第7話 はじめての軍艦講座その1
いかんいかん。
焦りのあまり変な声を出してしまった。
ロミリアがあからさまに困った表情をしているじゃないか。
そもそも彼女は魔力の使い方は知ってても、軍艦の使い方までは知らないはず。
ここは彼女よりも、フォーベックに聞くべきだ。
「まずは肘掛けに手をかざしてみろ。そうすりゃアイサカ司令の魔力とガルーダが接続される」
聞くまでもなく、フォーベックが教えてくれた。
もうやるしかない。
そもそもここは異世界だ。
何がどうなろうと知ったことではない。
俺はただ言われた通りに、行動する。
肘掛けに手をかざすと、不思議な感覚が体を支配した。
城で魔力の感覚とやらは掴んでいたが、その魔力が外に向かって流れ出る感覚。
この感覚は今までにも感じたことはある。
痛みが消えていく、薬がしみる、掃除機のようなもので吸引されるといった感覚と、あまり変わりはない。
ただ、感じる器官が違うのだ。
「その顔だと、接続が完了したみてえだな。なら次は機関の発動させて船を浮かばせてみろ。なあに簡単だ。想像すりゃ良い。機関を動かそう、船を浮かばせようってな。それを魔力にこめるだけだ」
簡単に言ってくれる。
そんなあっさりとできるものかと文句も言いたいが、今は船を動かすことに集中だ。
どれどれ機関の発動、機関の発動……。
「嬢ちゃん、アイサカ司令の魔力に交わって、やってみろ。そうすりゃ司令も少しは感覚が掴めんだろうよ」
「えっと……分かりました」
フォーベックに言われてロミリアが頷く。
彼女は俺の方に手をかざし、目を瞑った。
「ここかな……」
ロミリアが呟いたと同時に、俺の魔力の一部がガルーダの後方に流れた。
いや、本当にそうなのかは分からない。
ただ、なんとなくだが、流れ出す魔力を伝ってガルーダの全体像が勝手に頭の中に作られ、魔力が機関の方向に向かった気がした。
これがロミリアの魔力への交わりってやつなのか。
ってことは彼女と俺は今、一体ってこと。
交わって一体に……なんて言い方すると勘違いされそうだな。
そもそも使い魔である彼女の存在は、俺の魔力の一部としてあるんだが。
しかし、彼女のおかげでなんとなくガルーダの構造が掴めてきたぞ。
この椅子のそこら中に巻き付いた管は、どうやらガルーダの様々な場所に繋がっているらしい。
まだぼんやりとしか見えないが、少なくとも兵装や装甲関係、各種補助エンジンノズルの方向が分かる。
自分が意識しているおかげか、ロミリアのおかげか、その両方か、機関部への方向ははっきりと見える。
ここに魔力を注入すりゃ良いんだな。
「機関発動!」
考えてるだけじゃダメかと思い、口にも出してみる。
すると、俺の魔力が機関部分に吸い込まれた。
と同時に、ガルーダの後方から獣のうなり声のような重低音が鳴り響き、一瞬だけ船体が揺れた。
「機関の発動を確認。十分な魔力量です」
艦橋にいる一人の男がそう報告した。
彼の目の前に広がる計器の針が、徐々に左から右に動いている。
どうやら無事、機関の発動に成功したようだ。
必殺技を叫んだ感じでエンジン動かしちゃったけど、なんか恥ずかしい。
でも、ここにいる人々はそんなこと気にしていないようだ。
「まだ魔力が注がれている……信じられない……」
「これが異世界者!」
「へっ、ホントに1人でやりやがったぜ」
この場にいる全員が、驚きと困惑の混ぜ合わさった表情を、言葉を、態度を隠しきれていない。
なんともテキトーで飄々とした印象のフォーベックですら、例外ではない。
「…………」
中でもロミリアの表情が、最も驚愕に満ちあふれている。
彼女だけが、俺の魔力を直接目にしているのだから当然かもしれない。
にしても、ここまで驚かれるとは思わなかった。
一人の魔力で軍艦を動かすってのは、そんなに大変なことなのか。
やり方さえ掴めれば魔力を込めること自体は難しくなかったし、今は余裕すらある。
そういや、フォーベックが言っていたな、軍艦を動かすには300人程度の魔術師がいるって。
つまり、俺は最低でも300人分の魔術師の魔力を持っているとこになる。
そう思うと、俺すげえ。
「よしアイサカ司令、次は飛ばしてみろ。高度は8500メートルだ」
よし、俺はすごいんだ。
そのくらいのことはできるさ。
ほら、想像してご覧、この巨大な軍艦が空を飛ぶところを……。
イマジネーション。
浮かない。
イマジネーションが足りないのか?
もしや、機関にいくら魔力を送っても意味ないのだろうか。
だったらどうする、推力で飛ばすのか? 目の前は山だぞ? 滑走する場所なんかない。
フェニックスもスザクも、その場から浮き上がるように上昇してたし。
「えっと……たぶん……重力魔法だと思います」
震えた小さな声で、俺にそれを教えてくれたのはロミリアだった。
彼女から話しかけられるのはこれがはじめてな気がする。
しかし重力魔法か。
随分と壮大な魔法だが、ガルーダのどこに魔力を込めれば良いんだ。
ともかく想像しよう。
すぐに見つかった。
船体の中央下部に置かれた装置、ここに魔力が流れた。
小さいのと大きいのがあるが、どっちか分からないので両方に魔力を込める。
なあに、俺の魔力は底なしなんだから余裕だ。
重力装置に魔力を送り込み、装置が動いたのを確認する。
すると船が小さく揺れて、窓の景色がはじめて動いた。
目の前に広がる山が、少しずつ下に降りていく。
あまりにスムーズで実感がないが、ガルーダは浮いたのだ。
でも、なんだか体がやけに重いぞ。
何か潰されそうな気分だ。
まさか、魔力が少なくなったのだろうか。
と思ったのだが、どうやら艦内の全員が俺と同じ状態だった。
「アイサカ司令、まさかと思うが、2つの重力装置どっちとも動かしたか?」
「え? あ、はい。よく分からなかったので」
「小さい方は艦内の重力発生装置だ。そんなに魔力はいらねえ」
「そうだったんすか。すみません」
フォーベックは余裕の表情だが、他の人たちは苦しそうだ。
そうか、小さい方は艦内の重力を操るのか。
今すぐ調整しないと。
小さい方の重力装置に送っていた魔力を弱めると、体がやけに軽くなった。
いや、元に戻っただけなんだが、そう感じた。
「高度は順調に上がっています」
航海士なんだろうか、女性がそう報告する。
8500メートルまで浮かばせろとのことだが、この世界もメートル法なんだな。
ヤード・ポンドなアメリカよりも分かりやすい。
ロミリアは、たぶんこの大きさの空飛ぶ乗り物ははじめてなんだろう。
体を乗り出し、必死で外の景色を見ようとしている。
背が低い為にあまり見えないのか、しばらくして諦めたのだが。
俺の椅子には、よく見ると数個の計器が見えるようになっていた。
その中の一つ、こっちではじめて目にするアルファベット『m』が書かれた計器を見て、船がどれだけの高さを飛んでいるかを確認する。
8200メートルあたりから重力装置への魔力を調節し、少しずつ力を抜いていった。
すると予想通り、船の上昇がゆっくりになっていき、8512メートルで止まった。
う〜ん、ジャストで止まるのは難しそうだが、ある程度の重力装置の使い方は分かったし、良しとしよう。
驚くことに、ここまで浮かぶのに2分もかかっていない。
出発地点の標高がすでに2000メートル程度だったが、それでも十分な早さだ。
景色はすでに、どこまでも続く青い空のみ。
「到着したな。じゃ、次だ」
わりと自由自在に扱えるもんだから、少し楽しくなってきた。
今度は何をするのだろうか。
少しばかりワクワクしながらフォーベックの言葉を待っていると、窓の外に豆粒のように見えていたフェニックスから、突如として1本の光が放たれた。
あれは映画でしか見たことのない、レーザービームのようなものだ。
一瞬の出来事だったが、俺はすぐにフォーベックの次の言葉が予想できた。
「じゃ、兵装の使い方だ」
そう、ガルーダは軍艦である。
どれだけ自由自在に動かせようと、戦えなければ意味がない。