第2話 はじめての魔法講座
レイモン大臣の案内に従い城の中を歩き回ったが、この世界が幻であるという俺の現実逃避は限界を迎えた。
これは現実である可能性が十分に高い。
そう思える程、この世界は完成されている。
地下室を出て最初に案内されたのが、城の大広間であった。
そもそも大広間に向かうまでの廊下で、すでに現実逃避の限界が見えはじめていた。
足に伝わる、絨毯を踏んだ時のふかふかとした感覚。
飾られた壷に描かれた絵は、それを描いた筆の穂による凹凸まである。
窓からは光が射し込み、体を温める。
幻では済まされない現実の世界がそこにはあった。
そして到着した大広間。
天井は高く、そこに吊るされたシャンデリアが明るく輝く。
壁はところどころ金で装飾され、シャンデリアの光が反射してさらに広間を明るくさせていた。
広間の真ん中には豪華な食事――鶏肉らしきものや見たことのない野菜――が用意され、試しに口に入れてみると、食材のそのままの味が舌に広がった。
あまり香辛料が使われていないことが分かる。
この大広間で俺の現実逃避は吹き飛ばされた。
ここは現実なのだと、思い知らされた。
その後、城をさらに歩き続けたことで、その思いはさらに強まった。
この城は映画に登場したものだ。
地下室の様子や似たような部屋があったから、それは間違いないだろう。
だが、映画を元にした幻の世界では決してない。
ここは現実だ。
なぜなら、映画内では描かれなかった部屋までも完成されているからだ。
そう思うとむしろ、ファンタジー世界への期待度が高まった。
〝元の世界〟で海外旅行をした際に見た、ヨーロッパの城を思い出す。
似たようなものだが、少し違う。
細かな装飾や模様の雰囲気が違うのだ。
どことなく、〝この世界〟にしかない部分がそうさせているのだろう。
村上と久保田も、この世界が現実であることを認識した様子だ。
彼らの目は輝きながら、表情は不安そうである。
たぶん、今の俺の表情もそれと同じなのかもしれないな。
ところで、気になるものが1つだけあった。
窓から城下町の様子が伺えたのだが、ガラス張りの超高層ビル的なものがあった気がしたのだ。
いや、気がするだけかもしれない。
ファンタジー世界に、東京丸の内にあるようなビルがある訳がない。
それはさすがに幻だろう。
城の案内が終了し、俺たちは再び大広間に戻ってきた。
広間には先ほどまでと違い、地下室で王様の隣にいた高級ローブ男が立っていた。
「お待ちしておりました。どうやら異世界では魔力というものが存在しないようなので、異世界からやって来た御三方に、魔法の使い方をお教えしましょう」
俺たちを見ながらそういう男。
彼は魔術師なんだろうか。
魔法が使えるようになるのは楽しみだ。
「魔法は、簡単に使えるようになるものなのでしょうか?」
久保田がご丁寧に挙手してから、質問している。
それに対し魔術師は微笑み、答えた。
「異世界者はこの世界に住む誰よりも、魔力が強いのです。ですから、概念すら理解してしまえば、魔力はすぐに使えるようになります」
「へえ、俺たちはチートみたいなもんか」
チートという表現はどうかと思うが、村上の言う通りだ。
やっぱり最近の転生勇者ものらしく、俺たちは最初から最強なんだろう。
「しかしお気をつけを。魔力がどれほど強くとも、体の作りは何も変わりませぬ。剣で体を刺されれば命を落とします。おそらく、今の御三方では、剣術については訓練を終えたばかりの共和国軍騎士にも負けてしまうかと」
「でも、治癒魔法があんだろ?」
「おお、さすがは異世界者。ムラカミ様の仰る通り、治癒魔法によってほとんどの傷は治すことができます。ただ、治癒魔法は治療する対象である部位を持つことが必須となるため、必然的に自分の傷を自分で癒すことは不可能です」
「なんだよ、1人で無双できるって訳じゃねえのかよ」
残念そうな顔をする村上。
俺も質問してみるか。
「魔物を倒せばレベルが上がって、筋力も剣術の腕も上がるんですか?」
そう、レベルだ。
こういう世界はレベルを上げることで、自動的に強くなっていくものだ。
村上も再び期待に胸を膨らませ、久保田も興味津々に俺の質問の答を待っている。
「レベル? それは、訓練を重ねることによる肉体の成長と、剣術の上達という意味でしょうか」
おや? どうも話が通じてないぞ?
「いや、例えば生まれた時はレベル1で、戦うことで経験値を得て、レベルが上がれば強くなるっていう数値」
「そのような数値は見ることはできませんが、訓練や戦いを経験すれば、誰しもある程度は強くなるでしょう」
困惑した様子で答える魔術師。
困惑しているのはこっちだ。
どうやらこの世界、強さはレベル制ではないらしい。
元の世界と何も変わらないのだ。
せっかくのファンタジー世界なのに、拍子抜けである。
「さて、話もこの辺にして、魔法の使い方を」
そうだった。
今は魔法の使い方を教えてもらうところだった。
そうだよ、魔法が使えりゃ十分にファンタジー世界だ。
「魔力というのは、無意識的に体が作り出し、放出し、利用しているものの1つです。例えば我々は、血液を作ろうとして血液を作っているわけではありません。匂いを放とうとして、匂いを放っているわけでもありません。魔力はそういったものと同じだと考えていただきたい」
一応、魔力がどんなものかの解明はできているのか。
意外と医学の研究が進んでいる世界なんだな。
「実のところ、皆様はすでに魔力を無意識的に利用しています。私たちの話す言語が理解できているのは、魔力のおかげです。御三方の世界とは違い、こちらの世界では全ての生物が魔力を体内で作り出し、無意識的に放出しています。それは言葉も同じで、私たちの口にした言葉は魔力を纏い、それを魔力によって解析しているのです」
待てよ、ということは、コイツらはまったく違う言語を話しているのか。
日本語ではない言語を。
いや、異世界で西洋風の人間が日本語で話をしていたら、そっちの方がおかしい。
そうか、俺たちは魔力をすでに使っているのか。
外国語が苦手な俺にはちょうどいい。
それにしても、魔力を纏った言葉を、魔力が解析している。
結構、複雑なんだな。
「ところで魔力は、その力が強ければ強い程、つまり余す魔力の量が多い程、意識的に利用することが可能となるのです。御三方は非常に強力な魔力を持っていますので、すぐに利用することが可能でしょう。魔力を使うと魔力残量が減りますが、これは長い睡眠を取ることで回復します。ではまず、自らの魔力の感覚を掴んでみてください」
「……どうやって?」
「私が御三方の魔力に干渉します。それにより御三方の魔力が感覚として掴めるでしょう」
そんなことを言いながら、魔術師は俺たちに手をかざした。
「…………」
「…………」
「……お! もしかしてこれか?」
最初に反応したのは村上だった。
魔術師はそんな彼に、光を意識してみろと言う。
すると村上は、いとも簡単に指先に光を作り出した。
「…………」
「……まさか、この感覚が魔力!?」
次に反応したのは久保田だ。
彼もまた魔術師に光りを意識するように言われ、村上ほどではないが、割と早く魔法を使えるようになった。
「……おい、なにも感じないぞ」
残ったのは俺だけ。
なんだこれ。
なんかすごい惨めだぞ。
「アイサカ殿、魔力は難しい存在ではありません。手を触れられれば、触れられた部分が反応する。それと同じです。これから私がアイサカ殿の左手に集中的に魔力干渉を行うので、それを感じ取ってみてください」
簡単に言ってくれる。
一度も感じたことのない感覚を感じるのは大変らしいじゃないか。
何年も歩かなければ、足も動かなくなり、長期間のリハビリが必要になるんだ。
詳しくは知らんがそんな感じで、魔力を感じるのも難しいんじゃないか。
と、そこまで愚痴っていたら、左手によく分からない感覚がある。
痛みとかゆみの中間みたいな、不思議な感覚だ。
これが魔力か?
「魔力を感じられれば、今度はそれを利用し、光を放つことを意識するのです。右手で剣を掴もう、足で石を蹴ろう、それと同じように」
魔力らしき感覚で光を放つ。
光だ、光。
この痛いんだかかゆいんだかよく分からん感覚で、光を作り出す。
光、光、光、光……。
光った!?
俺の指先から光が放たれた!?
ろうそくのような光だけど、これが魔力を利用するということなのか。
「どうやら、御三方とも魔力の感覚が掴めたようですね。普通ならば数日掛かることをわずかこの数分で。さすが異世界から召還された方々です」
魔術師の顔が驚きで彩られている。
そういうものなのだろうか。
村上があまりにあっさりと魔法を使えるようになったので、俺が魔力の習得に時間が掛かったような感じだが、そうではないのか。
むしろ、早すぎるのか。