第48話 魔族の包囲
議場を出て、市民議会の広い建物の中を歩くロミリアたち。
ヤンの言う通り、しばらくはピサワンで待機だ。
あんまり目立つことはするべきじゃない。
『なあロミリアさん、大丈夫か?』
さっきから、なんかロミリアはふらついている。
たぶんさっきのバイオレンスな出来事のせいだろう。
『大丈夫です。ちょっと、気持ちが悪いだけです』
そう言うロミリアだが、やっぱり心配だ。
早く休ませたい。
「ボクが支えてあげる」
おっと、ヤンがロミリアの手を引っ張り、自分の肩に乗せた。
これはさすがに良心だよな。
いつもの邪なアレじゃないよな。
さて、しばらく歩いていると、とある違和感に俺は気づいた。
今ロミリアたちが歩いているのは、1階の入り口まで繋がる、広く真っ直ぐな廊下。
木の柱と装飾のない白い石壁でできた廊下。
ここはこの建物で最も広い廊下のはずだ。
にもかかわらず、ロミリアたち以外に人がいない。
「なんかおかしい」
こういうのには鼻が利くスチア。
彼女の言葉と共に、ロミリアとヤンも足を止める。
今度は何だ? まためんどくさいことか?
ロミリアたちが立ち止まったのを確認してか、別の廊下や部屋の中、階段の上から、続々と魔族たちが姿を現す。
しかも、完全武装した状態でだ。
種族によって装備は違う。
武器は剣や槍、戟や棍棒などなど、鎧は分厚いものから薄いもの、鎖かたびら程度のものなど、多種多様だ。
奥には弓を持った魔族や、魔術師らしい服装をした魔族もいる。
そんなヤツらにロミリアたちは囲まれた。
おいおい、これヤバくないか?
「やっとあたしの出番だよ。ねえロミリア、防御魔法お願い」
「あ、はい!」
「それとアイサカ司令、聞こえてんでしょ? モルヴァノにすぐに小型輸送機を寄越すよう伝えて」
スチアは戦闘態勢に入るのが早いな。
もう指示を出しはじめている。
この魔族たちが本当に俺たちを襲おうとしているかなんて分からんだろうに。
まあ、見敵必殺か。
剣を抜き、構えるスチア。
そんな彼女に防御魔法をかけるため、手をかざすロミリア。
足手まといになるまいと、ロミリアに寄り添うヤン。
そんな状況を見ているだけの俺。
一触即発だな。
多分スチアが魔族たちより先に攻撃するだろう。
しかし戦闘がはじまる前に、魔族たちの集団が突如としてモーゼっぽく開けた。
そして現れたのは、まさかのジェルンである。
総大将自ら姿を現すとは、無謀なヤツめ。
「ヤン商店のヤン=ロンレンとは、貴様のことか?」
「さあ、どうでしょうねぇ」
とぼけてみせるヤン。
だがジェルンは構うことなく、話を続けた。
「ここ最近、エルフ族のシールン=トメキアがおかしな動きをしていた。そこで少し探りを入れてみると、どうやら人間界と魔界で協力し合う、講和派勢力というものが存在するそうだな。ヤン=ロンレン、そこに貴様の名があった」
「勝手にボクの名前を騙った人がいるんじゃないですか?」
「フン、あくまで自らの正体を明かさぬか」
こうしてジェルンに間近で話しかけられると、迫力がすごいな。
ヤンはよくとぼけていられるよ。
「まあよい、ヤン=ロンレン。我は講和派勢力に感謝せねばなるまい。今回のピサワンの懐柔、これは人間界と魔界で協力する講和派勢力の存在を参考にしたのだ」
「へえ、そうなんですかぁ」
「だがしかし、講和派勢力の存在は我にとってあまりに都合が悪い。そこでヤン=ロンレン、貴様にはここで死んでもらおう」
うお! まさかの宣戦布告!
こりゃマズいな。
どうやってこの場を切り抜ける。
なんて俺は真面目にしてるのに、ヤンのヤツ、笑いやがった。
いつもの女の子らしい笑いではなく、ケタケタとした笑い。
「正々堂々とボクの殺害宣言ですかぁ? 現実主義のジェルン将軍にしては珍しい。ボクなら闇討ちで、人知れず殺しますけどね」
「講和派勢力への警告のため、貴様は見せしめとして殺さねばなるまい。そのためならば、それ相応の舞台が必要であろう」
「ああ、なるほどそういうことですかぁ。だったら、ボクらは最後まで抗って、何が何でも生き残らないと、つまらない舞台になりますね」
「フ、フフフハハハ! そうか、最後まで抗うか。我はそういう人間を求めていた。己にとって正しい選択をし、正しい行動をし、正しくやり遂げる人間をな」
「おや、それってピサワンの人たちに対する不満ですか?」
「そう受け取ってくれて構わぬ」
なんなんだよ、これ。
ヤンとジェルン、なんかきちんと会話してるよ。
むしろちょっと気が合ってるよ。
もしやコイツら、違う出会いをしてたら友達になっちゃってたんじゃないか?
「スッチー、後は任せました」
「了解」
「ヤン=ロンレンとその取り巻きを殺せ。生きてこの場から返すな」
「はっ!」
あ~あ、試合のゴングが鳴ったぞ。
というか、どっかに行っちゃったよジェルン。
結局ヤンもジェルンも、他人に戦わせるんだな。
さすがは頭が良い同士だ、えげつない。
『アイサカ様、できれば、アイサカ様の魔力を私に送ってください』
『そうだな。分かった、ちょっと待ってろ』
俺の有り余る魔力をロミリアに送る。
これ自体は難しい作業じゃない。
すぐに終わった。
こうすることで、ロミリアのMPは2万越えだ。
十分過ぎるだろう。
《緊急事態。モルヴァノに要請。小型輸送機を、至急市民議会に送れ》
よし、モルヴァノには指示を出しといた。
この間にロミリアがスチアとヤン、そして自分に防御魔法をかけ、3人は青白い光に包まれている。
これで3人が攻撃魔法を食らうことはないだろう。
にしても、なぜか魔族たちは俺たちのことを待ってくれるな。
さっさと攻撃を仕掛けてきても良いのに。
もしや3人とも女(1人は見た目だけだけどな)だから、油断してんのか?
そんなだと、怖いスチアを怒らせるぞ。
「ほら、かかって来なよ。それとも、可愛い女の子を斬るのはイヤ?」
おお、スチアが煽っている。
挑発的な言葉に加え、右手に持った剣をクルクルと回して、余裕の表情だ。
でもどうやら、魔族たちはスチアを完全に舐めきっているようである。
煽るスチアを見て、微笑ましそうに笑っていた。
「そう、じゃあこっちから攻めるからね」
剣を構え、低い態勢で構えるスチア。
足に力が入っている。
彼女、真正面から飛び込む気なんだろう。
「覚悟する前に死ねコラアァァァア!」
なんとも乱暴で恐ろしい言葉と共に、スチアは1匹のオークに向かって飛び込んだ。
3メートルはあろうかという距離を、文字通り一瞬で駆け抜けたのだ。
彼女に狙われたオークは、その予想以上の早さに焦り、スチアを叩き伏せようと剣を高く振り上げる。
だがオークの剣が振り下ろされることはなかった。
オークはその心臓をスチアの剣によって貫かれ、即死していたのだ。
スチアは突き刺した剣を抜きながら、オークの振り上げた剣を左手で取り上げ、それを近くの別のオークに突き刺した。
その頃には右手の剣がオークから抜かれ、さらに近くにいた魔族を切り刻む。
一瞬にして死体となった3匹の魔族が倒れると、今度はカブトムシみたいな魔族が槍をスチアに向けて突き出した。
だがスチアはそれを避け、さらに槍をわしづかみにすることで、相手の動きを封じる。
そして右手に持っていた剣をカブトムシ魔族に向けて投げた。
投げられた剣は、その剣先がカブトムシ魔族の眉間に突き刺さり、脳を破壊する。
当然カブトムシ魔族は即死し、スチアはそいつの槍を取り上げた。
「な、何だコイツ!」
「クソ! バカ強いぞ!」
魔族がうろたえだした。
当然の反応だろう。
さっきまで舐めてた女の子に、仲間を殺されてるんだからさ。
わずか数秒の間に、スチアの周りには4匹の魔族の死体が転がった。
早くも辺りは血まみれだ。
おかげでロミリアが目をそらし、スチアの様子が分からなくなる。
「かかって来なよコラァ!」
槍を振り回し、またも相手を煽るスチア。
だが今回はさすがに、魔族たちの表情も真剣だ。
一方のヤンだが、彼はずっとロミリアの後ろに隠れていた。
まあ今回は警護対象だから、できればずっとそうしててほしい。
ただしだ、あんまりロミリアにすり寄るな。
邪な心が見えるぞ。
ともかく、ヤンを無事に逃がさなきゃならん。