第22話 逃亡
スザクと共和国艦隊のどちらに味方するか。
答えは分かりきっている。
久保田は、こちらの世界で故郷を同じくする数少ない知人だ。
「防御魔法を展開して、スザクの護衛に回る」
自分が所属する組織とはいえ、俺は共和国艦隊にもこの世界にも馴染みはないんだよ。
だから、今は久保田を守る。
あいつは俺の久々の友人候補でもあるんだからな。
「この状況、まさかなあ……。まあいい、今は司令の言葉に従え」
相手は共和国艦隊なんだから同僚もいるはずなのに、フォーベックは俺に従ってくれた。
艦長が俺に従えば、ガルーダに乗る人間全員が俺に従うだろう。
これは助かる。
だが、フォーベックの言葉が気になるな。
この状況に『まさかな』と思うなんて、どういうことなんだろうか。
「こちらガルーダ艦長フォーベック。共和国艦隊、聞こえるか? ……ダメだな」
「スザク、久保田、こちら相坂、聞こえてる? おーい!」
相変わらず魔力通信は使い物にならない。
早いとこ艦内の敵を見つけないとな。
それよりスザクを助けなきゃならん。
防御壁はかなり限界そうだし、俺たちが盾にならないと。
ガルーダはすでに防御壁に覆われている。
このままスザクと共和国艦隊の間に突入するか。
メインエンジンに魔力を送り、推力アップ。
戦闘地域までの距離は2キロ程度しか離れていなかったから、到着はすぐだった。
スザクから吐き出される黒煙を突き抜け、共和国艦隊の目の前に横向きで陣取る。
右400メートル先にスザクの艦首が、左1キロ先に共和国艦隊の艦首がある状態だ。
ガルーダの防御壁が、共和国艦隊の攻撃を吸収していく。
ヤツらは俺たちにも容赦がないようだ。
ちょくちょく光魔法まで放ってきやがる。
なんなんだよこれ! 俺たちはお前らの味方だろうが!
「いました! えっと……その……魔力干渉をしている人が……」
突然の大声と、それに対する恥ずかしさで小声になるロミリア。
ただ、その内容は重要だ。
「どこにいた?」
「格納庫にある輸送機です」
「よし、よくやったロミリア。フォーベック艦長!」
「ああ、分かってる。すぐにスチアに伝えろ」
艦内の敵さえ見つければこっちのもんだ。
状況が分からない今だからこそ、こっちは攻撃できない。
だが、魔力通信の復活で状況が分かれば、こっちだって反撃してやる。
にしても、共和国艦隊の光魔法攻撃が痛い。
こっちは超高速移動を2回やって、魔力残量も半分になってる。
魔術師たちの魔力を計算に入れればガルーダには9万MP残ってるが、長くは持たない。
敵が多すぎるんだ。
光魔法でひびが入る防御壁。
そのたびに修復を繰り返すガルーダの魔術師たち。
スザクがある程度の反撃で俺たちを守ってくれているのか、赤いビームがガルーダの周りを行き交っている。
これもう、こっちだって反撃して良いような気がしてきた。
「おいアイサカ司令、艦内の敵を捕まえたみてえだ。通信が回復したぜ」
おお! ようやく喜べることが起きた!
なら、さっそく通信だ。
まずは共和国艦隊に、これがどういうことか聞かないとな。
「こちら第3艦隊司令相坂。そちらの所属と、スザクを攻撃する意図を教えろ」
《ガルーダからの通信か?》
信じられない、みたいな口調だな。
俺の中で、艦内の敵が共和国艦隊の人間である疑念が強まったぞ。
《こちらは第4艦隊だ。共和国元老院は、貴様とクボタが我が人間界惑星にとって危険な存在であると判断した。ここで消えてもらう》
「は? おい、それどういうことだ! もっと詳しく説明しろよ! おい!」
意味が分からない。
つい昨日まで、お前らは俺らをワッショイしてたじゃないか。
各国の王族も、大臣も、エリノル参謀総長も、俺らを神のように崇めてたじゃないか。
共和国と元老院の連中は、持ち上げて落とす、そんな趣味でもあるのか?
意図が全く分からん。
だいたい、なんで村上だけが危険な存在として名前が挙げられない。
なんであんなヤツが!
「ダメだな。第四艦隊のヤツら、こっちとの魔力通信を切りやがった」
一方的な話し合いの拒否か。
心なしか、共和国艦隊からの攻撃が強くなった気がする。
ひどい手の平返しだ。
勝手に召還して、勝手に持ち上げて、勝手に危険人物扱いして、勝手に殺そうとしやがる。
自分勝手なヤツらになんでこうも振り回されなきゃならない。
あ〜もう! イライラする!
そうか、そうですか。
俺たちが危険人物ってことなら、それでいいさ。
ヤケクソ宣言は続いてるし、決意してやるよ。
共和国と元老院の願い通り、消えてやる。
「フォーベック艦長、俺と久保田は危険人物だそうです」
「らしいなあ。まあ、だとしても俺はアイサカ司令に付いていくぜ」
「……俺に、従ってくれるんですか?」
「俺らは元老院から見捨てられたみてえだが、死ぬ気はねえ。こうなっちゃ、アイサカ司令に従うしかねえさ」
「……人間界惑星を捨ててでも、従ってくれますか?」
「アイサカさんは司令、俺は艦長だ。いちいちそんなこと気にする必要はねえ。司令の言うことは絶対だからなあ。それに、お前を第3艦隊の司令に選んだのは俺だぜ? 今さら裏切りはしねえよ」
飄々とした様子だが、俺の決意がある程度伝わってるんだろう。
彼の言葉には、確実に重みがあった。
俺のために命をかける、そんな重みが。
「ロミリアさん、こんなことになってすまない」
「……いえ、アイサカ様が何をしようとしているかは分かりませんが、私はどこまでも従うつもりです」
そんなに、彼女は俺のことを慕ってくれていたのか。
意外だ。
なんならちょっと嫌われてるかぐらい思ってたんだがな。
でも、ロミリアの言葉は俺の決意を固くし、勇気をくれた。
ロミリアもフォーベックも良いヤツだ。
コイツらのおかげで、共和国は嫌いになってもこの世界のことは嫌いにならないで済みそうだ。
あれ、どっかで聞いたことあるフレーズだな、今の。
ともかく、これならガルーダの乗組員は俺に従ってくれそうだ。
なんか巻き込んじゃった感じで申し訳ないな。
でも、悪いのは元老院であって俺じゃない。
「久保田さん、聞こえる?」
《相坂さん! 良かった、聞こえています》
スザクとの通信は無事に繋がった。
さて、俺の決意に久保田も従ってくれるだろうか。
「状況は分かってるんだよね?」
《ええ、僕は人間界惑星にとって危険な存在だそうです……》
「俺も言われたよ」
《相坂さんもですか? そんな……元老院はおかしいです!》
「なあ、ヤツらがそう言うなら、ヤツらの願い通り消えてやろう」
《え? 相坂さん、どういうことです?》
「超高速移動で、人間界惑星から逃亡するんだ」
共和国艦隊7隻相手に戦いを挑んでも、それは無謀なだけだ。
だが、こっちには向こうができない超高速移動がある。
これで宇宙の彼方にまで逃げてしまえば良い。
その後のことは知らん。
そう、ヤケクソ決意だ。
《……分かりました。僕もこんな腐った共和国は見ていられません。逃げられるなら、逃げましょう》
久保田の言葉には、明らかに怒りが込められている。
彼はなんやかんや言って、あんまり共和国に良いイメージを持ってなかったからな。
パトリス団長の件とか、モイラーの件とか、主にその辺のせいだ。
その上この仕打ちじゃ、逃げたくもなるだろうさ。
「オドネル艦長とかスザクの乗組員とかは、俺に従ってくれる?」
《僕たちは、共和国艦隊の攻撃で仲間を失っています。スザクの人間にとって、共和国は敵です。そしてそんな僕たちを助けてくれた相坂さんは、僕らの味方です》
「そうか、ありがとう」
《感謝するべきは僕たちです。助けてくださって、ありがとうございます》
僕らの味方、か。
やっぱり、俺は久保田を守って正解だった。
「アイサカ司令、目的地の座標と必要な魔力量を割り出しておいた。人間界惑星と魔界惑星のちょうど中間辺りだ。ここなら、共和国も追ってこられねえ」
そこまでやってくれたのか。
もう、フォーベックにはいくら感謝しても感謝しきれない。
彼がいれば、きっとなんとかなる。
「スザク、そっちにも座標を送っておいた。必要な魔力量は、34810・6MPだ。そっちの魔力量は大丈夫か?」
《大丈夫です》
「そうかい。なあカミラ、2人で遠くに逃げるのは久々だなあ」
《フン、変なことを思い出させないでアルノルト》
あれ? フォーベックとオドネル艦長が親しそうな会話をしている。
この2人も、何かしら関係があったのか。
そんなことより、必要な魔力量の準備だな。
ロミリアが自然と俺を手伝ってくれているおかげで、すぐに魔力調整は終わりそうだ。
ホント助かるよ。
相変わらず、共和国艦隊からの攻撃は続いている。
窓の外は赤と青白いビームで彩られ、こっちの防御壁がめまぐるしく輝いている。
俺らがほとんど反撃しないことを良いことに、やりたい放題だな。
だがもう知ったことか。
《こちら久保田。準備できました!》
「俺も準備完了だ」
「よし、じゃあ俺が10数える。0で超高速移動開始だ。いいな」
「はい」
《了解しました》
せっかくの異世界だってのに、まさかこんな目に遭うとはな。
艦隊司令に選ばれた時点で俺のファンタジーな妄想は崩壊したが、これで異世界への期待も完全に崩壊した。
「10、9、8、7、6、5、」
人間界惑星を救うための俺の決意、無駄になるのかな。
「4、3、2、」
だが、少なくとも俺に従ってくれた仲間ぐらいは、決して傷つけさせはしない。
「超高速移動、開始!」
ビームが飛び交う景色は一瞬で歪み、あの放射状の景色が広がった。
今までのようにカラフルなものではなく、真っ暗闇に白い線が浮かぶだけの景色。
まるで暗いトンネルを進んでいくようだ。
目的地までの距離があるせいか、この状態が随分と長く続く。
艦内は振動もなく、メインエンジンの重低音がただ響くだけ。
俺たちは、訳も分からず人間界惑星を追い出された。
第2章 ヴィルモン編 完




