第8話 はじめての軍艦講座その2
フォーベックは俺の方を見て、滔々と説明する。
「共和国艦隊の軍艦の兵装は、基本4つある。うち3つは攻撃で、1つは防御だ。まずは、攻撃の方から説明する」
これは真面目に聞かなきゃな。
「短距離砲、中距離砲、長距離砲の3つが、攻撃を目的とした兵装だ。それぞれがどんなものか、まあ聞かなくてもわかるな」
俺は頷く。
「この3つを戦況に応じて使い分けるんだが、使い分けはそれだけじゃない。使う魔法も2種類ある。ざっくり言えば、光魔法か熱魔法かの2種類だ。普通は、熱魔法担当と光魔法担当の魔術師がそれぞれ担当するんだが、アイサカ司令はどっちも1人でできる」
うん? 光と熱じゃあまり変わらない気がするが……。
ともかく説明を聞いていよう。
「で、この2種類の攻撃法の前に、防御装置の説明をする。この装置は、光魔法を応用した防御魔法を込めることで、船全体を防御壁に囲わせることができる優れもんだ。装置は船の表面にいくつか設置されてるから、好きな方向に壁を作ることもできる。これも光魔法担当の魔術師の仕事だが、アイサカ司令1人でできるはずだ」
つまりバリアということだ。
それがあれば最強な気がするぞ。
「この防御装置には大きな欠点がいくつかある。まず、必要な魔力量が半端ねえ。同時に熱魔法で攻撃することはできるが、光魔法は人員の問題で慎重にやる必要がある。こりゃたぶん、アイサカ司令でも長く維持するのは大変だろうなあ」
なんと、それは大きな欠点だ。
じゃあ、防御装置は本当に危ない時しか使わない方が良いな。
「そして最大の欠点、光魔法に弱い。光魔法は他の魔法に干渉しやすい性質を持ってるからこそ防御魔法に応用されている。つまり、光魔法で攻撃すれば、防御魔法も抜くことができるってこった。防御魔法は主に、熱魔法攻撃を防ぐもんでしかねえ」
「それじゃ、防御魔法の意味ってなくないすか?」
驚きのあまり、質問してしまった。
仕方ないだろ、折角強そうなバリアが、あんまり使えませんなんて言われたら。
「いや、そうでもねえ。防御魔法が長続きしないだけあって、光魔法の攻撃ってのもかなり魔力を使う。防御魔法を打ち破るためには光魔法を連射する必要があるが、それをするためには、防御魔法を薄くしなきゃならねえ。下手すると、光魔法を使える魔術師がいなくなっちまう」
ああ、防御魔法を破るためにも大きな魔力が必要なのか。
それなら納得だ。
「ま、異世界の人間なら別だ。防御魔法を破る光魔法を使っても、魔力は十分に残るだろうからな」
おっと、それは良い情報を聞いた。
「さて、説明もこのくらいにして、いよいよ実際に撃ってみろ」
きたきた、この時がやってきた。
元の世界では兵器を操るなんて夢のまた夢だったが、まさか異世界でできるとは。
というか、異世界に来た時点ですごいか。
ともかく、実際に大砲、しかもレーザー光線的なものを撃てるんだ。
これは男の子の夢だよ、ロマンだよ。
「まずは短距離砲だ。第一砲を熱魔法で正面に撃ってみろ」
「そう言えば、熱魔法と光魔法の使い分けって?」
「光魔法は普通、対防御装置用だ。通常は熱魔法で攻撃しろ」
「分かりました」
それだけ分かれば十分だ。
では、短距離砲に意識を向けてみよう。
どれどれ、ガルーダには中央前よりの側面に張り出した、台形の場所に兵装が集まってる。
左右上下に14個ずつの28個、その内の真ん中4個が長距離砲で、それを囲む16個が中距離砲、残る全部が短距離砲か。
中距離戦闘に特化してるんだろうな、たぶん。
第一砲は、台形の右側上部の最前列か。
ここに熱魔法を送り込むんだな。
でも、そもそも熱魔法ってどうやるんだ?
「嬢ちゃん」
「あ、はい! ア、アイサカ様、お手伝いします」
フォーベックに言われて慌てるようにこっちを向くロミリア。
そうだ、困った時は彼女に聞けばよかったんだ。
「熱魔法は、こんな感じです」
ロミリアが俺を介して熱魔法を使う。
どうやら高熱な何かを想像し、それを魔力に乗せ、変換するようだ。
俺は殺人用マシンが親指を立てながら沈んでいきそうな溶鉱炉を思い浮かべ、それを魔力に乗せる。
熱魔法への変換は自動だった。
熱魔法は作り出した。
今度はそれを第一砲に送り込む作業だ。
これは機関と同じ仕組みだから難しくない。
だがそれだけだと、砲弾が装填されただけのような状態だ。
次に狙いを定め、撃つという作業がある。
意識を熱魔法から離しても、熱魔法自体は砲の中に留まった。
俺は砲に意識を向け、天に向けられた砲を動かす。
射角は思ったより自由自在で、後方にも撃てそうだ。
ただ、今は前方に撃つだけ。
狙いは定まった。
熱魔法も装填済み。
ついに発射の段階だ。
俺は砲から意識を離さず、魔力を送り込む。
魔力を送った瞬間、右舷から赤く太いビームが飛び出し、艦橋を照らした。
衝撃はほとんどなく、風を切ったような高い音と共にただビームが1本、前方に伸びるだけ。
短距離砲なのだが、射程は想像以上だ。
多分ミサイルと同じで、数キロレベルなんだろう。
ビームは魔力を込めている限り発射され、砲への魔力を切るか、装填された熱魔法が切れると、止まった。
「綺麗にまっすぐ飛んだな。やるじゃねえか」
それはお世辞なのか本心なのかわからないが、フォーベックは不敵な笑みを浮かべる。
俺は、この世界ではじめて、魔力を使った攻撃法を学んだ。
今の俺は、少し興奮している。
その後、中距離砲と長距離砲、そして複数の砲の同時発射をやった。
どれもうまくいっている。
砲を発射するたびにロミリアが背筋を伸ばし、砲術士が報告、フォーベックが不敵な笑みを浮かべるのだが、俺は興奮が高まるばかりだ。
光魔法での攻撃も試してみたのだが、こちらは城で試したのもあり、簡単だった。
使うとほんの少しだけ魔力が減るのを感じたが、それでもほんの少しだ。
俺に勝てるものはないんじゃないだろうか、最強の力を手に入れたんじゃないだろうか、攻撃魔法を使うたび、俺のそんな思いが強くなる。
「よし、防御魔法も展開してみろ」
相変わらず不敵な笑みをこちらに向けるフォーベックの言葉。
俺は彼に従い、砲に込めていた魔力を防御装置に向け、光魔法を発動する。
防御装置は、ガルーダの表面に14ある。
その内の5つ、船の前方を守れる装置に魔力を送り、防御装置を起動させた。
防御装置が起動したのはすぐに分かった。
青白い光の層が、船の前方を覆うように現れたのだ。
艦橋が防御壁の光に照らされる。
「成功だな」
フォーベックはそう言うが、彼の言葉は俺の耳に届いても、脳には届かない。
今の俺の意識は、別のところにあった。
光魔法は大量の魔力を使うため、防御装置をフルで起動してる間の光魔法攻撃は難しい、と説明されていた。
だがどうだろう、俺の魔力は今、余裕があるように感じられる。
俺の魔力の一部であるはずのロミリアだって、平気そうだ。
なら、試してみて損はない。
俺はすぐさま、中距離砲1つに熱魔法を、もう1つの中距離砲に光魔法を込める。
そして防御魔法をフルで展開したまま、正面にビームを放った。
放たれた熱魔法ビームと光魔法ビームは、防御壁をすり抜けて、遥か彼方に消えていく。
魔力の残量は少し減ったように感じられるが、まだまだ残っているな。
艦橋は静まり返った。
そんなことはあり得ない、という視線が俺に向けられている。
俺の魔力残量が見えるはずのロミリアは、さすがに表情は変わらなかった。
俺が機関を発動させた時から、変わらない驚愕の表情だ。
そんな中、なんとも呑気な笑い声が響く。
「マジかよ、これが異世界者の力ってやつか」
フォーベックだった。
彼は俺を見て、ゆっくりと口を開く。
「すまねえな、アイサカ司令の魔力量を読み違えてたみてえだ」
そんな言葉に、俺の頬が緩む。
やっぱり、俺って最強なんだろうか。
選ばれた人間としてこの世界に召還され、最強の力で世界を救う。
いつも映画を見て憧れていた存在に、俺はなったんだ。
「だがな、油断はするんじゃねえぞ」
打って変わって、フォーベックの表情が変わった。
「これから実戦だ。魔力は蓄えていた方が良い。それに、自分は第3艦隊司令だってこと、忘れんじゃねえ。なんでも1人でやるんじゃなく、艦隊に指示を出すのが本当の仕事だ」
獣のように鋭く、今にも飲み込まれてしまいそうな目。
鼓膜だけでなく、体全体を震わせるような低い声。
フォーベックは、それら全てを俺に向けてそう言った。
言われてはじめて気がついた。
そうだ、俺は艦長ではなく、フォーベックが艦長で、俺は艦隊司令なんだ。
司令官がどんなものかは知らないが、映画でも、歴史的にも、司令官が1人で調子に乗ると碌なことにならないじゃないか。
俺は、もっと冷静にならなきゃいけないのかもしれない。
村上に調子に乗っているなんて思っていたが、今の俺も、少しだけ調子に乗ってたか。
反省だな。
「まあ、アイサカ司令は十分に戦える。さっさと艦隊と合流して、魔界軍をぶっ潰そうじゃねえか」
いつもの飄々としたフォーベックが、目の前にいた。
そうだ、調子に乗ってはいたが、魔力量が多いのは変わりない。
自信を持つんだ。
これから、本当の戦争だ。
「第3艦隊司令、命令を」
俺は大きく息を吸って、言った。
「艦隊と合流し、フォークマス奪還作戦を開始する。いくぞ!」