第53話 生誕祭
マリアが何をしていたのか。
その詳細はヤンが教えてくれた。
そして俺たちは、エリーザにそのことを伝えないことにする。
伝えてしまったら、マリアの頑張りは無駄になっちまうからな。
9月18日、マグレーディ城でとある行事が開かれた。
エリーザの誕生日を祝う、エリーザ王女生誕祭という行事である。
毎年必ず城で行われているようで、政府の人間とその関係者が集まって、小振りなダンスパーティーをする貴族の催しだ。
俺やロミリア、フォーベックは、艦隊関係者として招待された。
貴族のパーティーなので、タキシードみたいなのを着なきゃいけないかと思っていたが、そうでもないようである。
というのも、俺たちは軍人だ。
いつもの将校風軍服が正装なので、それで良いとのこと。
だから俺もロミリアもフォーベックも、いつもと変わらぬ服装である。
なんか、ロミリアのドレス姿は見たかったな。
彼女はむしろ、着替えなくて良いと喜んでいたけど。
パーティーはマグレーディ城の大広間で行われた。
大きな窓とバルコニーがあり、天井からは4つものシャンデリアがぶら下がった、城の中で唯一装飾が目立つ部屋だ。
形式は立食パーティーで、エリーザとマリアだけが玉座に座っている。
18時になると、エリーザが立ち上がり、パーティーの開会式である演説をはじめた。
「今年はお父様がヴィルモンに身を預けることとなり、一時はどうなるかと思っていました。果たして私に、マグレーディの統治ができるのかと、不安でした。しかしこうして、15歳の誕生日を例年通り無事に迎えることができたのも、皆様のおかげですわ」
彼女はこれで15歳か。
まだ15歳なんだな。
俺はマグレーディの統治者をエリーザしか知らないが、彼女、結構頑張ってる。
自分で何でもやろうとせず、きちんと有能な部下を使いこなしている。
ちゃんと国家を運営している。
なのにまだ15歳。
いやはや、すごいな。
「私はまだまだ至らぬことばかりですが、この国の王女として、お父様が帰ってこられたときに、マグレーディがすばらしい国であり続けるよう、これからも精進いたします。そのために皆様、どうかご協力をお願いいたしますわ」
「何なりと、我々をお使いください」
「王女殿下とこの国のため、我々も精進いたします!」
大臣たちがエリーザの演説に感動し、思わず答えている。
この国の政府関係者って、国の開拓から間もないのもあって、志が高い人が多い。
そんな彼らから随分と愛されているんだな、エリーザは。
そりゃそうか。
大臣たちが今まで仕えてきた王様の娘だもんな。
高齢の大臣なんかは、自分が仕えた王様の孫だったりするんだし。
なんかこう、エリーザに忠誠を誓うっていうより、可愛がっている感じだ。
エリーザの演説による開会式が終わると、すぐにダンスパーティーだ。
楽団による静かな音楽(元の世界でいうクラシック音楽)に乗せて、男女が手を取り合い、優雅に踊るパーティー。
踊りたくない人は踊らなくて良いそうなので、俺は食事に没頭である。
ダンスはド下手なんだよ。
「あ、あの、アイサカ様……折角ですので、い、一緒に踊りません?」
そんな恐ろしい言葉を放ったのは、なんとロミリアだった。
おいおい、いきなり何を言い出すんだ……。
もしや冗談か?
「俺よりもフォーベック艦長の方が、ダンスうまいと思うぞ」
冗談には冗談で返す。
これをおもしろがったフォーベックも乗っかってきた。
「どうだ嬢ちゃん。一緒に踊るか?」
「い、いいですよ! もう!」
おっと、随分と強い口調で断るんだな。
それどころか、頬まで膨らませやがってる。
まさか、本気で俺と踊りたかったのか?
俺、悪いこと言っちゃったか?
「もう……」
「ニャーム、ニャーム」
むむ、今度は落ち込みはじめたぞ、ロミリア。
ミードンが必死で慰めている。
どうすりゃ良いんだ、俺。
「ヘッヘッへ、そんなに俺と踊るのがイヤか?」
冗談を重ねるフォーベックに、ロミリアが大きな溜め息をつく。
こりゃ謝った方が良いかな。
「なんか……ごめん……」
「いえ、謝らなくてもいいです。アイサカ様の性格は知っているので」
ロミリアの機嫌はまだ悪い。
ごめんね、俺がダンス含めていろいろ下手で。
その後しばらく、紳士淑女の舞踏会を横目に、俺は食事に没頭だ。
何かの肉に何かのソースをかけたもの。
何かの野菜を煮込んだもの。
どれも気取った高級料理で、味は最高。
ふてくされヤケ食いをはじめたロミリアも、食事のおいしさで機嫌が徐々に良くなる。
「皆さん、これからマリア殿下による、とっておきの催し物がはじまりますよ」
俺たちが食事に没頭しているときだった。
パーティー会場全体にヤンの言葉が響き渡った。
そしてそれに合わせるように、マリアが立ち上がり、バルコニーの入り口に向かう。
どうやらはじまったみたいだな。
ずっとエリーザから隠れ、密かに進めていたあの計画が。
「えっと……きょ、今日はいつものパーティーと違って、たくさんの人がお姉ちゃんを祝ってくれるよ!」
緊張でガチガチのマリア。
何が起きたのか分からず、キョトンとするエリーザ。
そこにヤンが助け舟を出し、エリーザをバルコニーに連れて行く。
城のバルコニーは、街の広場を見下ろすことができる。
エリーザとマリアの祖父、2代前の王様は、このバルコニーで何度も国民に対する演説を行ったそうだ。
だから、この国では少し特別な場所であるバルコニー。
そこにエリーザが立つと、彼女の表情は驚きに彩られた。
「あ! エリーザ様だ!」
「お誕生日おめでとうございます!」
「エリーザ様! 可愛いですぞ!」
街の広場には数千人の国民が集まっていた。
子供からお年寄りまで、農民から商人、職人まで、幅広い種類の人たちだ。
チッチョは当然として、よく見りゃガルーダの乗組員もいるようで、スチアもいるな。
皆はバルコニーに出てきたエリーザの姿を見て、各々祝いの言葉を口にする。
そしてそんな人々の中心、広場の中心には、光魔法が使える市民によって照らされた、ウサギを模した大きな飾りが佇んでいた。
『エリーザ殿下、お誕生日おめでとうございます』
ウサギの飾りには、そう書かれた大きな木の板が掲げられている。
どうやらマグレーディでは、ウサギはめでたい動物とされているようで、祝い事の際はウサギを模した飾りが飾られるようだ。
マグレーディ国民によるエリーザの誕生日祝い。
これは彼女の人生ではじめての出来事だろうが、さて、どんな反応を示すか。
「皆さん、私のために? 私のために、これを?」
何が起きたのか分からずオロオロしはじめたエリーザ。
アホ毛をやたらいじっている。
でも彼女の表情には、笑顔が自然と浮かび上がっているな。
なんだかすごく嬉しそうだ。
「お姉ちゃん、あれ、私がみんなにお願いして作ってもらったの」
ここでようやくネタばらしをするマリア。
そう、マリアがちょくちょく城を抜け出していた理由。
国庫の金が減っていた理由。
エリーザの質問にマリアが答えなかった理由。
その全ての答えが、広場に集まりエリーザの誕生日を祝う民衆にある。
これはマリアによるエリーザへのサプライズだったのだ。
マリアの計画は、簡単に説明するとこうだ。
例年は城の中だけで行われる誕生日パーティーを、街ぐるみで行う。
そうすることでエリーザを驚かせ、喜ばせる。
それだけである。
国民はこれに快く協力してくれた。
俺とロミリアがマリアを追って辿り着いた倉庫。
あそこでは、あの大きなウサギの飾りを制作していたのだ。
計画自体はマリアのものだが、陣頭指揮を執ったのはヤンらしく、倉庫に彼の姿があったのもそのためである。
この事実を知ってからも、俺たちはエリーザに伝えなかった。
当然だ。
そんなことしたら、マリアのサプライズが台無しである。
そこまで俺は馬鹿じゃない。
ついでに、ヤン曰くこの街ぐるみのパーティー、経済効果が高いらしい。
共和国艦隊による封鎖で落ち込んでいたマグレーディ経済の、良い促進剤になったとか。
だから国庫の金も使えたそうだ。
さすがにマリアはそこまで考えてなかっただろうけど。
「お姉ちゃん、喜んでくれた?」
「当然だわマリア。人生最高の誕生日よ。国民の皆さんも、ありがとうございますわ!」
満面の笑みでバルコニーから国民に向けて手を振るエリーザ。
すると広場が、一気に盛り上がった。
なんかコンサート会場みたいだ。
エリーザはスーパーアイドルということか。
いやはや、マグレーディの王族は国民からよく愛されているな。
国民によるエリーザ誕生日祝いは、大盛り上がりだった。
その日の街は翌日までお祭り状態で、ウサギの飾りもしばらくの間は広場に飾られることになる。
エリーザはいつにも増して、楽しそうだったな。
こりゃ、マリアの計画大成功である。
マグレーディの平和な日々。
人間界と魔族が戦争をしている今だからこそ、こうした時間も必要だ。
俺だけでなくロミリアたちも、いい気分転換になっただろう。




