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第71話 スカイフォール

 大空に身を投げ出すというのは、想像以上に不思議な感覚だ。

 体は自由に動くのに、移動はできない。

 ただ単に落ちていくだけ。

 地上とは明らかに違うし、水の中とも似つかない感覚。

 これが癖になってしまう人がいるのも、なんとなくだが理解できるかもしれない。

 俺は癖になりそうにないがな。 


 小型輸送機を飛び降りてから数秒後、ついに俺たちは雨雲を抜けた。

 うっすらとだが、ヴィルモン王都の街並が見えてきている。

 だがそれより、顔に当たってくる雨がなんともうざったいぞ。

 早く地上に到着してくれ。


「アハハ! これ楽しいじゃん!」


 恐怖と不快感に襲われる俺とは対照的に、スチアは満面の笑みを浮かべてやがる。

 なんつうか、いつもの怖いスチアじゃない。

 目の前の出来事を純粋に楽しむ、年相応の女の子って感じの表情だ。

 ちょっと可愛い。 

 可愛いけど、スカイダイビングでこの表情をする時点で、やっぱり怖い。


「今どうなってんですかぁぁぁ!!」


 聞いたことのない叫び声に、俺は最初、それがロミリアの叫びであるとは思わなかった。

 変な鳥が鳴いてるんじゃないか、そうとすら思ったぐらいだ。

 ロミリアは完全にプチパニックを通り越し、パニック状態になっている。

 気絶だけはするなよ。


「ニャアアーーー!!」


 ペットは飼い主に似るんだな。

 ロミリアと同じように、ミードンも奇声を上げている。

 もうあれ、発情期のネコとかそういうレベルじゃないだろ。

 ジェット戦闘機みたいな鳴き声だったぞ。


「すごい景色! ほら! ロミリアも目を開けて!」

「無理ですぅぅぅ! イヤですぅぅぅ!」

「ニャアアアーーー!!」

「そんなこと言わないでさ! 司令もずっと地上を見てるよ!」

「お、俺はあれだ、死ぬ前にこの光景を焼き付けようと——」

「イヤぁぁぁぁぁ!」


 泣き叫ぶロミリアとミードン。

 無邪気に笑うスチア。

 突如として意味不明なことを言い出す俺。


 なんだよこれ、もう地獄絵図だよ。

 つうか、俺は何を言っているんだよ。

 余計にロミリアを怯えさせちまったじゃないか。

 どうやら完全に、俺もパニック状態のようだ。


 気づけば地上はだいぶ近づいてきている。

 雨により水を被ったヴィルモン王都、そこを歩く人々が見えるぐらいだ。

 ええと、ここは王都のどこなんだろうか。

 遠くには元老院ビルとヴィルモン城、その後ろに建ち並ぶ立派な施設。

 あれは政府施設だろうから、俺たちはヴィルモン王都の北側に落ちているんだな。

 ってことは、地上は市場ってことになる。

 なら予定通りの場所に降下できそうだ。


「地上が近いから静かに!」


 的確な指示を出すスチア。

 この高さだと、大声を出したら地上に聞こえる可能性がある。

 潜入任務を遂行しなきゃならない俺たちに、それは許されない。

 

 本当ならこの指示、俺が言うべきだったんだろうが、完全に忘れていた。

 さすがはスチアである。

 任務に慣れている。


「が、頑張ってみます……」

「ニャー……」


 やたらにか細い声が聞こえてきた。

 死にかけの牛みたいな、そんな感じの声だ。

 大丈夫だぞロミリア、もう大声は出てないから。


 見たところ、地上までは500メートルを切っている。

 これ以上このスピードで落ちるのは危険だ。

 そろそろ重力魔法を使うべきだな。

 

「重力魔法!」


 自分の叫びと同時に、俺は体中に意識を分散させ、重力魔法を一気に念じた。

 ロミリアも俺に続いて重力魔法を使ったようである。

 エキサイティングな状況は、重力魔法を使うことで、一瞬にしてエレガントな空中浮遊へと移り変わった。

 先ほどまで痛いぐらいだった風はなくなり、豪雨のようだった雨も、それほど激しくはなかったようである。

 宙に浮く俺とロミリア、スチア、ミードンは、そんな中でゆっくりと地上へ向かった。

  

 ただし、あんまりゆっくりと地上に降りるのも問題である。

 地上の人々に見られてしまうかもしれないからだ。

 雨のおかげで少しは見つけにくいだろうけど、油断はできない。

 そこで俺とロミリアは、重力魔法を少しだけ緩め、地上に落ちても怪我しない程度のスピードを出した。


 重力魔法を使って10秒近くが経った頃だろうか。

 ようやく俺たちは地上に降り立った。

 見渡すと、ここはひしめく家々の間、狭い路地。

 大空では恐怖の対象でしかなかった重力が、今では安心を生み出す。

 うん、やっぱり地上は最高だ。

 

「司令、場所の確認」


 スカイダイビングを満喫していたスチアだが、今の彼女は真面目な表情。

 そりゃそうだ。

 俺たちが地上に降り立ったということは、ヴィルモン王都に潜入したということである。

 ここからは俺にとって、敵地のど真ん中だ。

 楽しむこともふざけることもできない。


 スチアに言われた通り、俺は地図を取り出し、現在の場所の確認をする。

 空から見た感じ、この辺は市場で間違いなさそうだ。

 ただ、俺たちが今いるのは路地。

 周りがほとんど見えないんで、地図を開いても意味がない。


《アイサカさん、そろそろ地上に到着したんじゃないですか?》


 辺りを見渡していた俺たちに、ヤンからの魔力通信が届く。

 そうだった、スカイダイビングが強烈すぎて、彼らに報告するのを忘れていた。

 

「こちら相坂、報告が遅れて悪い。地上には到着した」

《分かりましたぁ。実は残念なことに、雨雲でアイサカさんたちの位置が見えないんです。ですからぁ、これからはアイサカさんたちの報告が重要になります》


 だろうな。

 この雨雲じゃ、こっちの姿が宇宙から見える訳がない。

 それが分かっていて報告が遅れるとは、反省が必要だろう。


「これから俺たちは城に向かう。到着したら報告するからな」

《了解です》


 今度こそは忘れないようにしないと。

 社会人じゃない俺でも、ホウレンソウの重要性ぐらい理解している。

 潜入任務となりゃなおさらだ。


「ともかく……路地を出ましょう……」

「ニャー……」


 すでに疲れ切った様子のロミリアだが、彼女の言葉は正しい。

 今いる場所を確認しなければ、そもそも城にすら行けないからな。

 

 路地から大通りに出る俺たち。

 俺はローブで顔を隠した状態だ。

 ロミリアやスチアと違って、俺は人間界惑星にいてはいけない存在。

 なるべく存在を消し、空気と一体化する必要がある。

 悲しいことに、空気と一体化して存在感を消すのは、俺の得意技だ。

 雨が降っているのだから、ローブを被っていたって問題はないし。

 よし、これなら見つかることはないだろう。

 

 大通りを少し歩くと、メイン広場、そしてそこにそびえ立つ高層ビルが見えてきた。

 雨に濡れて雰囲気は違うが、なんとも懐かしい場所である。

 あそこは、俺とロミリアが、ヤンとはじめて出会った場所だ。

 あの頃はヤンも軍師じゃなかったんだよな。

 僅か半年でいろいろと変わったもんだ。


「メイン広場ってことは、この道を進めばヴィルモン城だね」


 昔を懐かしむ俺と違い、任務を何よりも優先するスチア。

 そう、このメイン広場に到着すれば、ヴィルモン城に到着したも同然だ。

 まだ距離はあるが、大通りを歩くだけで目的地に到着できる。


 ただし、その前に俺たちが行かねばならない場所がある。

 ヤン商店だ。

 これから村上を拉致するとして、その村上を運ぶための馬車が必要。

 その馬車を、親切にもヤン商店が提供してくれというのである。

 当然だが、これはヤンが準備してくれたことだ。

 人脈ってすばらしい。


「あ、あそこじゃないですか?」


 ロミリアが指差したのは、メイン広場から数十メートル離れた街道沿い。

 そこに建つ立派なレンガ作りの建物。

 鳥や獅子を基調とした複雑な模様の看板には『ヤン商店』と書かれている。

 地図にもその場所には印が付けられていた。

 どうやら間違いなさそうだな。


 ヤン商店は、最初はシェンリンにある、旅の道具を売る小さな商店だったらしい。

 ところがその商品がファッション業界で大受けし、ついに超大陸に進出。

 オシャレで質の良いヤン商店の売り物は、瞬く間に超大陸を席巻した。

 いつしかその噂は共和国に伝わり、共和国艦隊や共和国騎士団の備品までをも提供することになる。

 今では超大陸を代表する道具屋の1つとして、大企業になっているとのこと。

 つまりヤンは御曹司なのだ。


「いらっしゃいませ!」


 ヤン商店に入ると、愛想の良い店員が笑顔を振りまいている。

 店の様子は、道具屋というだけあって、簡単に言えばホームセンターってところだろう。

 ただ、木目調の壁がオシャレな雰囲気を醸し出している。

 

「あたしたち、この用で来たんだけど」

「……少々お待ちください」


 オシャレな雰囲気に全く溶け込まないスチアが、店員に1枚の紙を見せていた。

 店員はその紙を見るなり、表情を変えて店の奥に消えてしまう。

 なんだろう、このエージェントっぽさは。

 いかにも潜入任務って感じだ。

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