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第18話 さよなら美少女

 俺の溢れんばかりの魔力を甘く見たようだな。

 防御壁の出現に、敵魔術師どもはなす術もなく、呆然と立ち尽くした。

 これで敵の攻撃は防いだ。

 しばらくは余裕ができるだろう。


「頭を下げろ!」


 突然の怒声。

 何事かと思ったが、その声はリュシエンヌのものだ。

 俺は素直に頭を下げる。


 まさしく、同時だった。

 下げられた俺の頭の上で、何かが風を切る。

 そしてその後すぐ、背後からうめき声が聞こえ、俺の足元に血が飛び散る。

 一体何が起きたのか、理解が追いついていない。


 おそるおそる後ろを振り返ると、そこには血溜まりに浮かぶチンピラが1人。

 おかしい。

 なんで防御魔法が展開されているのに、内側にチンピラが入った?


「防御魔法が防ぐのは魔法だけです!」


 怯えたロミリアが、俺の疑問に対する答えを必死で叫んでいた。

 たぶん、俺の疑問が魔力を通じて彼女に伝わったんだろう。

 もはやテレパシーみたいなもんなんだな。


 いや、今は思考している暇はない。

 よく見りゃ、遠くから弓で攻撃してくるヤツまでいるじゃないか。

 リュシエンヌがその矢をたたき落としてくれているが、これは長続きしないだろう。

 防御魔法は魔法しか防げないんだ。

 物理は防げない。

 じゃあ、どうすりゃ良いんだ?

 え? マジでどうすりゃ良いんだ?

 剣や弓を持ったチンピラは10人以上いるぞ?

 このままだと、俺ら死ぬじゃないか!


「土魔法で壁を作れ!」


 必要最低限の動きで、敵の剣から俺たちを守るリュシエンヌの言葉。

 なるほどそうか、土魔法を使えば良いのか。

 だが、どうやって使うんだよ。

 いつもみたいに、ともかく何かを念じて、それを魔力に乗せりゃ良いのか?

 よし、なら何を考え——。


「伏せろ!」


 言われてすぐに伏せる。

 鉄がぶつかり合う甲高い音が響いた。

 それよりも俺は自分が生きていることを確認、大丈夫だ。


 にしても土魔法の感覚はまだ掴めていない。

 こんな状況じゃいきなり使うのは無理だ。

 ここは、ロミリアに頼るしかない。


「ロミリア!」


 しかし彼女は反応できない。

 彼女は既に戦っているのだ。

 ヤンを守るため、必死の形相で、チンピラに対し魔法で対抗している。

 もちろん、リュシエンヌがいなければ瞬殺されていたんじゃないかと思うほど、動きは遅い。

 でも、俺よりはマシだ。

 防御魔法で敵の魔法を防いでいるが、それ以外に何もできていない俺よりは。


 驚いたことにリュシエンヌは、同時に5人のチンピラの攻撃を防いでいる。

 彼女の動きは明らかにチンピラを上回るものだ。

 だが多勢に無勢。

 疲労の色が見えてきた彼女に、チンピラが束になって襲いかかる。


「クッ……」


 敵の剣を一気に受け止め、リュシエンヌの素早い動きが封じられる。

 このとき、俺は気づいた。

 弓を持つチンピラにとってこの状況、絶好のチャンスだ。

 そして俺たちからすれば、死が目の前にある状態。

 最悪だ、俺はこんなところで死ぬのか。


 半ば諦めかけ、せめてヤンとロミリアを救おうと一歩踏み出す。

 だが、そんな不安や恐怖は杞憂であった。

 弓を持ったチンピラは、空から落ちてきた太く真っ赤なビームによって焼かれる。

 そして彼らが立っていた場所には、深くえぐられクレーターを形成した地面が残されていた。

 チンピラは跡形も無く消えている。


《助けにきました!》


 頭の中に、魔力によって運ばれた声が届いた。

 この声は久保田の声だ。

 空を見上げると、そこには巨大な灰色の鉄のかたまり。

 少しばかり楕円形の、分厚い装甲に青い一本線が通った1隻の軍艦。

 第2艦隊旗艦のスザクだ。


 さらに、1隻の小型輸送機(バスに似てるな)が地上に降り立ち、そこから数人の兵士がぞろぞろと降りてきた。

 軽めの鎧に立派な剣を持った兵士たち。

 間違いない、あれは俺らへの援軍だ。


 突然のズザクと援軍の登場に、チンピラは唖然とし、動きが止まる。

 動きを止めたチンピラは、すぐさまリュシエンヌにより生命活動までも止められてしまう。

 久保田率いる部隊の登場による、一瞬での形勢逆転である。

 なんかもう、完全に俺は用なしになった気分だ。

 命拾いしたはずなのに、これほど無力感を感じるなんて、不思議だ。


「モイラー、貴様を逮捕する」


 チンピラのほとんどは、リュシエンヌと兵士たちに切り捨てられ、残った何人かは散り散りになって逃走。

 呆然と立ち尽くしたモイラーに、剣先を突付けたリュシエンヌがその言葉を放った。

 モイラーは、殺されるのは御免だったんだろうな。

 あっさりと共和国に投降し、戦いはあっさり終結する。

 ロミリアもヤンも無傷だった。


「大丈夫ですか?」

「ああ、この通り。助かったよ」


 小型輸送機から降りた久保田は真っ先に俺たちに駆け寄り、俺の言葉に安心していた。

 こんなに俺を心配してくれる仲間がいたなんて、嬉しいぞ。


「モイラーは、超大陸に広域なコミュニティを持つ犯罪集団のトップです。コイツらがヴィルモン王都東地区を仕切るようになってからぁ、この街は狂ってしまったんです」

「……彼女はどなたです?」

「ええと、コイツはヤン=ロンレンだ。悪いヤツじゃない、はず」


 怪訝な顔つきの久保田にヤンを紹介するが、俺も怪訝な顔つきだぞ。

 戦いの最中、一度も口を開かなかったヤンだが、彼女(彼?)の久々の言葉は、まだ案内人を続けているかのようなもの。

 表情も、はっきりではないが薄らとした笑みを浮かべている。

 コイツ、なんなんだ? なんでこんな目に遭って、そんな顔をしているんだ?


「人身売買、クスリの売買、売春、殺人、誘拐、脅迫、ゆすり、なんでもありのヤバい人たちですねぇ。ボクたちヤン商店も、コイツらには困ってます」


 なんとも危ない集団だな。

 ヤン1人じゃ危なかったんじゃないか?

 そう、なんでコイツは、そんな危険な場所に俺らを連れてきて、こんな危険な状態に陥りながら、そんな顔をしている。

 リュシエンヌが凄腕の騎士で、俺が共和国艦隊司令の1人じゃなかったら、お前は死んでたんだぞ。


「モイラーが逮捕されたので、この街も少しは平和になるでしょう」


 まあそうだろう。

 マフィアのボスが共和国に逮捕されれば、その犯罪組織も大打撃だ。

 しばらくは行動できないだろうし、うまくいけば組織は壊滅する。

 でも、そんなことはどうでもいいんだよ。

 なんなんだよ、このヤン=ロンレンってヤツは。


「ありがとうございます、共和国艦隊の皆様」


 感謝の言葉を口にする彼(彼女?)の顔は、はっきりと俺に向けられていた。

 俺に対して、はっきりと、共和国艦隊の皆様と言いやがった。

 どういうことだ?


「不思議そうな顔ですねぇ。説明しましょうか?」

「……ああ」


 今は納得できりゃなんでも良い。

 早く説明してくれ。


「まず、アイサカさんが持ってた地図ですねぇ。あれは、ヴィルモン政府の人間にしか配られない特別な地図です。あんな詳細な地図は、他にありませんよ」


 この説明は、俺たちが共和国艦隊の人間と気づいた過程なのだろうか。

 やはり、ヤンは俺が共和国艦隊の一員であることを知っているってことなんだな。


「次に、アイサカさんとロミーちゃんの靴です。その靴は、共和国艦隊の靴ですよねぇ。ヤン商店が共和国艦隊の備品を扱ったときに見たので、間違いないはず」


 おいおい、そんなとこまで見てたのかよ。

 でもそうか、商人の娘(息子?)なんだから、そういうのは分かるのか。

 油断したな。


「それと、フォークマス奪還作戦についてのアイサカさんの答え。実は、ボクはあの作戦が成功したかどうかは知りません。まだ王都に伝わってませんからねぇ。だから、昨日この街に来たはずのアイサカさんが作戦の結果を知るはずがない。なのに、ボクの言葉を当たり前のように肯定した。この時点で、アイサカさんがフォークマス奪還作戦に参加した共和国艦隊の一員であると確信しました」


 軍艦やら異世界者やらがなんたらって話をしたときか。

 なんてこった、あの作戦の結果って、まだこの街に届いてないのか。

 そうだよな、この世界には電話や無線はない。

 魔力で似たようなことができても、それが民間にまで普及してるとは限らない。

 なら、8000キロも離れた街の出来事なんて、2日で民間人に届くわけないんだ。

 高層ビルとかあったせいで忘れていたが、ここは俺のいた世界ほど文明が進んだ世界じゃないんだよな。

 ヤンが俺たちの正体を知ったのは、俺の凡ミスのおかげかよ。


「最後に、リュシエンヌさんです。あの人の剣は、明らかに共和国上級騎士の持ち物でしたからねぇ、それでボクも決心がつきました」

「……決心とは、一体?」

「モイラーとその犯罪集団を潰すための決心です」


 はあ?

 また随分と大きく出たな。


「共和国艦隊の人間と共和国騎士団の人間がいれば、モイラーなんて怖くありませんからねぇ。ちょっと危険でしたが、結果はこの通りです。ボクの計算通り」

「計算通り? 相坂さんをこんな危険な目に遭わせるのがですか? モイラーの居場所を知っているのなら、共和国騎士団に通報すれば良かったではないですか!」


 久保田は俺よりも怒り心頭だな。

 まあ確かに、ヤンのせいで危ない目に遭ったし、久保田の言う通りだ。


「危険な目に遭わせたのは謝ります。でもこうでもしないとぉ、モイラーは逮捕できません。知らないんですか? モイラーの組織には共和国のお偉いさんも関わっています。そのせいで、元老院に縛られる共和国騎士団は動けないんですよねぇ。何年も指名手配されているモイラーが捕まらなかったのは、そのせいなんです」

「そんな……共和国が悪の片棒を担いでいるなんて……」


 おっと、久保田が中二クサいことを言っている。

 でもまあ、ひどい話だな。

 それが本当だとしたら、共和国には腐敗があるってことだ。

 まったく、ファンタジー世界なんて夢のまた夢だな。


 それより、ヤンがなんで俺たちの正体を見破ったのかは分かった。

 彼女(彼?)がモイラーを逮捕させるため、俺たちを利用したのも分かった。

 で、最後の疑問だ。

 ヤン=ロンレンは女なのか、男なのか。


「なあ、お前は女なんだよな」

「どうでしょうねぇ。見た目だけはそうですよ」


 これは男宣言ということで良いんだな。

 マジか、俺は男にドキドキしちゃってたのか。

 つうか男のくせに美少女過ぎんだろ。

 ほら、久保田も意味が分からず閉口しているぞ。


「ロミーちゃん、守ってくれてありがとう」

「……いえ、こちらこそ」


 親しげにロミリアの手を握り、抱きつくヤン。

 おいアイツ、男だろ。

 性同一性障害ならまだしも、そうじゃなかったら、あれってマズくない?


 ともかく、無事にモイラーが逮捕されたんだから、結果オーライだな。

 危険な目には遭ったけど、おかげでいろいろなことを学べた。

 俺はこれから魔族と戦うんだから、近接戦闘について知るのに良い機会だったのかもしれない。

 ……う〜ん、全体的に正当化してる感が否めないな。

 なんつうか、ヤンに翻弄されっ放しだった。

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