第61話 政治と宗教と
元老院ではじまった、俺の扱いに関する審議。
最初はリシャールの説明からだ。
「アイサカ君について我々元老院は、人間界惑星への進入禁止を条件に、マグレーディへの居住を許可した。しかし先日発生した魔界軍との戦闘において、アイサカ君がガルーダと共に人間界惑星に侵入したのを確認している」
表情を一切変えず、機械的に喋るリシャール。
彼の視線がまっすぐと俺に突き刺さり、なんとも緊張する。
尋問されている気分だ。
「まずは、アイサカ君。君の意見を聞こうじゃないか。なぜ人間界惑星に侵入したのか」
「アイサカさん、ここは――」
「すまんがマグレーディの軍師は黙っていたまえ」
「おっと、失礼しました」
あら、ヤンのアドバイスが止められてしまった。
まあいいさ。
人間界惑星侵入について、俺にはこれ以上ないまでに正当な理由があるからな。
「俺は最初から人間界惑星に侵入するつもりはなかった。ただ、魔界軍の将軍を乗せたと思わしき軍艦が現れて、共和国艦隊がそれへの攻撃に間に合わないと判断した。だから俺は、仕方なく人間界惑星に侵入、魔界軍の将軍を撃破した訳だ」
これでどうだろう。
人間界惑星に侵入したのは事実だが、おかげでジェルンを撃破できたんだ。
何も悪いことはしてないし、むしろ人間界のためになることをした。
リシャールなら理解してくれるはず。
「つまり、君は魔界軍の将軍を撃破するために人間界惑星へ侵入したと。理由はそれだけか?」
「そうだ」
「うむ。やはりそうであったか」
さすがにリシャールは、俺の説明に納得した模様。
むしろ、説明せずとも理解してくれていたのかもしれない。
おそらくさっきの質問は、ただの確認だったのだろう。
彼はこれといった反応を示すことはなかった。
そんなリシャールと対照的なのが、サルローナ王だ。
アイツは俺のことを、まるで悪魔扱いするかのように睨みつけてくる。
そして唾を飛ばしながら言った。
「理由が何であれ、人間界惑星に侵入したのなら、それは元老院との取り決めに対する違反ではないか! 即刻追放を要求する!」
サルローナ王は今日も平常運転だな。
彼の恐ろしい剣幕が俺たちに浴びせられる。
見た目が強面だから、ロミリアなんかは少しだけ不安そうな表情をしていた。
ヤンは何食わぬ涼しい表情だけど。
魔界軍よりも俺の存在の方が気に食わない。
それがサルローナ王の意見か。
はっきり言ってやりたい。
バカじゃないのか。
しかしまあ、サルローナ王が俺に対しやたら厳しいのにも理由があるそうだ。
これはロミリアから教えてもらったのだが、サルローナは環境の厳しい国土で、昔から宗教が盛んらしい。
そんでもって、サルローナで最も信仰されている宗教が、ラヴィナ教。
このラヴィナ教の存在が、サルローナ王の俺に対する剣幕の理由である。
ラヴィナ教では、この世界に存在する全ての生命が正しく、その他の世界からやってきた生命は悪であるとのこと。
今では、人間界惑星に住まう生命が正しき生命、という解釈になっている。
悪い生命であるその他の生命は、早い話が魔族のことだ。
ただ困ったことに、異世界からの召還者もその他の生命に入ってしまう。
そうすると、俺みたいな異世界者は、魔族と同じく悪い生命ということになる。
つまりラヴィナ教にとって、俺は魔族と同じ敵なのだ。
そんな宗教が最も信仰されている国の王が、俺たちに厳しいのは当然だろう。
過酷な環境で、海からも遠く、過去の人魔戦争の主戦場となった大陸中部では、このラヴィナ教の影響力が強い。
元老院で異世界者追放を提案したのも、この超大陸中部の国々だ。
対してヴィルモンやガーディナ、ノルベルンのような、豊かな国土を持つ国は、宗教にこだわらない。
だからこそ、元老院の派閥と対立があったりするのだ。
ヴィルモンやガーディナ、マグレーディにいたせいで、俺は気づかなかった。
周りの人間に、宗教に熱心な人がいないため、俺は気づかなかった。
この世界だって、当然宗教は存在するんだ。
そして、当然宗教による問題も存在するんだ。
まったく、異世界がファンタジーな世界なんてファンタジーなんだな。
なお、グラジェロフはまたちょっと違う宗教の国だとか。
超大陸で最も古い国家だから、まあいろいろあるんだろう。
王様が出てこなかったり、そう思えば小さな子供が代表として出てきたり、よく分からん国だよ。
「異世界者の追放を!」
「これを許しては、今後も異世界者は人間界惑星への進入を繰り返します!」
「異世界者を付け上らせてはならん!」
「極刑を!」
おやおや、サルローナ王に続いて数人の王様が叫びはじめた。
彼らは超大陸中央部の国々だな。
いや~ラヴィナ教には困ったもんだ。
どんな宗教を信じるかなんて人それぞれだが、それで被害を被る人間からすると、迷惑な話だよ。
これにリシャールはどう答えるだろうか。
「ここで許せば異世界者は付け上る。確かにその通りであろう。アイサカ君の追放も視野に入れるべきか」
あれ? 俺の追放に前向きなの?
いやいやおかしい。
リシャールさん、あんたはもっと賢い人のはずだ。
なら分かってるだろう、俺がジェルンを撃破したことの意味ぐらい。
「意見よろしいでしょうか、リシャール陛下」
俺を助けようとしてくれたのか、ヤンが挙手する。
しかしガーディナ王パーシングは、彼に意見を言わせもしなかった。
「軍師は黙ってろって、さっき言われただろ」
低い声で、たしなめるようにそう言ったパーシング。
ヤンはあっさりとその言葉を受け入れ、黙ってしまう。
こりゃマズいな。
下手すると、放浪生活再び! って展開になりかねん。
でも待てよ。
ガルーダって今修理中だよな。
飛べなくはないけど、あれで放浪生活なんて無理だ。
今追放されたら、俺たち終わりかも。
あ、ヤバい。
「サルローナ王よ、もう少し意見を聞かせてくれないか」
「意見も何も、我々の要求はただ1つ。異世界者の追放。これ以外に道はない」
「他の者は?」
「サルローナ王に同じく」
「我が国もサルローナと同意見じゃ」
「追放だけでは生温い! 極刑を! 火あぶりの刑を!」
ちょっと待って! 追放なんて御免だ!
つうかなんだよ、最後の火あぶりの刑って。
なんでヴィルモン派閥には意見を求めないんだよ。
こういうときにイヴァンがいてくれりゃ助かったのに、こういう日に限っていない。
グラジェロフ代表はガキだから何も言えねえし。
最悪だ。
当然ながらロミリアは不安に怯え、表情は青白く染められていく。
さすがのヤンも、焦り気味なのか爪を噛みはじめた。
「ニャーム! ニャーム! ニャー!」
俺が責められてるのを理解してか、ミードンが激しく鳴きはじめる。
俺の味方がいてくれて嬉しいし、怒っても可愛いミードン。
でも、今はやめて、頼むから!
「あ、ダメだよミードン! 静かにして!」
「……ニャー」
ロミリアの言葉に素直に従い、大人しくなるミードン。
良い子だな。
それと、ありがとうロミリア。
さてさて、審議はどうなった?
ミードンの可愛さにやられて許してくれる、なんてことはないよな?
流れ変わってない?
「アイサカ君の追放について、わしも理解した。やはり、1度ならず2度も許せば、アイサカ君が付け上る可能性が高いであろうからな」
ダメですね。
こりゃ完全に追放パターンですね。
最悪ですね。
でもそれは御免なので、一応は訴えてみるか。
「俺は、魔界軍の将軍を撃破するために――」
「異世界者は黙っていろ!」
「そうじゃ! これから追放される者が騒ぐでない!」
「極刑を! 火あぶりを!」
ダメ元で俺の正当性を訴えようと思ったが、無理だった。
サルローナ王をはじめ、相手が多すぎる。
俺の訴えなんて、王様たちの喧噪でかき消されちまう。
あんまり大きい声が出せないと、こういう時が辛い。
「ではアイサカ君を追放、それで良いかね?」
超大陸中央部の国の王様たちが、一斉に頷く。
ああ、俺はまた追放されるのか。
折角ジェルンを撃破してやったのに。
やっぱり元老院は嫌いだ。
こいつらの好き勝手に、俺はまた迷惑しなきゃいけないなんて。
これからどうしよう。
ロミリアには悪いけど、今度こそ魔界惑星に住まなきゃダメかな。
久保田に頼るか。
ふとロミリアの方を見る。
俺の考えが伝わったか、彼女も俺の方を見ていた。
そして彼女は、小さく頷いた。
これは、魔界惑星に住むのも止むなしということか。
なんだか申し訳ないな。
一方、ヤンは焦りに焦っている。
爪を食べていると表現したくなる程、激しく爪を噛んでいるのだ。
こんなヤンの姿、はじめて見るな。
ヴィルモン派閥は黙っている。
だがヤツらは、リシャールの意見に従う。
リシャールが俺を追放と言えば、ヤツらは全員が俺を追放するだろう。
この審議の結果は、決まったも同然か。
「ちょっと待ってくれ、リシャール陛下。追放反対の意見も聞いてほしい」
答えの決まりかけた元老院に投げかけられる、1つの意見。
ひときわ低い声の、荒々しい口調。
ガーディナ王パーシングによる言葉。
これにリシャールは、小さな笑みを浮かべた。




