第4話 異世界……?
魔力はあらかた理解した。
使い魔との自己紹介も一通り終わった。
すると魔術師が、私の仕事はこれまでと言って、今度は厳つい騎士が現れた。
白銀の鎧に包まれた、立派な騎士。
「これから召還者様の仕事場を紹介します。こちらへ」
騎士はそう言って踵を返し、大広間を出て行った。
彼が向かうのは、城の外である。
俺たち――使い魔も含めて――はそんな騎士の後ろを追う。
召還、魔力、使い魔、騎士、共和国etc
ファンタジー世界の王道がこれでもかとつまった世界。
城の中はまさにファンタジー世界の城そのものだ。
たまに城を歩いている人の服が微妙に近代的だったりするが、それも誤差の範囲だ。
そのぐらいの差はあるさ。
城の外は一体どうなっているんだろうか。
この城を中心に、いわゆる中世ヨーロッパのような街並が広がっているのだろうか。
赤茶色い三角の屋根を持つ石造りの建物が、街道にずらりと並び立ち、酒場や武器屋が店を構え、冒険者が跋扈しているのだろうか。
その周りを石壁が囲み、その向こうには魔物が住む森が広っているのだろうか。
この世界で仲間と出会い、友情が芽生え、運命の人に出会い、恋に落ち、家族となり、子供ができて……おっと、魔王を忘れていた。
魔王を倒して世界の平和を取り戻し、そして……。
そういえば、元の世界には戻れるのだろうか。
まあ、今は気にしなくていい。
後で誰かに聞くなり、自分で調べるなりすれば良い。
そもそも、元の世界に未練はない。
ともかく、世界に平和を取り戻し、運命の人と結婚して、子供ができて、それからそれから……。
などと妄想の域に入り込んだ想像をしていると、城の正面玄関に到着していた。
簡素なデザインの大きな鉄製の扉が、目の前に佇んでいる。
「開門!」
騎士が叫ぶと、鉄の軋む音と共に、門がゆっくりと開かれていった。
この先には、俺の想像したファンタジー世界が広がっているのだ。
そう、門が開き、俺の目に飛び込んできた世界。
大きな広間の先に背の高いガラス張りの高層ビルが佇み、ジャケットを着た人々が辺りを跋扈している。
空には大きな鉄製の乗り物が浮かび、そこから小さな乗り物がこちらに向かった飛んでくる。
「…………」
幻だ。これは幻だ。
そうだ幻なんだ。
ファンタジー世界がこんなわけないじゃないか。
「では、こちらに」
空飛ぶ大きな乗り物から出てきた、トラックぐらいの大きさの乗り物が、俺たちの目の前に着陸した。
直陸の際に発生する風が、3ヶ月以上は切っていない俺の髪を揺らす。
乗り物は鉄製で、色はシルバーと白の間ぐらい。
全体的に四角い設計だが、後方にあるエンジンノズルは丸みがかっている。
スライドして開かれたドアから中を覗くと、前方に操縦席が、その後ろに十数人分のシートが用意されていた。
元の世界のバスからタイヤをなくし、窓を狭くし、もしくは減らし、後方にジェット機のエンジンを付ければ、こんな感じか。
いや、すごいリアルだけどこれは幻だ。
これは実はドラゴンなんだ。
俺が勝手に幻で乗り物にしているだけなんだ。
「は? なにこれ?」
「ずいぶんと……近代的な乗り物ですね……」
あれ、どうやら村上と久保田も幻が見えているらしい。
すごいな、みんなで同じ幻を見るなんて。
誰かにたぶらかされてるんじゃないのか? ハハハ
「ここからは、我々共和国艦隊が案内します。どうぞ、お乗りください」
乗り物の中から出てきてそう言ったのは、青い制服、元の世界でいうアメリカ海軍の制服みたいな格好をした軍人だった。
というか、アメリカ海軍そのものだ。
だれもこの状況に突っ込まないのはなんでなんだ?
後方には中世ヨーロッパにあってもおかしくはない城、そして隣には鎧姿の騎士、装飾には俺たちの知らない文化を感じられるっていうのに、目の前には高層ビルと空飛ぶバス。
騎士の表情が急に厳しくなり、バスから出てきた軍人を睨んでいるが、バス自体にはなにも反応していない。
そもそも使い魔たちは、当たり前のようにバスに乗っていった。
一番おかしな事態に狼狽しそうなロミリアさえ、普通の顔をしてバスに乗っている。
絶対におかしい。
俺の思いはたぶん、村上と久保田も同じなんだろう。
2人も唖然とした表情で、しかしどうすることもできず、素直にバスに乗っている。
俺も同じだ。
これは幻なんだ幻、うん幻。
「では出発します」
俺たちが全員椅子に座ると、ドアが閉められ、操縦室の人間数人が、魔力らしきものを機械に注入している。
そして細やかな振動がシートを伝わって俺を震わすと共に、エンジンが起動した。
窓の外を見ると、地上が徐々に遠ざかっていく。
もう空を飛んでいるのだ。
これは幻じゃない。
これはまごうことなき現実だ。
なんてことだ、俺のさっきまでの妄想はなんだったんだ。
地上が次から次へと後方に流れていく。
結構なスピードが出ているようだ。
さっき見えた高層ビルもだいぶ下の方にあり、高度が高いことを示している。
こうやって上空から眺めると、街の構造がよく分かる。
さっき地上から見えた近代的な街並は、どうやら城の周辺ぐらいにしか存在しない。
ところどころに高層ビルが建っているが、基本は俺の想像したファンタジー世界の街並だ。
赤茶色や灰色の三角屋根が所狭しと並び、大通りを外れればその密集度は高まる。
なんてこったい。
城の窓から見えた超高層ビル、幻でも気のせいでもなかったのかよ。
つうか、ファンタジー世界に超高層ビルって……。
どうやらこの世界、いろいろと混ざっているぞ。
なんだこれ。
「これより召還者様の拠点に移動します」
俺が窓の外に集中していると、そんなアナウンスが聞こえてくる。
ちょっと前までの俺だったら、冒険者ギルドみたいなものを真っ先に思い浮かべ、剣や槍、弓などから自分にあった武器を選び、魔王討伐の旅に出掛けるものだと想像しただろう。
どうやら状況が違うらしい。
だったらあれか。
拠点はハンガーみたいな場所に戦闘機が並べられていて、レーザー銃やブラスター、ライトなんちゃらイバーなどから自分にあった武器を選び、このバスみたいなのに乗って魔王討伐の旅に出るんだな。
RPG系FPSみたいな感じなんだな。
まあ、それはそれで悪くない。
俺は一応、ミリタリーオタクをちょっとかじっている。
SFも好きだし、武器や街並がどうなろうと問題はない。
ただ、思い描いていたものと違うってだけだ。
そうだ、魔王を討伐する旅に出る限り、仲間と出会い、運命の人と出会う云々というやつは存在するはずだ。
「あの、ロミリアさん。こういう乗り物って普通なの?」
一応は世界観を理解しておきたい。
なので俺は、ロミリアに聞いてみた。
彼女は一瞬だけ困惑した顔をしながら、きちんと答えてくれる。
「えっと……こういう乗り物は、一般的じゃないです。私は……その……ヴィルモン王国に住んでいたわけではないので、あんまり見たことはありません」
「そうなのか」
少し安心した。
これは普通の状態ではないらしい。
召還者だから特別扱いなんだろう。
それにしても、ロミリアはヴィルモン王国の生まれじゃないのか。
たしかに服装も、なんだか畑仕事でもしていそうな田舎娘感がある。
この世界の地理が気になるな。
「ただ……その……世界中の王都を繋ぐ高速バスには、生け贄としてヴィルモン王都に向かうために乗りました」
「へえ……」
今、ロミリアは高速バスと言った。
世界中の王都を繋ぐ高速バス。
バス、なんて単語まで存在するのか、この世界には。
これは単純に、この世界が俺の元いた世界とファンタジー世界が少しごっちゃになったものだと理解して良いんだろう。
今までに見たものから、そうとしか考えられない。
魔術が使える世界にガラス張りの高層ビルがあるなんて、まさにそれだ。
そんなことを考えてから3時間近く経った。
外の景色は大きく変わり、針のようにそびえる険しい山脈が辺り一帯を埋め尽くしている。
ダンジョンがあっても不思議じゃないぐらい、厳しい地形だ。
「到着です。あそこに見えるのが、召還者様のそれぞれの拠点です」
久々のアナウンスがそう告げる。
拠点ってはじまりの地にあるんじゃないのか?
なんでこんな遠くの、険しい山脈にあるんだ。
ゲームだったらレベルをある程度上げてから来る場所だろ。
まあいい、どれどれ俺たちの拠点は……。
地上に見えるのは、山に囲われた谷に静かに置かれた3隻の軍艦。
パッと見で軍艦として見えたのだから、軍艦で間違いないだろう。
1隻はどでかい大砲を背負っており、1隻は巨大さと重量感を感じる。
そしてもう1隻は、他よりも小さめだが、スリムな船体が特徴的である。
俺はああいうのを元の世界で見たことがある。
ひとつは現実世界、軍港に係留されていた駆逐艦。
もうひとつは、宇宙での戦いを描いたSF映画の金字塔、そこに登場した宇宙船。
地上に見える3隻の軍艦は、その2つをちょうど合わせたような、そんな見た目だ。
あれが、拠点って、どういうこと?