第35話 マリアの友達
お母さんの家は決まった。
今度は引っ越しの準備をするため、城に帰らなきゃならん。
だがもう少し家を見たいと、お母さんは家に残った。
家を出たのは俺とロミリアだけである。
そんな俺たちを待っていたのは、意外な光景だった。
「ねえねえ、君の名前は?」
「何よいきなり。そっちから名乗りなさいよ」
「え~どっちが先でも良いじゃんかよ~」
「格下が先に名乗るのが普通でしょ」
「ちぇ、なんだよコイツ……ローブ取れよ!」
道の真ん中で、いかにも農民らしい子供たちが騒いでいる。
あいつらの中心にいるのは、ローブを着た子。
マリアだ。
「早く名乗りなさいよ」
「お前が先に名乗れ! ローブも取れよ」
「嫌よ!」
あ~あ、お嬢様がお怒りだ。
どっちも意固地になって、水掛け論。
子供同士ならよくある光景だが、これはどうしようもない。
マリアさん、権力なんて農民の子供に通用しないよ。
農民の子供たち、相手は君らとは違う価値観なんだよ。
「もういいよ! 行こうぜ」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
やっぱりこうなった。
農民の子供たちの方が数が多いからな。
マリアが勝てるわけない。
ところで、ヤンはどこだ?
マリアのお守りはヤツの役目だろう。
と思ったら、いた。
少し離れた場所から、苦笑いを浮かべている。
「おいヤン、なぜ止めない」
「あ! ロミーちゃんのお母さんのお家、決まったんですか?」
「決まったよ。それより、マリアをなんで止めない」
「ええと、一応の理由はあるんですよねぇ」
そう言って困り顔をするヤン。
可愛いが、コイツは男だ。
「マリア殿下って、友達が1人もいないんですよねぇ。だから、これはチャンスかと思ったんですけど……」
「おいおい、そりゃ無理だ」
聡明なヤンだけど、そこは見抜けないのか?
友達ができないヤツってのは、普通のやり方じゃ一生友達なんてできない。
ある意味では奇跡を待つしかないんだ。
なんて内容のことを、数分間ヤンに教えた。
「さすがアイサカさん。説得力があります」
どういうことだ、さすがって。
もうすでにこっちでも友達いないキャラになってんのか、俺は。
いや、そんなことはいい。
マリアをどうするんだ。
あれ、悲しんでいるというより相当怒ってるぞ。
だって、あんな分かりやすい地団駄なんてはじめて見たもん。
「僕、チッチョっていうんだ。君は?」
あ、自ら名乗り出た男の子がいる!
よし頑張れ!
マリアお嬢さんのご機嫌を取るんだ!
「ねえ、君の名前は?」
「もういいわよ! 名乗らない!」
ああ!
そんなこと言うなマリア!
これは友達を作る奇跡なんだぞ!
「ええ~、でもそれじゃ、なんて呼べば良いの?」
「なんで私を呼ぶ必要があるのよ!」
「友達になるには、名前ぐらい知らないと……」
「と、友達!?」
いいぞいいぞチッチョくん。
大胆な攻めだ。
そのまま負けるなよ。
「友達なのに呼び方ないと困るよ」
「……な、なんなのよ!」
おお~、リアルなツンデレだ。
ローブでよく見えないけど、頬が赤く染まったりしてんだろう。
いるんだな、ああいう生物って。
異世界だけの固有種なのかもしれないけど。
「な、なんで私とあんたが友達にならなきゃいけないのよ!」
「なっちゃいけないの?」
「え? えっと……そういうわけじゃ……」
チッチョくんやるなあ。
完全にマリアを手玉に取ってるじゃないか。
「あの子、やりますねぇ」
ヤンも評価しているぞ。
女たらしからの評価だな。
これって嬉しいのか?
「なんだかアイサカ様、楽しそうですね」
ロミリアにそんなこと言われてしまった。
確かに、今の俺は楽しんでいる。
マリアに起きた奇跡を楽しんでいる。
「マリアに友達ができるチャンスだからな」
「そうですね。私、マリア様とあの男の子は仲良くなれると思います」
そうか、ロミリアもそう思うか。
ぱっと見、チッチョは純粋そうな男の子だ。
対してマリアは世間知らずのお嬢さん。
これは良い化学反応を起こす。
「なら、友達になろ!」
「その……帰る!」
むむ、答えに困って帰る宣言か。
こりゃ参ったな。
チッチョは止めてくれるだろうか。
「分かった。じゃあ、また会おうね~」
あああ!!
一番大事なところで純粋さが邪魔した!
ここは相手の言うことを聞かず、強引に止めるべきだよ!
「私、止めてきます」
「ロミリアさん、それはしない方が良い」
「え? なんでですか?」
「第3者が間に入ると、真の友情は生まれないんだよ」
「そ、そうなんですか。すごい説得力です……」
最後の呟きは聞かなかったことにしよう。
ちょっと大げさに言ったが、そういうもんなんだ。
自分で作った友達じゃないと、本当の友達にはなれない。
だから自分から行動しないヤツは、友達ができない。
俺のように。
にしても、このままじゃ本当にマリアは帰るぞ。
チッチョは止めそうにないし、今回は運がなかったか?
「なんなのよ……もう……」
あらあら、マリアが不機嫌だ。
なんか向こうから歩いてきたおっさんとすれ違うときに、大きな溜め息をついてる。
残念だが、まだチャンスはあると思うぞ。
人生長いし。
「おいてめぇ」
「うるさいわね!」
おっさんがマリアの肩に手を乗っけるが、マリアは振り払う。
なんだろう、あのおっさん。
マリアを慰めようとしたのかな?
「なんだその態度はよ! おい!」
ちょっと待て。
あのおっさん、そんな優しい人じゃないぞ。
昼間っから酒で飲んだくれた、ダメなおっさんだ。
まずいぞ、おっさんに突き飛ばされてマリアが地面に転がった。
「このクソがっ!」
殴る気だ!
マリアは恐怖に怯えて動けない。
ええいしょうがない、魔法で吹き飛ばすか!
「やめろ!」
地面に転がり震えるマリアと、殴り掛かろうとするおっさん。
その間に、小さな男の子が立ちふさがった。
チッチョだ。
「なんだガキ!」
「僕の友達に手を出すな!」
「うるせえ!」
ダメか。
おっさんはチッチョごと殴るつもりだ。
でもマズいな。
チッチョが近すぎて魔法が放てない。
ああもう! 走っておっさんにタックルだ!
なんて思い、駆け出したその瞬間だった。
俺のすぐ横を、人影が目にも留まらぬ早さで駆け抜けた。
一瞬、風かと勘違いしたぐらいだ。
「子供を殴るなんて最低だね、コラァァア!」
おっさんの振り上げられた左腕。
その手首をがっつりと掴んだ人影が、恐ろしい雄叫びを上げる。
そして同時に、おっさんが宙に浮いた。
いや、実際は人影に投げ飛ばされたのだ。
掴んだ手首だけで体を持ち上げ、おっさんを空中で半回転させたのだ。
「ぐわあ!」
地面に背中を叩き付けられるおっさん。
うめき声は長く続かず、人影は掴んだ手首をねじって腹に膝を押し付け、おっさんの動きを完全に封じた。
すごすぎてスローモーションみたいだったぞ。
実際は5秒程度なんだろうけど。
「間に合って良かった。動かないでよコラァ!」
筋肉質のセクシーな体を、鎧とコートで隠した人影の正体。
あんな怖いヤツ、俺は1人しか知らない。
スチア以外に、あり得ない。
「スッチー、助かりましたよぉ」
安堵の表情でスチアに近づくヤン。
邪な感情を持っていないことを願う。
「大丈夫ですよ。スチアさんが来れば、もう安心です」
地面に転がり、何が起きたのか理解できないマリア。
そんな彼女に、ロミリアがいち早く駆け寄り、頭を撫でていた。
安心したのか、今にも泣きそうな顔でマリアはロミリアに抱きつく。
「どうしたの?」
騒ぎを聞きつけロミリアのお母さんが外に出てくる。
すると彼女に、おそらく隣の家のおばさんが説明をしはじめた。
「あのおじさんが子供を襲おうとしたんだよ。あの人、艦隊の包囲でお店が潰れてから、ずっとあの調子で酔っててね。いつか問題を起こすと思ってたよ」
ふ~ん、事情ありのおっさんだったか。
戦争の影響って、こういうところにもあるんだな。
「子供を殴ろうとしたのは悪かったよ! でも、店が潰れてから毎日が辛くてよ! もうどうしようもねえんだ! 俺は!」
「はいはい、ちょっと黙っててよコラァ」
おっさんが泣き出した。
スチアへの恐怖か、人生への絶望か、たぶんどっちのせいでもあるだろうな。
同情はする。
だが子供を殴ろうとしたのはダメだ。
相手がマリアじゃなくてもダメだ。
罰は受けてもらわないと。
「ねえ……」
おや、いつの間にマリアが、ロミリアと手を繋ぎながらおっさんを見下している。
さっきと真逆の構図だな。
「さっきの話、ホントなの? 店が潰れたのって」
「ホントだ! 殴ろうとしたのは悪かったよ!」
「……じゃあ、『おうぞくぶじょくざい』はなしにしてあげる」
うん? 王族への暴行未遂は許すのか?
おやおや、マリアの器の大きさに感服。
やっぱり仮にも王族の血なんだな。
「普通の暴行未遂ではありますからねぇ」
ヤンが補足した。
そりゃそうか、暴力自体は許されないよな。
「あのさ……えっと……」
相変わらずロミリアと手を繋いだまま、今度はチッチョに歩み寄るマリア。
ローブを取って、自分の顔を見せながらモジモジしてる。
「ありがとう……。わ、私はマリアっていうの」
ああ! マリアが名乗った!
さすがに自分を守ってくれた人には失礼できないもんな。
うん、いいぞいいぞ。
「マリア! 良い名前だね! よろしく!」
「よ、よろしくね!」
マリアによるここ一番の意地っ張り。
いつものように偉そうな態度をとるが、照れを隠せていない。
彼女はまだ子供だな。
でも、これで一歩ぐらいは大人に近づいたんだろう。
新しい友達もできたんだし。




