第1話 異世界召還
今日は休日、バイトはやっていないし、両親ともに遠出中で、家に一人でいた俺は特にすることはなかった。
家でじっとしていられない人種というのがこの世にはいるようだが、そんなものは俺には理解できない。
家の中にこもっても広い世界は見られる、そんな持論が俺にはある。
よって、家からは一歩も出る気はない。
だからと言って、じゃあ何をするかは決まっていない。
大学の友達とケータイで会話という選択肢はない。
そもそも友達は高校1年の頃から1人もいないのだから当然だ。
俺のスマートフォンのフォンの部分は、もう何年も機能していない。
いやいや、俺に友達がいないのは今はどうでもいいんだ。
人生的には問題かもしれんが、今はどうでもいいんだ。
そうだ、どうでもいいんだ、うん。
今は家で何をするかだ。
ここ最近はゲームにも飽きてきた。
勉強もする気にならない。
そこでふと思い立った。
今日は映画デイにでもしようと。
というわけで朝からずっと映画を見続けていた。
家のテレビの前で無心に映画を見ているこの俺。
名前は相坂守、大学2年生の19才。
最初に見たのはスパイ映画。
一人のエージェントが孤立無援の世界で淡々と任務をこなし、陰謀を打ち破る映画。
次に見たのがアメリカのスーパーヒーロー物。
勧善懲悪ではなく、善と悪の葛藤に悩まされるヒーローと、それを楽しむ敵の死闘を描いた映画。
次はSF映画。
惑星間の宇宙戦争をダイナミックに描いた超大作の金字塔。
この映画に関しては説明をはじめると長くなるので説明はしない。
それほど俺の大好きな映画だ。
本当はこのあたりで映画鑑賞はやめようと思ったのだが、ふと映画専門チャンネルで放映されていたファンタジー映画を目にしてしまった。
オープニングから金のかかったド派手な映像が繰り返され、こまかな小道具と控えめなCGがリアルな映像を作り出しており、ついつい俺はこの映画に目を奪われたのだ。
人間と魔物の戦争が勃発し世界が大混乱する中、突如として現れた一人の戦士が、仲間と共に戦い、魔物とすらも親交を深め、最後は魔王を倒して世界に平和をもたらす。
ざっと適当に説明すると、そんな映画だ。
ストーリーは一般的だが、随分と完成度の高い映画である。
しかし、こんな映画を俺は知らない。
見た感じ結構な超大作だが、俺は知らなかった。
一応、幼稚園児の頃から映画を見ていた俺だ。
映画知識には多少の自信がある。
その俺が知らない映画だ。
役者も誰一人見たことのない人物。
そもそも題名はなんだ?
困ったことに、映画の題名すらわからない。
なんやかんやと2時間半の長い映画。
しかし時間も忘れて最後まで見てしまった。
魔王を倒し、平和な世界で仲間と共に家に帰る、そんなラストシーン。
画面は暗転し、映画のタイトルが現れた。
『ワールド・コンティニュー』
知らない。
こんなタイトルの映画は知らない。
聞いたこともない。
そもそも日本で公開されていただろうか?
でもあれだけ大掛かりな映画なんだから、話題にはなるはずだ。
有名どころの役者は一人もいなかったけど……。
だいたい、ワールド・コンティニューってなんだ?
映画の内容と関係ないじゃないか。
実はこれ、タイトルじゃないんじゃないのか?
To be continuedみたいなものなのか?
などと考えていたが、ここで俺は違和感を感じた。
そしてその違和感の正体が、すぐに分かった。
エンドロールが存在しない。
さっきから映画のタイトル(らしきもの)が出たまま、画面が動かないのだ。
「なんだよこれ」
つい独り言を口にしながら、リモコンを手に取る。
映画については後でネットで調べりゃいい、今はチャンネルを変えよう。
「…………」
変わらない。
チャンネルが変わらない。
リモコンの電池が切れたか?
試しに電源ボタンを押すか。
「あれ?」
電源ボタンを押し、真っ暗なテレビの画面に俺の顔――あらイケメン――が映った瞬間だった。
俺は何かまばゆい光に包まれ、視界が完全に奪われる。
そのあまりの眩しさに、俺は目を閉じていた。
*
しばらくして、光が収まったのを感じ取る。
もう大丈夫だろうと俺は目を開けた。
「陛下、召還は成功いたしました」
「そのようだな」
目の前には、先ほどの映画に出てきた城の地下室が広がっている。
体育館みたいに広い空間を、大理石らしき素材で作られた柱が数本で支えている。
松明だけで部屋を照らしてるせいか、ちょっと薄暗く、カビ臭い。
周りにはローブを着た人間が複数人。
まだ映画は続いていたのか?
俺は辺りを見渡す。
部屋の奥に立て掛けられた古めかしい絵画。
俺の周りをぐるりと囲むローブ男たち。
天井には鎖が垂れ、床には意味不明の絵。
あれ?
俺の横にも後ろにも、上にも下にも映画の世界が広がっている。
3D映画ではないはずだ。
そもそも、自分の後ろに映画の世界が広がっているのはおかしい。
どうやら目を開くのが早かったらしい。
さっきのまばゆい光で幻でも見えているのだろう。
もう少し目を瞑っていた方がいいか。
「なんだ、ここ?」
「あの、すみません」
もう一度目を瞑ってからすぐに、そう話しかけられた。
話しかけてきたのは、すぐ隣に座る眼鏡をかけた青年だった。
さらにその青年の向こうに一人の男が。
二人とも歳は同じぐらいだろうか。
彼らはファンタジー衣装ではなく、俺のよく知っている服装。
眼鏡は黒っぽいズボンに白いシャツ。
向こうの男はチェーンがぶら下がったジーンズに真っ黒いTシャツ。
彼らも周りをキョロキョロと見渡しながら、あたふたしている。
リアルな幻だ。
妙な親近感。
「なんですか?」
「いえ、ここは一体、どこなのでしょうか?」
そんなことを聞かれても知るわけがない。
ここは幻の世界だ。
「さあ、どこなんでしょうね、ここ」
「そうですよね……分かりませんよね」
溜め息をつく眼鏡。
その吐息が微かにだが俺の頬にかかる。
リアルだ。
幻にしては実にリアルだ。
「おい、そこのじいさん。ここどこなんだ?」
眼鏡の隣にいたもう1人の青年が、俺たちの数メートル先の高台で踏ん反り返る、金の刺繍がこれでもかと入れられた白い服に、青みがかったマントを着るおじいさんに質問していた。
もう少し口調を考えたらどうなんだろうか。
初対面の人間にじいさんって……。
ま、幻なんでどうでもいっか。
そう、幻だから。
「むっ……ここにおわすはヴィルモン王、リシャール陛下であらせられるぞ。言葉遣いには気をつけていただきたい」
「まあよい。彼らは異世界の人間だ。大目に見ろ」
世界で一番美しい人を教えてくれそうな大きな鏡を持った、他よりもちょっと高級そうなローブを着た魔術師が、焦り顔でおじいさんの正体を明かした。
王様か、ならあの服装に納得だ。
黒いローブを着た人々の中で、唯一絢爛豪華な服装を着ているのに、少し疑問だったんだ。
幻とはいえ身分まで確立しているのか。
すごいな~この幻。
「異世界人? 王様? なんの話してんだ?」
「では、わし直々に説明いたそう。御主らは、我ら人間界惑星を魔界惑星の侵略から守るため、神の選択によってこの世界に召還されたのである」
「はあ? 何言ってんだ?」
幻とはいえ、口の悪い青年の反応は間違ってない。
魔界の侵略からこの世界を守るために異世界から召還って、そんなものは勇者もののストーリーの王道じゃないか。
そんなこと言われたって、どこの誰が納得するんだ。
と思ったが、これはあれだ。
あの映画を元にした幻なんだ。
よし、それなら納得できるな。
「うむ、まだそのことを信じられないのはわしも理解する。しかし、これは現実だ。御主らもそのことはすぐに理解しよう。ほれ、彼らに城を案内し、魔力の使い方を教えてやるのだ」
「お任せください」
魔力?
そうか、ここは異世界、しかも勇者ストーリー的なファンタジー世界。
魔力ぐらい使えて当然なんだ。
水魔法とか出してみたい。
どうやるんだろうか。
体の奥に意識を集中して、ぐぅぅ! ってやれば良いのだろうか。
やってみよう。
ぐぅぅ!
『ど、どうなってるの?』
ん?
今、何か聞こえてような気がする。
いや、気のせいか。
それより、水魔法は使えない。
詠唱みたいなのが必要なのか?
そうこうしている間に、世界史の教科書で見たような黒い服装の初老の男が、俺の前に立っている。
スーツというと違うが、古い紳士服、とでも言えば良いのか。
ファッションに関してはよく分からない。
「私めは、ヴィルモン王国大臣のレイモン=ダレイラクと申します。あなた方のお名前をお聞かせください」
男はそう言って、腕を胸に当てながら礼をする。
幻が自己紹介、というのも不思議な気分だ。
「俺は村上将樹だ」
「ええと、僕は久保田直人と申します」
「相坂守です」
「ムラカミ様にクボタ様、アイサカ様ですね」
そういえば、この幻の中で一番存在が俺に近い2人の名前をはじめて聞いた。
この2人も俺と一緒に異世界に召還されたということなら、ある程度は仲良くなっておいた方が良いのだろうか。
いや、いかんいかん、これは幻。
未来のことなんか考えても意味ないんだ。
そう、この世界は幻なんだ、そうなんだ。