちょっと、心配なだけだ。
今はともかく、会議で答えが出るのを待つしかない。
重苦しい鎧に苦痛を感じながらも、俺と久保田は待ち続けた。
戦争の未来を決定づけるであろう答えを、ただ待ち続けた。
辺りは緊張感に包まれている。
……緊張でちょっと腹痛くなってきたな。
議場の扉の向こう。
そこで何が起きているのか、俺たちは知る由もない。
しかしそこで繰り広げられた議論と、その答えによって、戦争の未来が決まる。
講和による早期の戦争終結か、全面戦争による破滅的な戦争の終結か。
狭く重苦しい会議室が、多くの人間と魔族の命を背負っている。




