第32話 新たな居場所
ざわつく議会をものともせず、ヤンは話を続けた。
「元老院はアイサカさんを危険な存在として排除対象にしましたが、それは、魔族との戦争を考えると、明らかな失策ですよねぇ。戦力の低下は否めません」
「そうであるな。わしもそれを心配し、当初は反対した」
「しかし、ムラカミさんの排除対象除外が決まって、賛成しましたよねぇ。でもやっぱり、ムラカミさん1人じゃ大変じゃないですかぁ? 異世界者は1人でも多い方が良い」
「うむ、御主の言う通りだ」
まるで台詞が用意されていたかのように、話が進んでいく。
もしや本当に、用意された台詞なのかもしれない。
ヤンとリシャールは事前協議で、これを決めていたのかもしれない。
にしても、ヤンも思い切ったことをする。
俺のために自分の仕える王様を、ヴィルモンに人質に出しちゃうんだから。
セルジュ陛下もセルジュ陛下だ。
よくそれを了承する気になったよ。
異世界者を管理下に置くってのは、そこまでしてでもやりたいことなんだろうな。
「異世界者は危険な存在だぞ! リシャールがマグレーディ併合を諦めたのも、その異世界者が危険な存在であるからではないか!」
感情的な言葉なので、誰の発言かなんて一瞬で分かる。
サルローナの王様だ。
なんかこの人への評価が、俺の中で急降下しているぞ。
「君は、ヤン君の言ったことを忘れたのかね?」
蔑むような目をサルローナ王に向けるリシャール。
重ねてヤンが発言した。
「元老院が排除を決定したから、アイサカさんは共和国と対立しているんですよぉ。ね、アイサカさん」
俺も答えなきゃいけないのか?
そのくらいは答えても良いけどさ。
「ヤンの言う通り、俺は共和国と敵対する気はなかった。お前らが俺を攻撃しなければ、俺はお前らに従ったよ」
「どうだかな……。いつ化けの皮を剥がすか分からんぞ!」
「は?」
さすがの俺もカチンと来たぞ。
ヤンが必死で俺をなだめてくれてなきゃ、ぶちギレてた。
なんだあの王様は、なんであんなケンカ腰なんだ。
「まあまあ、落ち着いてくださいよぉ。サルローナ王陛下、ここにいるロミリア=ポートライトはアイサカさんの使い魔ですが、彼女の故郷はフォークマスです。あの街を解放したのは、誰でしたっけねぇ?」
「それは……」
お、サルローナ王がついに口ごもった。
やるじゃないかヤン。
そのまま徹底的に追いつめちゃいなさい。
「第1回目のフォークマス奪還作戦は大敗しましたが、異世界者が参加した途端、作戦は成功したんですよぉ。魔族に勝つために何が必要か、分かりますよね?」
「だが、異世界者が脅威となっては意味がない」
しつこいヤツだな。
いい加減に俺のことを認めろよ。
なんでそんなに執拗に俺を責め立てる。
他の王様も、そこまで俺が嫌じゃないのか黙ってるぞ。
「異世界者の膨大な魔力は、確かに危険かもしれない。だからこその、マグレーディでの管理なのだろう」
イヴァンはなんて冷静で知的な人なんだ。
さすがフォーベックの故郷の王様である。
これに続いて、ようやくリシャールが口を開いた。
「理解できている者は理解できていよう。異世界者のマグレーディでの管理は、事実上の排除対象除外処置だ。アイサカ君は我ら共和国が敵対宣言をしたからこそ、我らと敵対している。我らが敵対宣言を退ければ、アイサカ君も敵対はしない。そうであろう?」
「え? あ、はい」
「さすがはリシャール様! すばらしい!」
自然と話しかけられたので、変な声で答えてしまった。
今までちょっと取り繕ってたのになあ。
あと、パーシングの分かりやすい太鼓持ちは何なんだ。
「また、人間界惑星ではなく、月を領土とするマグレーディで異世界者を管理するのは、危険性の排除に役立つ。ただ、それでも納得せぬ者がいるようだ。すまぬがマグレーディの方々、条件をつけたい」
「どのような条件でしょうか?」
「アイサカ君とガルーダの人間界惑星への進入禁止、というものだ」
それは、べつに良いだろう。
マグレーディにいられるなら、なにも人間界惑星に行く必要はない。
疎外感を感じてちょっと嫌だがな。
「アイサカさん、よろしいですか?」
「問題ないけど」
「なら決まりですねぇ。リシャール陛下、条件をのみましょう」
ニヤリとした笑みを浮かべるヤン。
ポーカーフェイスを保ちながらも、一瞬だけ頬を緩ませたリシャール。
もしや、この展開までコイツらの想定通りなのか?
この会議は、コイツらの手の平で踊らされていただけなのか?
「うむ。それでは、『ヴィルモンによるマグレーディ併合』については撤回、代わりにセルジュ殿の御身を我がヴィルモンが預かることとする。『アイサカ・マモルの扱い』については、セルジュ殿の御身を預かる引き換えに、マグレーディの管理下に置く。ただし、ガルーダと共に人間界惑星への進入は禁ずる。異議のある者は?」
リシャールが円卓をゆっくりと見渡す。
もはや異議を申し立てる者などいやしなかった。
あのサルローナ王ですら、悔しそうな顔をしながらも口を開かない。
こりゃ、決まったな。
俺たちとマグレーディの運命が、決まった。
「では以上のことを元老院議会は可決する。共和国艦隊には包囲を解き、すぐさま撤退するように伝えたまえ」
議会に木槌の小気味よい音が響き渡る。
これが議会での決定の合図なんだろうか。
アメリカの裁判所みたいだな。
こうして会議は終わりを迎えた。
元老院議会自体は終わってないようだが、俺たちの参加する会議は終わりだ。
ヤンはまだ会議に参加しているが、俺とロミリアは議場から外に出た。
いや〜疲れた〜。
あんなに緊張したのは久々だ。
リシャールの醸し出す、どことなく怖い雰囲気と、各国王様の緊張感が、俺を容赦なく潰しにきたからな。
もう2度と参加したくない。
「アイサカ様もロンレンさんも、すごいです。私、あんな場所で発言なんてできません」
大きな溜め息をついて、そんなことを言うロミリア。
確かに彼女、一言も喋らなかったもんな。
それでも、十分だ。
「ロミリアさんは、隣にいてくれるだけで安心できるから助かるよ」
おや、自分で口にしておきながら、ちょっと小っ恥ずかしくなってきた。
ロミリアも下を向いて、照れちゃってる。
なんだこの雰囲気。
「あれ? もしかしてマモルちゃんとロミリアちゃん?」
助かった、変な雰囲気が吹き飛んだ。
えっと、誰の声だ? 聞いたことのある声だけど。
声のした方を見てみよう。
そこにいたのは、ナイスバディの浮き出る軍服姿の女性。
ブロンドの長い髪がなんとも似合う美人さん。
「エリノル参謀総長!」
「久しぶりね。それと、もう参謀総長じゃないわ」
「あ、そうらしいですね。すみません」
偶然の再会だ。
なんだかちょっと嬉しい。
この人は俺らに親しくしてくれたからな。
まさかエリノルさん、参謀総長を辞めさせられてたなんて。
「ごめんね、みんなを助けられなくて。マサキちゃんはなんとかなったんだけど……」
「あ、いえいえ、そんな謝らないでくださいよ」
「そう? ならお言葉に甘えちゃうわよ?」
うん、この軽い感じが落ち着く。
さっきまで元老院議会にいたのもあって、余計にそう感じる。
「ナオトちゃんは、元気かな?」
「たぶん、元気だと思います。今どこにいるか分かりませんが」
久保田のことは隠しておいた方が良いだろう。
仕方ないとはいえ、アイツの置かれた状況は決して人間界惑星で口に出せるもんじゃない。
「ロミリアちゃんは、元気にしてた? フォーベックに変なこと言われてない?」
「いろいろと大変ですけど、大丈夫です。艦長には、たまに変なこと言われますが……」
そうだったのか。
フォーベックも、俺の知らないところでロミリアに絡んでいたんだな。
でも、だからか。
ロミリアとフォーベック、そこそこ仲いいんだよな。
お父さんと娘みたいな感じでさ。
「フォーベックは相変わらずね。それとロミリアちゃん、うまくいってるの?」
「何がですか?」
「マモルちゃんと、うまくいってる?」
なんつう質問してんだ。
ロミリアは俺の使い魔であって、それ以上でもそれ以下でもないんだぞ。
ホントだぞ、ホントにホント!
「アイサカ様は優しいですけど、ちょっと愚痴が多いです」
その答えもなんなの?
俺、そんなに愚痴が多いかな……多いか。
「フフン、元気そうで何よりね。そろそろ失礼するわ。でもまた、会う機会があると思うから、また今度」
「会う機会?」
「詳しいことは、ロンレンちゃんに聞けば分かるわ」
どういう意味かよく分からんが、ヤンはエリノルとも何かしら関係性があるのか。
だんだん、ヤンが何者なのか分からなくなってきたぞ。
あいつ、なんであんなに顔が広くなってんだろ。
俺の知らないわずか1ヶ月の間に、何をしたんだろうか。
でも、アイツのおかげで俺たちの新たな居場所が定まった。
マグレーディという新たな居場所。
これでようやく、放浪生活も終わりだ。
安定した生活というものを手に入れたのだ。




