第52話 王女殿下の艦隊司令
ヤンの言葉通り、講和派勢力はピサワンを放っておく方針をとった。
共和国はピサワンの魔界軍に攻撃を仕掛けることなく、ピサワンからの輸入品規制を強化、それ以外は特に、人間界惑星に変わったことはない。
魔界軍も目立った動きは見せていない。
おかげで俺は、悠々自適な毎日を過ごしている。
スチアのスパルタ特訓はきつい。
だが、最近は筋肉も付いてきたようで、以前よりも疲労は少ない。
動きも良くなったと褒められた。
そろそろ、戦場でも戦えるようになったんだろうな。
まあ、艦隊司令が前線で剣を振るなんて、そんなことは滅多にないだろうけど。
人間界惑星についての勉強も、だいぶ捗っている。
国際関係やそれぞれの国の特色、歴史の概要を覚えた。
これはひとえに、ロミリアの教え方が分かりやすいおかげだろう。
一方で、艦隊訓練はほとんどやっていない。
というのも、ダルヴァノとモルヴァノは島嶼連合を拠点に、ピサワンの上空からの監視を続けているからだ。
ジェルンに動きがあれば、ダリオやモニカが俺にそれを伝え、ガルーダで向かう手筈になっている。
任務は今も続いているんだ。
艦隊訓練をやっている暇はない。
さすがにガルーダ1隻での訓練はやっているがな。
そんなこんなで2週間の月日が経った。
もう9月11日だ。
異世界に来て3ヶ月以上、マグレーディに来て2ヶ月以上だな。
さすがに異世界にも慣れてきたが、代わりに元の世界が恋しいぞ。
ああ、愛しのハリウッド映画、愛しのジャンクフード、愛しの醤油、愛しの消費型生活、愛しのテレビ、愛しのネット……。
ところで、半年近く切っていなかった髪を、俺はこの世界ではじめて切った。
最初はおかしな髪型にされるんじゃないかと不安だったが、まあ、普通の髪型だな。
駅に行けば数人は必ずいるような、無難な髪型だ。
そんな俺だが、突如としてエリーザ王女に呼ばれてしまった。
しかも謁見の間ではなく、王女様の自室に。
一体何事だろうか。
エリーザの部屋に向かい、扉をノックし、入室の許可を得る俺。
王女様の部屋は、思っていたよりも質素であった。
客室とほとんど変わらない間取りに、装飾の少ない家具。
しかしその家具は、質素ながらも丈夫そうで、職人のこだわりも感じられる。
趣味が良いな。
「待っていましたわ」
どこかふんわりとしたエリーザ。
いつもの将校的な服装の俺は、頭を下げる。
日本様式の礼儀だ。
「いかがなさいましたでしょうか」
「アイサカ司令に、1つ頼み事があるのです」
こういう形での頼み事ってことは、仕事ではないだろう。
私的な頼みなんだろうな。
「頼み事とは?」
「妹のことです。実は最近、マリアが城をよく抜け出して困っているんですの」
「失礼ながら、それはいつものことでは」
「そうですわね。確かにマリアは、よく城を抜け出しますわ」
「……それが、いかがしましたか?」
「マリアが城を抜け出す回数が、今までよりも多いのです」
そうだったのか。
チッチョという友達ができたマリアのことだ。
外に遊びにでも行ってんだろう。
「妹のことですから、少し心配で。それと、マリアを疑いたくはないのですが、マリアが城を抜け出した日に限って、国庫のお金が減っているんですの」
「国庫の金が? そりゃ、マズいですね」
「はい。そこでアイサカ司令、1週間程度マリアの行動の調査をしていただけません?」
「調査ですか。しかし、マリア殿下に直接お話を聞けば良いのでは?」
「それが、なぜか答えてくれなくて……」
マリアが答えてくれないとは、怪しいな。
アイツ、口は軽そうなのに。
なら、俺は調査を引き受けるべきだろう。
俺もマリアの行動が気になってきたし。
何より、もし国庫の金を黙って使ってるとなりゃ、叱ってやらきゃならん。
でもその前に、1つだけ聞いておきたいことがある。
「なぜ、その頼み事を俺に?」
「アイサカ司令なら、バレにくいと思いまして」
ほんわかした笑顔で、アホ毛をいじりながら答えたエリーザ。
……バレにくいってことは、俺の影が薄いってことか?
なんか、あんまり嬉しくない。
「引き受けていただけます?」
「もちろんです」
ちょっと傷ついたが、断る程じゃない。
俺はエリーザの頼み事を引き受けた。
王女殿下の艦隊司令、ってところか。
「では、よろしくお願いしますわ」
柔らかい笑みを俺に向けるエリーザ。
彼女はお父さんに似て、随分とふわふわした人だな。
ただ、まだ14歳だというのに、王族としての気品に溢れている。
じゃじゃ馬娘のマリアとは大違いだ。
こうして俺に、新たな仕事が増えた。
ただし、さすがに1人でマリアを監視するのは面倒だ。
今回はロミリアとスチアに手伝ってもらう。
ヤンは立場的にマリアに近すぎるので、今回の件は黙っておいた。
マリアの調査初日。
この日のマリアは社会科のお勉強だ。
ここにロミリアが飛び入り参加し、その状況を探ってくれた。
ガルーダの訓練がある俺には助かるな。
何があったかは、夜にロミリアがミードンと一緒に説明してくれる。
「今日1日は、マリア殿下に変わったことはありませんでした。いつも通り、退屈そうに授業を受けていましたよ」
「そうか」
「あ、そういえば、教師の方が言っていました。今日のマリア殿下は、いつもより機嫌がいいって」
「だろうな」
「ニャー」
マリアの機嫌が良かったのは、ロミリアが一緒に授業を受けていたからだろう。
チッチョの一件以来、どうもマリアはロミリアに甘えるようになった。
まあ、ロミリアに甘えたいマリアの気持ちは分かるぞ。
ロミリアって、すごく優しいもんな。
そういやロミリア、はじめて出会った時より髪が伸びた。
もうショートヘアじゃなくてセミロングだ。
髪型が違うだけで、ちょっと大人っぽさが出ている。
たぶんその大人っぽさも、マリアが甘える一因かもしれない。
「ミードンは何か気づいたことあるか?」
「ニャ? ニャーム」
でへへ。
やっぱりミードンは可愛いなあ。
いや、いかん、話を戻そう。
「じゃあ、今日は特になんてことなかったと」
「はい。マリア殿下は普段通りでした」
「そうか。ありがとうロミリア」
「い、いえいえ」
俺の感謝の言葉に、ロミリアが照れている。
彼女って褒められるのに弱いよな。
褒めがいがあっていいけどさ。
翌日はスチアによる剣術訓練をするマリア。
この剣術訓練には、チッチョも一緒に参加しているらしい。
俺にとっては怖いだけのスチアだが、2人にとっては特別な存在だ。
2人とも、自分を助けてくれたスチアに憧れ、懸命に剣術の腕を磨いているとのこと。
今日も例によってガルーダでの訓練があり、俺は剣術訓練の様子を探れていない。
だから、マリアの様子はスチアの報告頼みだ。
さて、今日は何があったかな?
「マリア殿下って、剣の腕の上達が早いんだよ。あれはきっと、将来的にすごい剣士になれるかも。チッチョは、まあまあかな」
「……そう」
なんか、報告の内容が俺の思っていたものと違う。
誰もマリアとチッチョの剣の腕なんて聞いてないんだけど。
でもそうか、マリアは将来的にすごい剣士になれそうなのか。
じゃじゃ馬ツンデレ王女様が凄腕の剣士。
すごいな、まるでファンタジーのかたまりだ。
「あの……変わったことはあった?」
市民議会のバイオレンス以来、スチアが怖くてしょうがない。
俺は言葉が震えているのを自覚しながら、スチアにそう聞いた。
対してスチアは、あっけらかんとした様子。
「別に、変わったことなんてなかったけど」
「そうか、なら良い。ありがと」
2日目も特に変わったことはないようだ。
スチアとの会話は怖いので、できればさっさと切り上げたい。
だから必要なことを聞いたら、それで終わりである。
なんやかんや、2日連続でマリアは普段通りの生活を送っていた。
こうなると、もしやエリーザの心配のしすぎではないかと思えてくる。
しかし、たった2日で答えを出しても意味がない。
もうしばらく調査は続けるべきだな。
調査3日目。
今日はガルーダの訓練がお休みなので、ロミリアとミードンと一緒に俺が調査をする。
前々日、前日と異常はなかったので、今日も何もないだろうと、俺は勝手に思っていた。
ところが、面倒ごとが起こってしまう。
マリアは今日、ダンスのお稽古をするはずだった。
いかにもお嬢様な授業だが、マリアはこれをすっぽかしやがったのである。
よりによって俺が調査する日に、彼女は街へ抜け出したのだ。
ああ、めんどくさい。
急いで街に出て、ロミリアと手分けをしてマリアを探す。
まずは城の近辺、そして街の中心部。
今回は、人が少ない時間帯だったのと、マリアが城を出たばかりという2つの幸運が重なったようである。
俺は街の中央広場で、チッチョと合流するマリアを見つけることができた。
マリアは分厚いローブに身を包み、その姿を隠しているが、それが逆に目立つ。
しかもチッチョは変装せず、マリアの名を普通に呼ぶので、分厚いローブは意味をなしていない。
そんな2人を俺は、コソコソと追跡した。
途中でミードンを連れたロミリアも加わり、マリアとチッチョの追跡を続ける。
しばらく街を歩いていた追跡対象2人は、とある倉庫の中に入っていった。
2人の様子を探るため、俺とロミリアは小さな窓から倉庫の中を覗く。
なんか、俺たち泥棒みたいだな。
倉庫の中には、俺の予想を完全に裏切る光景が広がっていた。
多くの人が忙しく動き回り、大小さまざまな木の板を使って、何かを作っている。
マリアはそんな人々の中心にいた。
そしてもう1人、中心によく知った人物がいる。
「ヤン?」
なんと倉庫には、ヤンの姿があった。
これは一体どういうことなのか。
その答えは、街の人々が塗装する木の板に書いてある。
「うん? ああ、なるほどね」
「ニャーム」
「アイサカ様、もしかするとマリア殿下は――」
「その、もしかしてだろう」
マリアがコソコソと城を抜け出す理由。
国庫の金が減る理由。
エリーザが何を聞いても、彼女が答えない理由。
その全ての答えが、この倉庫にはあった。




