第76話 死ぬのは奴らだ
城門は今にも閉められようとしていた。
このままでは城内に閉じ込められ、騎士団に捕らえられてしまう。
ミイラ取りがミイラに。
それだけは御免だ。
「スピードを緩めるなよ!」
念のためのロミリアへの指示。
アストンマーティンを操るのに必死な彼女は、それに小さく頷くだけ。
だが返事があればそれで良い。
俺は城門に向けて、目一杯の熱魔法を放った。
ガルーダの砲から撃ち出されるような赤いビームが、俺の腕から撃ち出される。
幸いにして城門は防御壁が展開されておらず、熱魔法ビームは命中した。
灼熱のビームに溶かされ、大きな穴があいていく城門。
あれならアストンマーティンも通れるだろう。
バリケードの構築も間に合わず、逃げるしかない守衛たち。
ロミリアはそんな彼らを無視して、アストンマーティンは最高速のまま城門を突破した。
これで無事に城を脱出。
だが安心するには早すぎる。
俺たちを追う騎士団はまだまだ元気なのだから。
「どこに向かえば良いですか!?」
目的地を尋ねるロミリア。
俺は咄嗟に答えた。
「市場を抜けて北壁に!」
もちろん、考えなしにそう言った訳ではない。
市場なら騎士団を撹乱できるし、北壁は商人向けの城壁だから警備が忙しく、俺たちに全員が構っていられない。
ヴィルモンから脱出する隙があるのは、あそこしかないのだ。
槍先をこちらに向け追ってくる、白銀の鎧に身を包んだ騎士団。
ヤツらの乗る馬は美しく、走るのも速い。
だがヤン商店が用意してくれた2頭の馬は、そんな共和国騎士団にも負けず劣らず。
なんとか追いつかれることなく、アストンマーティンは市街地へと突入した。
「騎士団に見つかって、今は追われてる最中!」
ようやくMに現状報告する俺。
正直なところ、報告については完全に忘れていた。
《それは困りましたねぇ。今はどこにいるんです?》
「城から出たところだ!」
《追ってくる騎士団はどれくらいで?》
「10人ちょっと!」
《どこに向かってますか?》
「市場の方向! 北壁!」
《分かりましたぁ、小型輸送機に連絡しておきます》
こういう時にこそ、この話の早さは助かる。
長々と話ができる状態じゃないからな、今は。
ヴィルモン王都の市街地。
人間界惑星最大の街を、俺たちはアストンマーティンに乗って爆走中だ。
雨の中、水しぶきを豪快にまき散らし、猛スピードで駆け抜ける俺たち。
それを必死で追う共和国騎士団。
突然の事態に驚き、咄嗟に道の端へと逃げる人々。
大混乱だな。
他の馬車や人々の合間を縫うように、アストンマーティンを走らせるロミリア。
大通りなので他の馬車を避けるのは難しくないが、人々まで避けるのはすごいぞ。
ロミリアはどこでこんな技術を学んだのだろうか。
ただの勘だとしたら、それはそれですごいし。
ヴィルモン城に向かう際はノロノロと通った大通り。
今では一瞬で建物が過ぎ去っていく。
スピードが違うだけでも、街並が違って見えるもんなんだな。
なんて感心していたら、幌に展開していた防御壁が光った。
まさかと思い騎士団を見てみると、ヤツらは魔法で俺たちを攻撃している。
市街地のど真ん中で攻撃魔法を使うとは……。
あいつらもお構いなしかよ。
こちらも反撃だ。
防御壁を厚くし、共和国騎士団に向けて腕を突き出す。
そして水魔法を念じ、放とうとした。
その瞬間、アストンマーティンがドリフトするように、左側の脇道へと入っていった。
どうやら目の前の人を避けられなかったらしく、咄嗟に曲がってしまったらしい。
さすがはロミリア。
関係ない人を殺すなんてことはしないのね。
おかげで俺は、転んで椅子に顔をぶつけたけど。
脇道はかなり狭い。
このアストンマーティンがぎりぎりで走れる狭さだ。
対して馬1頭にまたがるだけの共和国騎士団からすれば、この地形は有利。
あまりよろしい状況じゃないか。
「ロミリア! 大通りに戻れ!」
「分かってます!」
久々のロミリアの必死な叫び。
まるで邪魔するなとでも言いたげな感じだ。
運転中に話しかけられるとイラッとするらしいし、これは仕方がないか。
彼女は次の交差点で、さっそくアストンマーティンを右に曲がらせた。
これまた狭い交差点だ。
アストンマーティンは勢いよく建物の壁にぶつかり、俺はまたも椅子に顔をぶつける。
しかも壁にぶつかったおかげでスピードが落ち、騎士団にだいぶ追いつかれてしまった。
すぐにロミリアが加速したおかげで助かったが、敵との距離は近い。
騎士団の攻撃魔法に晒されながら、再び右に曲がるアストンマーティン。
例に漏れず壁にぶつかり、俺も顔を椅子にぶつける。
狭い道だからしょうがないけど、そろそろ安全運転が恋しい。
アストンマーティンの前方には、ようやく大通りが見えてきている。
しかし後ろを見れば、数メートルの距離から魔法を放つ騎士団の姿が。
それでも防御壁を展開しているため、アストンマーティンは無傷である。
早いところこの狭い脇道を脱したいところだ。
一気にスピードを緩め、大通りに突入する。
アストンマーティンはドリフトしながら、左に勢いよく曲がった。
だが濡れた石畳に車輪が滑り、市場にまで突っ込んでしまう。
商品棚に置かれていたであろう果物が、盛大に宙を舞った。
これは普通の事故だ。
それでもアストンマーティンは無傷。
Qの言う通り、随分と頑丈なこった。
「アイサカ様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫。それより、早く馬車を動かすんだ!」
市場に突っ込み、完全に止まってしまったアストンマーティン。
ここぞとばかりに、騎士団が槍を構え突撃してくる。
ヤツらの槍は幌の固さに阻まれ、俺は生きながらえたが、まだ安心できない。
ロミリアが手綱を捌き、馬を走らせようとするのとほぼ同時。
1人の騎士が、アストンマーティンに飛び乗ってきやがった。
重そうな鎧でなんとも軽快な動きである。
これはマズい。
騎士相手に、素人を脱したぐらいの剣の腕の俺が、果たして勝てるのか。
再び走り出すアストンマーティンの車内。
そこでPPKを構える俺と、黄金銃を構える騎士。
俺が騎士に勝つためには、剣での勝負をなるべく避けるべきだ。
魔術ならば、なんとか勝てるかもしれない。
そう思ったのも束の間、騎士は自らの身を防御壁で囲む。
こうなりゃ剣での勝負しかないが、まだ魔術が使えない訳じゃない。
熱魔法で剣を強化したり、重力魔法で自身を強化すりゃ良い。
さっそく俺はPPKを振り上げ、振り落とす際に重力魔法を使い、PPKを重くする。
俺のPPKを黄金銃で受け止めた騎士は、予想以上の重さにバランスを崩した。
これは行けるかもしれん。
重力魔法を使い、振り上げる際はPPKを軽く、振り下ろす際は重くを繰り返す。
ミードンの助けもあって、なんとか7合程を交える俺と騎士。
ところがここで、プロの実力を見せつけられた。
アストンマーティンが他の馬車を避けた際、大きな揺れが発生したのである。
俺は足を取られ、その場に転倒したが、騎士は悠然と立っていた。
騎士はここではじめてニヤリと笑みを浮かべ、剣を振り上げる。
恐怖で動けない俺、勝利を確信する騎士。
ヤバい、俺はこんなところで死ぬのか……。
だがニヤリと笑った騎士の表情は、一瞬で苦痛へと変わる。
そして彼は黄金銃をぽろりと落とし、自身もその場に倒れた。
箱の上で横たわる騎士。
すでに息はなく、うなじには見慣れた短剣が刺さっている。
アストンマーティンを追う騎士団に視線を向けると、そこには嬉しい光景が広がる。
騎士団を1人、また1人と斬り落としていく、馬にまたがった1人の少女の姿。
突如として現れた鬼に敵わず、壊滅していく騎士団。
少女というにはあまりにも苛烈で、鬼とも思えるその強さ。
あんなヤツ、俺は1人しか知らない。
「スチア——! ロミリア、スピードを緩めろ!」
「え? あ、はい!」
最後の1人を斬り終えたスチア。
彼女をアストンマーティンに乗せるため、スピードを緩める。
俺たちに追いついたスチアは、自分の乗る馬を捨て、アストンマーティンに飛び乗ってきた。
「元気そうだね」
「それはこっちの台詞だスチア。よく追いついたな」
「守衛が思った以上に弱かったから」
何事もなかったかのような顔で、騎士のうなじに刺さった短剣を抜き取るスチア。
なんかもう、コイツは恐怖の対象っていうより、畏怖の対象だ。
味方でホントに良かった。
「アイサカ様! 北壁の城門が見えてきた!」
前方を指差し、報告するロミリア。
彼女の指の先には、ヴィルモン王都の治安を維持する巨大な壁が。
そして王都への入り口である、巨大な門が。
あそこを抜ければ、脱出成功である。
しかし困ったことに、門はすでに閉ざされてしまっている。
咄嗟に俺は熱魔法を放ち、門を破壊しようと試みた。
だが向こうもバカではない。
門は分厚い防御壁に守られ、俺の魔法が通じない。
これじゃあ閉じ込められたも同然だ。
俺は悩む。
どうすればこの王都を抜け出せるのか。
今考えられるのは、小型輸送機に直接乗り込むことだ。
でも、市街地で小型輸送機を低空飛行させるのは危険だろう。
じゃあどこで乗り込む。
目の前には高くそびえる壁しか——。
そこで俺は、ついに答えを導きだした。
ヴィルモン王都に異物を入れないための北壁。
それを利用すれば良いのだと。




