第82話 傀儡化阻止作戦
1月30日。
フードから任務のお達しがあった。
《グラジェロフ王の後継者は、原則として長子が継ぐと、グラジェロフ憲章に規定されている。しかしニコライの長子ヤコフは、6年前に急死している。そこでグラジェロフ憲章に則り、王の後継者はヤコフの長男であるユーリ王子に決定した》
おっと、俺の疑問が1つ解決した。
リナとユーリのお父さんであるヤコフがいて、なんで後継者争いが起きるんだと疑問に思っていたんだ。
そうか、ヤコフはもう死んでいるのか。
でもそうなると、ヤコフの長子はリナのはずだ。
ユーリが後継者に選ばれたのはなぜだろう。
《しかしユーリ王子はわずか7歳。さらにリシャールは、元老院におけるユーリ王子の後見人に決まる可能性が高い。このままではグラジェロフは、ヴィルモンの傀儡と化す》
後継者争いってのはただでさえ醜い。
そこを外国勢力につけ込まれるなんて、グラジェロフは大丈夫なんだろうか。
古い国で伝統を大事にするらしいが、古すぎて組織にカビが生えてるのかもしれない。
《そこで我々は、リナ王女をグラジェロフの王に推薦、もしくはユーリの後見人に立てることで、グラジェロフの傀儡化を阻止すると決定した。そこでアイサカ司令には、クボタ司令と共にリナ王女の護衛を行ってもらう》
なるほど、リナの出番とはそういうことか。
ヤコフの長子であるリナが王になるのは、何も問題ないはず。
むしろ第2子のヤコフが王になる方がおかしい。
もしかするとその辺は、憲章とやらが関わってくるのかもしれない。
《詳細はリナ王女自身から聞け。では諸君の健闘を祈る。以上だ》
詳しいことまでは教えてくれないようだ。
まあいいだろう。
ここで長々と説明されても困るからな。
フードからのお達しから3時間後。
マグレーディから約60万キロ離れた位置にスザクが現れた。
俺たちは久保田らを迎えに、すぐさまガルーダでそちらに向かう。
作戦の詳細を聞く必要もあるため、俺とロミリア、ミードン、フォーベックは小型輸送機でスザクに乗り込んだ。
フォーベックは久々の任務だ。
最近はガルーダの活躍がなくて、暇そうだったからな。
心なしか彼のあくびの回数が増えている気がするし。
スザクに乗り、艦橋に到着する俺とロミリア、ミードン、そしてフォーベック。
ミードンはリナの姿を見るなり、彼女のもとに駆け寄り、甘えだす。
リナは困惑しながらも、嫌な顔はしない。
それを可笑しそうにしながら、久保田が俺に話しかけてきた。
「相坂さん、リナさんに協力してくれてありがとうございます」
「任務だからな。当然だ」
本当は、任務じゃなくても協力していたと言いたかったが、恥ずかしくて言えなかった。
いくら友達相手でも、やっぱり照れてしまう。
久保田に続いて、今度はリナが話しかけてきた。
はじめて出会ったときの仏頂面はどこへやら。
彼女の表情は笑顔だ。
「お久しぶりです、アイサカ司令にロミリアさん」
「どうも」
「お久しぶりです」
「……そちらの方は?」
「はじめまして、お姫様。ガルーダ艦長のアルノルト=フォーベックです」
「フォーベックさん……信じられる方なんですね?」
「こう見えても俺は、あのアイサカ司令に信頼されてるもんでね」
「フフ、それなら安心です」
人を疑う癖は止めていないが、リナは随分と明るい様子だ。
今までの彼女を覆っていた闇が、かなり薄まったように見える。
これは、久保田やルイシコフと一緒にいたおかげなのだろうか?
それとも、これからの作戦に心躍らせているのだろうか?
「では、作戦の説明をします。ルイシコフ、お願い」
「承りました、お嬢様」
ルイシコフが俺らの前に立ち、口を開く。
鋭い目つきに油断できぬ雰囲気。
本来の政治家の顔をするルイシコフだ。
「作戦の概要は、ご存知ですね?」
「ああ。リナ殿下を王に、もしくは後見人に据えるんだろ」
「その通りでございます。しかし、これにはグラジェロフ政府から大きな反発があると予測できます。我が国の憲章において、女性が王になることは禁じられていますので」
ああ、そういうことだったのか。
これじゃ長子であるはずのリナが王に選ばれないはずだよ。
リナを王にするには、憲章の改正が必要になる。
面倒だしハードルが高いぞ、これ。
「憲章の改正はできるのか?」
「我が国の憲章の改正には、王とグラジェロフ議員半分の同意が必要です。現在は王位が空ですので、議員の3分の2の同意が必要。しかし我が国の憲章は、長らく改正されることはなく、今では絶対不可侵の聖書として扱われています」
うわ〜面倒にも程がある。
グラジェロフは伝統を大事にする国らしいから、3分の2の同意を得るのは難しいだろう。
「ただ、我が国の憲章にはこうも書かれています。ピシカ教の神に選ばれた者が、王の位に就かなければならないと。この条文に則ると、お嬢様は王になる義務が生じます」
「ピシカ教の神?」
「妾になつく、このネコちゃんのことです」
「ニャ?」
「え?」
ミードンを高く持ち上げるリナ。
突然のことに首を傾げるミードンとロミリア。
「グラジェロフの国教であるピシカ教では、ネコが神として崇められております。ネコの命を吹き込まれたぬいぐるみのミードン様は、我が国ではまさに神。そんなミードン様がお嬢様に甘えるのですから、お嬢様は王となる義務を負ったと言える」
「ミードンが神様!?」
「……なんだそりゃ」
「大出世だあな」
「ニャーム?」
まさかの展開に俺は唖然とし、ロミリアは驚き、フォーベックは面白がる。
神に認定されてしまったミードンは、可愛らしく首を傾げるだけ。
だがルイシコフは真面目な表情だ。
どうやら冗談ではないらしい。
「ミードン様は、ただお嬢様と共にいてくだされば、それでよろしい。どうかお願いいたします。お嬢様を王にするため、ミードン様にも協力をしていただきたい」
「ううん……俺は良いけど、ミードンはどうなんだ? ロミリア、聞いてくれ」
「はい」
数秒間黙り込むロミリア。
ミードンと思念による会話をしているのだろう。
しばらくしてから、ミードンが元気に答えた。
「ニャーニャーニャーム!」
「……ミードンは、リナ殿下を助けてあげたいって」
「おお! それは助かりまする! 良かったですな、お嬢様」
「…………」
あれ、ロミリアの表情が晴れない。
もしかしたら、ミードンが政争に利用されているようで嫌なのかな。
「どうした? やっぱり、ミードンが危ない目に遭うのが心配?」
「いえ……ミードンがやると言っているので、私は止めません」
覚悟はしているし、半分諦めてもいる。
ミードンが好きだからこそ心配し、ミードンが好きだからこそ邪魔しない。
ロミリアはそんな感じだ。
複雑な気持ちだろうな。
「ロミリアさん、ミードン様のことは心配しないで。我が国でネコちゃんは神なんです。誰も悪いことはしません」
「……はい」
なんとかロミリアも受け入れてくれたようだ。
いやはやまさか、ミードンが活躍する時が来るとはね。
世の中分からんもんだ。
「お嬢様、これで王になれる可能性が高まりました」
「ルイシコフ、妾はリシャールからグラジェロフを守れればそれで良いの。王になるかどうかは牽制でしかない。本来の目的は、ユーリの後見人になることでしょ?」
「王になるという意志がなければ、後見人にもなれませぬ」
「……変わらないのね」
どうやらルイシコフには、ある程度の野心があるようだ。
リナを王に据えようと、執念を燃やしているようにも見える。
対してリナは、純粋に祖国を守ろうと張り切っている。
しかし2人の目的は同じ、心配はいらない。
むしろ、頼もしいくらいだ。
「相坂さん、僕たちはリナ殿下を影から護衛します。人間界惑星に再び侵入することになりますが、良いですか?」
「当然。任務なんだからな」
「そう言うと思いました」
俺と久保田も、だいぶ気が合うようになったな。
友達であるコイツのためなら、俺はいくらでも協力したいところだ。
久保田は笑みを浮かべ、しかし気合いの入った表情をする。
そして今度はリナの方を向き、力強く言った。
「リナ殿下、僕があなたを絶対に守ります。何があってもです」
「ありがとう、クボタさん」
改めて宣言する久保田。
そんな彼を信用し、自らの命を預けるリナ。
俺の知らないうちに、この2人には強い信頼関係が築かれているようだ。
これだけ全員の結びつきが強いんだ、任務は成功するだろう。
「なあアイサカ司令、クボタ司令って、あんなに暑いヤツだったけか?」
「正義のためなら、彼はいつもああですけど。ただリナ殿下と一緒の時は、いつもより暑くなってるかもしれませんね」
「ほお、そうか、そういうことか」
ヘッヘッへと笑い出すフォーベック。
そういうこととはどういうことなのか。
いまいち分からないが、たぶん気にしたって意味のないことなのだろう。
その後俺たちは解散し、それぞれがそれぞれの準備をはじめた。
この時間を利用して、俺はササキのことを久保田に伝える。
先代異世界者の死と元老院は、関係ないというあの話だ。
これに久保田は、きっとササキは勘違いしているんじゃないかと結論づける。
俺も目の前の作戦のことで頭がいっぱいで、ササキの話はそれだけで終わってしまった。
葬儀の予定は明後日、作戦は決まった。
あとはそれを実行し、グラジェロフのリシャールによる傀儡化を阻止する。
今までも無茶な作戦を成功させてきたんだ。
今回だってきっとうまくいく。




