第59話 改造計画
魔力が完全回復すると、俺は何事もなかったかのように元気を取り戻した。
スチアの地獄の特訓には耐えられるが、しかし相変わらず体力はない。
ついでに記憶力もない。
うむ、いつも通りだ。
10月14日、俺は1人で久々にガルーダのところに足を運んだ。
ガルーダはジェルンとの戦闘で大きなダメージを被っていたが、その度合いを確かめにきたのだ。
マグレーディに帰ってきてるんだから、一応は大丈夫なんだろうけど。
ドックに到着し、ある1室にてガルーダを前方から見渡す。
正直なところ、ガルーダの姿は衝撃的だった。
艦首には大きな穴が複数できており、歪んだ鉄がなんとも痛々しい。
前方スラスターは、その原型すら残っていない。
側面の武装も半分が吹き飛び、曲がった砲身が虚しく空を見上げている。
メインエンジンは1基が鉄くずと化しており、とてもじゃないが機能しそうにない。
右舷翼に至っては、半分がなくなっている。
ひどい有様だ。
「よおアイサカ司令。元気そうで何よりだ」
中破したガルーダに比べて、フォーベックは相変わらずの調子だ。
いつもの飄々とした雰囲気を纏い、不敵な笑みを浮かべている。
いいなあその余裕、俺も欲しい。
「なんとか。魔力は完全に回復しました」
「そうか、そりゃ良かった」
俺はこの通り、元気である。
ロミリアもフォーベックも大丈夫そうだ。
だが、どう見ても大丈夫じゃないものが目の前にある。
司令として、ガルーダの現状は聞いておかないとな。
「あの、ガルーダの状態は?」
「船としての機能はなんとか保ってるってところだなあ。ただ、見りゃ分かるようにそこら中が傷だらけ。軍艦としての機能はなくなった」
「そうですか……」
ジェルンとの戦闘で無理をしたのは分かっていた。
だがまさか、ここまでひどくやられるなんてな。
軍艦としての機能がなくなったんじゃ、しばらく戦闘任務はできない。
魔界軍が長く動かないことを願うしかないか。
ところでだ。
これだけの被害を受けていれば、乗組員だって無事じゃないはず。
「フォーベック艦長、死者の数は……」
「17人だ」
即答するフォーベック。
その口調は、俺を責めるでもなく、淡々としている。
まるでこれが当然のように。
俺は17人という数字に、胸が締め付けられた。
ガルーダの乗組員が死んだのは、これがはじめてだ。
彼らは、俺の指示した戦いで死んだんだ。
つまり彼らの死は、俺の責任である。
今はじめて、俺は十字架を背負うことになった。
「まあそう気にするな」
部下が死んだというのに、フォーベックはそんなことを言い放った。
なんで人の死を、しかも自分の指示で死んだ人を、気にしないで済ませられるのか。
俺には理解できない。
だがフォーベックは話を続けた。
「あの戦闘じゃ全滅の可能性もあった。それを17人の死者で切り抜けたんだ。戦果としては上々だぜ」
確かに、単純な戦力としての死者と考えればその通りだ。
それでも俺は納得できない。
死んだのは人間だ。
そう簡単に割り切れない。
「それにな、死んだヤツらは自分の意志でアイサカ司令に従い、死んでいった。ヤツらがなぜアイサカ司令に従ったか。俺たちが戦闘に勝利し、戦争終結に一歩近づかせるためだ。そしてその目的は俺たちが達した。なら、ヤツらも文句は言わねえよ」
それなら、まあ理解できる。
でもやっぱり割り切れないな。
死んだ17人に、どうしても詫びたい。
「ただ、アイサカ司令は優しいからなあ。悩む気持ちは分かる。マグレーディの共同墓地でヤツらは眠ってるから、後で行ってやれ」
俺の思いを察してか、フォーベックはそう言ってくれた。
共同墓地か。
絶対に行こう。
なんとしても死んだ17人に感謝の言葉を伝えなければな。
「あ、もう来てたんだ。ねえ、さっさと話しはじめて良い?」
しんみりとした部屋に、突如として入ってきた空気の読めない少女。
最近ずっとその姿を見せていなかった、メルテムだ。
なぜ彼女がここに?
「ちょっと待っててくれねえか。アイサカ司令に現状を伝えてるところだ」
「あっそ。早くしてね」
「どうも」
改めて思うが、フォーベックを溜め息まじりにするメルテムの傲慢さはすごい。
おそらくメルテムは、自分の興味があること以外は何も関心を持っていないのだろう。
科学者としてはそれでいいけどさ。
それよりも、今はフォーベックの説明を聞くべきだな。
「アイサカ司令も知ってるだろうが、ガルーダはこれでも就役から15年が経ってる。そろそろ取り替えたい場所もあった。っつうことで、これを機に大改造を施してやろうと思ってな。それにメルテムさんが協力してくれる」
なるほどそういうことか。
中破したガルーダを、ただ修理するだけじゃもったいないもんな。
これに天才科学者メルテムが協力する。
期待できそうだ。
「えっとね、これ見て」
唐突に紙の束を俺に差し出すメルテム。
内容を見てみると、訳の分からない数式や文字がびっしりと並んでいる。
魔力インクが使われていないせいで全く読めないが、たぶん読めても内容は理解できなかっただろう。
これは一体なんなのか。
「司令さんの魔力を調べたら、すごいことが分かったの!」
お、早くも興奮しはじめたぞ。
こうなったら手が付けられないからな。
彼女の好きにさせよう。
「実は、司令さんの魔力は体から放出された後も、自己生成を繰り返してたんだよ!」
「ナ、ナンダッテー」
一応は驚いておいた。
俺の魔力が自己生成してるのが、どうすごいのかは知らないけど。
「放出された魔力は、普通は使用しなくても消えちゃう。でも司令さんの魔力は、放出しても使用もしくは拡散しない限り、自己生成するから永遠に残り続けるわけ! これを応用すれば、こんなものができちゃうの!」
ドンと、さらに紙の束が俺に渡される。
だから読めないんだって。
「その名も――魔力カプセル!」
1文字1文字を強調して紹介するメルテム。
某ネコ型ロボットを彷彿とさせるな。
なんだろうか、魔力カプセルって。
ちょっと説明が楽しみになってきた。
「司令さんの魔力をカプセルに閉じ込めて、半永久的に保存する道具! ここから必要なときに必要なだけの魔力を取り出せば、魔力のない人でも魔法が使えちゃう! しかも、保存した魔力からさらなる魔力を生産することも可能! これは超革新的な道具だよ!」
「な、なんだってー!」
今度こそは本当に驚いた。
そんな超革新的な道具があれば、いろいろと便利じゃないか。
異世界者の魔力しか溜められないんだろうけど、それでも十分だろ。
「このメルテムさんが作った道具、船に接続できるようガルーダを改造する。これさえありゃ、カプセルの数だけ超高速移動もできるようになるし、この前みてえな無茶な戦いをしなくても済むようになる」
「おお! それは良いですね!」
超高速移動の回数が増えるのは単純に嬉しい。
魔力を使い切って4回は、ちょっと使いにくかったもんな。
いやはや、俺の魔力が自己生成してるおかげで助かった。
「ついでに、ダルヴァノやモルヴァノもカプセルが使えるようにする。そうすりゃ、あの2隻も超高速移動が使えるようになるからな」
「……え? 他の船も超高速移動ってできるんですか?」
「魔力さえ確保できりゃ、どんな船でもできるぜ」
なんてこった! 魔力カプセル万歳じゃないか!
艦隊で超高速移動ができれば、魔界軍の宙間転移魔法に負けない。
作戦の幅も広がる。
ちょっとすごすぎないか、魔力カプセル。
「これさえあれば、魔界軍に負けませんね。共和国にも普及させるんですか?」
共和国の全艦隊が超高速移動を使えれば、魔界軍との差はなくなる。
これで戦力均衡が成り立つんだ。
普及させない以外に手はない。
「いや、共和国には魔力カプセルの存在を隠す。軍師さんのお達しだ」
どこか俺をなだめるように、そう言ったフォーベック。
ここでヤンの名前が出てくるということは、それなりの理由があるってことだろう。
聞いてみよう。
「ヤンはなんて?」
「リシャール陛下は魔界への総攻撃を計画してるそうだ。魔力カプセルなんぞがヤツの手に渡れば、確実に人間界と魔界の総力戦がはじまっちまうんだとよ」
むむ、そういうことだったか。
総力戦がはじまれば、講和なんて夢のまた夢になっちまう。
魔力カプセルは確かにすごいが、諸刃の剣でもあると。
「ともかく、これからガルーダの改造だ。アイサカ司令、何かアイデアがあるなら言ってくれ。どんなことでも良い。メルテムさんも協力してくれるからな」
いや、魔力カプセルだけで十分な気もするが。
でも面白そうだし、思いつく限りのことを言ってみるか。
「星1つ破壊できるスーパーレーザー、もしくは波動エネルギーを使った武装がほしいんだけど、どうかな?」
「はあ? なんだそれ?」
「ねえ司令さん、無理なものは無理なんだけど。もしかしてバカにしてる?」
あからさまに呆れ返るフォーベックと、機嫌が悪くなるメルテム。
ちょっとふざけすぎたようだな。
ここまで場がシラケるとは思わなかった。
ええと、真面目に考えよう。
「そうだなぁ……」




