第81話 報せ
サルローナ王についての審議は、1週間程で決着した。
王は無罪を主張したが、リシャールの権力の前では、虚しい雑音でしかない。
過去にモイラーから金を譲り受けた事実もあり、サルローナ派閥も沈黙。
モイラーは処刑されているので、脱獄援助や大臣暗殺未遂はうやむや。
結局サルローナ王は全ての罪で有罪となり、一族もろとも超大陸を追放された。
こうして王をなくしたサルローナは、元老院の決定により、グラジェロフの信託統治領となる。
ヴィルモンやその派閥国により信託統治ではなく、グラジェロフにそれを任せたのは、リシャールの一定の配慮だろう。
しかし油断はできない。
リナの言っていた通り、リシャールはグラジェロフの傀儡化も狙っている。
むしろグラジェロフに信託統治を任せたのは、傀儡化を狙っている証拠でもあるのだ。
それから数日後、講和派勢力からとある情報が寄せられる。
魔王とササキが軍艦に乗ったまま、何日も行方不明だというのだ。
目的地も、帰ってくる時期も不明。
この怪しい動きに、俺たちは備えなくてはならない。
ということで数日もの間、俺たちは常に準戦闘態勢で待機を続けていた。
現在は3516年1月28日。
1ヶ月近くも待機を続けているのだが、何も起きやしない。
毎日毎日、緊張感で精神が削られていくだけ。
単純に辛い。
だがこの日は、苦痛から解放される日となった。
今日はパーシングが、エリーザ、マリアの2人と会談する日なのだ。
マリアが城を抜け出したらマズいので、俺たちはマリアの監視の任務を与えられている。
さて、マリアが城を抜けださないようにするにはどうすれば良いか。
ヤンは別の仕事で忙しいので、俺とロミリア、ミードン、スチアで話し合う。
俺は部屋に閉じ込めようと主張したが、あっさり却下された。
スチアは、訓練で疲れさせ動けなくさせると主張したが、命の危険があるので却下。
ミードンはニャニャニャニャームと主張したが、可愛いだけなので却下。
最終的にロミリアの主張する、マリアがチッチョに城を案内するというのが採用された。
「ここが食堂よ。どう? 広いでしょ」
「すごい! マリアのお家ってすごいんだね!」
「えへへ、すごいでしょ〜」
自慢げなマリア、素直なチッチョ。
どうやらロミリアの主張は正しかったようだな。
マリアはチッチョへの城案内を楽しんでいる。
これなら、城の外へ出るようなことはない。
なんとも仲睦まじいマリアとチッチョ。
そんな2人を見て、ロミリアが優しく微笑みながら口を開いた。
「あの2人、とても仲が良いですよね。暇があればいつも一緒にいますし」
ロミリアの言う通りだ。
一応はチッチョのおかげで友達が数人できたマリアだが、それでもあの2人は一緒にいる場合が多い。
城を抜け出したマリアを捕まえるときも、だいたいチッチョが一緒にいる。
「マリア殿下とチッチョくんが出会えて、本当に良かったです。2人とも、いつもとっても楽しそうですから」
「まあ、出会い方は最悪だったがな」
「あんな出会い方をしたからこそですよ。あれで友情が芽生えたんだと思います」
「おかげでマリアの脱走回数が増えたけどね」
「それは、マリア殿下が楽しんでいる証拠でもありますよ」
「王女様と農民の子じゃ、将来的にどうなるか不透明じゃないか?」
「もう、なんでアイサカ様はそう悲観的なんですか……」
少しだけ頬を膨らませたロミリア。
さすがに俺でも、自分の言っていることが悲観的すぎる気はしていた。
ただ、2人の将来はちょっと心配だ。
子供のうちは良いけど、大人になったらお互いに立場というものがある。
それでも友情は続くのだろうか。
「友達の少ないアイサカ様は分からないかもしれませんけど、友情って強いんです」
「どうだかな。現実の方が強いと思うけど」
「じゃあ、現実を見てみましょうよ。マグレーディは王族と国民がとても親しい国です。なら、王女様と農民の子供でも仲良くできるんじゃないですか?」
「なるほど。確かに一理ある」
さすがはハイスペックロミリア。
言い返す言葉が思いつかない。
どうも俺は、なぜか悲観的になりすぎたせいで、ものが見えてなかったようだな。
そうだ、マリアとチッチョの友情は半永久的だ。
何も心配する必要はないんだ。
「じゃ〜ん、ここが大広間! 一番広い部屋よ」
「わあ! こんな広い部屋はじめて見た!」
俺の心配など吹き飛ばすように、マリアとチッチョの城案内は続いている。
2人は大広間を、少し興奮気味に歩き回っていた。
ただし、現在の大広間はパーシングとの会談の準備のため、だいぶ忙しい様子。
迷惑かけさせないよう、忠告しといた方が良いかもしれない。
「あ! マスターだ!」
「うん? ああ、マリア殿下とチッチョ。城の探検中?」
「そうよ、マスタースチア」
忠告しようと俺が一歩踏み出したが、2人はすでにスチアに話しかけていた。
会談の準備を手伝うスチアは、どでかい机を背負って、しかし平気な顔をしている。
加えてマスターなんて呼ばれてるもんだから、それが余計にすごく見える。
俺ですらそう見えるんだから、子供2人には雲の上の存在に見えるんだろう。
「何してるんですか?」
「会談の準備を手伝ってるだけだよ。あたしは良いけど、みんなは忙しそうだから、あんまり騒がないでね」
「分かりました、マスター!」
「マスタースチアの言う通りにするわ」
あらあら、俺が忠告しようとしていたことを、スチアが先に言ってくれた。
彼女って暴力的で怖いけど、意外と常識人なんだな。
もしやマスターとしては最適な人物なのかもしれない。
「なんだか今日のスチアさん、優しいですね。いつもは鬼みたいなのに」
「え? そうなの?」
「そうですよ。常に剣を振り回して、怒鳴ってますから」
常識人と言ったな、あれはウソだ。
ついでにマスターとして最適な人物と言ったな、あれもウソだ。
やっぱりスチアは、ただの怖い人のようです。
つうか、よくそんな人をマスターと呼べるな、マリアとチッチョは。
子供だから純粋に、すごい人にしか見えないんだろうか。
「作業を中止してください! 会談は取り止めになりました!」
突如として大広間に響く、まさかのお知らせ。
これはヤンの声だ。
会談が中止って、何かあったのだろうか?
「おいヤン、どういうことだ?」
「ここじゃ話せないんですよぉ。客間に行けば分かります」
「……客間になんかあるのか?」
「そっちできちんとした説明がありますから」
「分かった」
なんだかよく分からない事態になっているぞ。
いくら考えても仕方がなさそうだ。
ここはヤンに言われた通り、客間に向かうべきなんだろう。
まったく、面倒事にならなきゃ良いが。
マリアとチッチョの面倒はロミリアに任せ、俺は1人で客間に向かった。
客間に入るための扉の前には、微動だにしないフードの姿が。
まるで銅像のようである。
これ、普通に部屋に入っていいのかな?
断りぐらい入れておくべきか?
「あの、相坂です。ヤンに言われて来たんですけど……」
「……どうぞ」
「どうも」
何事もなく部屋に入れた。
むしろ拍子抜けなぐらいである。
「久しぶりだな、マモル殿」
部屋に入るなり、俺はある男にそう言われた。
客間の椅子にどっしりと座るパーシングだ。
相変わらず酒を片手に、アルコールで赤くなった顔をしている。
「陛下、こんなところで俺と顔合わせて、大丈夫なんですか? 共和国騎士団だっているのに」
「あんまり大丈夫じゃない。だから話は短めに済ませるぞ」
それだけ緊急の話なんだろうか。
これはきちんと聞くべきだな。
「まず、なぜ会談が中止になったかだ。実はさっき、グラジェロフ王のニコライが死んだという情報が入ってきた。近々葬儀があるだろうから、準備のために、俺はガーディナに帰らないとならない」
ついにグラジェロフの王様が死んだか。
ってことはリシャールが動き出すってことだ。
パーシングの言う準備とは、葬儀への準備じゃなく、リシャールの行動への準備なんだろう。
「葬儀がはじまったら、いよいよリナ殿下の出番だ。可愛いお嬢さんに辛い仕事を任せることになるが、仕方がない。これも人間界と魔界の講和のためだ。マモル殿、あんたにも手伝ってもらうぞ。数日後には任務のお達しがくる」
「了解しました」
リナの出番というが、何をするのだろうか。
久保田も一緒に来るのだろうか。
そんなこと、俺は聞いていないぞ。
まあ、数日後の任務のお達しを待てば分かる話だな。
「それと最後に、先代異世界者の件だ。元老院の過去の審議記録を探ってみると、確かに異世界者排除の審議は行われていたようだ。ただ、カワカミの持つ知識を捨てられず審議は打ち切り。直後に異世界者が事故死したらしい」
「事故死に元老院は関与してるんですか?」
「秘密文書まで探ってみたが、元老院と先代異世界者の事故死に関連性はない。つまり、先代異世界者ササキは勘違いをしているか、嘘を言っているかのどっちかだ」
「分かりました。ありがとうございます」
なんてこったい、ササキの言葉は本当じゃなかったのかよ。
正直言って、ササキが何を考えているのか分からなくなった。
これはすぐに久保田に伝えた方が良い。
「これで話は終わりだ。ともかく、グラジェロフをリシャールの傀儡にする訳にはいかない。正念場だぞ」
いつものほろ酔いではなく、精悍な王の顔をするパーシング。
頼もしい表情だが、彼がこの表情をするということは、必ずしも良い状況ではない。
リシャールが見事にサルローナ派閥を潰した今、講和派勢力は危機的状況だ。
なんとしてでも、この状況を切り抜けなければならない。
でなければ、現在も続いている魔族との交渉が、全て無駄になる。
俺もパーシングも、気を引き締めなければならないのだ。




