第169話 ローン・フリート
魔王城、佐々木の自室で見つけた、佐々木の日記。
そんなものを俺は、マグレーディ上空約200キロ地点で待機するローン・フリート、ガルーダの艦橋で読んでいた。
こうして一部を読んだだけでも、彼が日に日に豹変していくのが分かる。
憎しみや絶望って恐ろしいね。
それにとらわれて、大事なものを忘れちゃうこともあれば、大事なものを壊してしまうこともある。
何も佐々木や久保田が特別だったわけじゃない。
誰でも魔王になる可能性はあるんだ。
この日記を読むと、特にそう思う。
にしても、ちょっと気になることがあった。
ロミリアに聞いてみよう。
「なあ、俺って不機嫌さを隠しきれない顔つきで、陰湿な目をした、根暗な雰囲気を持った人間なの?」
「ええと、ごめんなさい、否定できません」
「……ああそう……そうか……やっぱり俺って、そんな感じなんだ……」
「ア、アイサカ様は外身が根暗でも、中身は素晴らしいですよ! いつも愚痴ばっかりだけど、心の奥底には優しさがあります! ね、ミードン」
「ニャー? ニャーム」
「ほら、ミードンもこう言ってますから、そんなに落ち込まないで」
こう言ってるって、どう言ってるんだ?
ネコ語なんか分からん。
分からんから、相坂さんは凄く頼りがいのあるスーパー超人と言っていることにしておこう。
「でもロミーちゃん、この前ボクに言ってたよねぇ。アイサカさんはもう少し笑顔でいる方が似合うし、カッコいいって」
「ちょっとロンレンさん! なんでそれをここで言うんですか!?」
「ヘッヘ、確かにアイサカ司令の笑顔は、悪くねえ顔だ。嬢ちゃんの気持ちも分かるぜ」
「フォーベック艦長までそんなこと!」
ニタニタと笑う、ヤンとフォーベック。
なんて意地悪なヤツらだ。
彼らのせいで、ロミリアは顔を赤くしながら困惑している。
ちょっと可哀想だぞ。
「私はただ、アイサカ様の面倒なネガティブ思考を避けようとしただけです!」
「それ、あたしも分かる。アイサカ司令のネガティブって面倒だもんね」
「あ! ええと……スチアさん、これは違うんですよ。これは……」
おいおいロミリアとスチア、本音を口にするな。
なんかこれ以上この話しても、俺とロミリアが泥沼にはまるだけだぞ。
そんな損しかしないような話はここまで。
普段通りのメンバーに、ヤンを加えたローン・フリートは、賑やかだ。
とても〝任務前〟だとは思えない、明るい雰囲気の艦橋。
さて、今日は7月27日、すでに第7次人魔戦争が終わって4ヶ月が過ぎている。
戦争が終わってからのこの4ヶ月間、何があったのか。
任務前に、できる限り振り返ろう。
第7次人魔戦争は、3月20日の平和条約調印によって正式に終結した。
条約の内容は、相互の不可侵と両惑星の友好的な交流が中心。
それ以外は、禍根を残さぬよう縛り的なものは設けられていない。
元老院と魔界各種族はこれに従い、矛を完全に収めた。
人間界惑星も魔界惑星も、終戦から数日はお祝いムード。
形式上は魔界が敗北したことになっているが、誰しもが戦争の終結を祝った。
久々の平和を喜ばぬ人など、ほとんどいなかったのである。
心配だったのは、魔王を失った魔界がバラバラになることであった。
しかしこれは、杞憂に終わる。
トメキアたちを中心とした魔界中央政府が、先先代魔王の施策を継承したことで、魔界の政治はすぐに安定したのだ。
というのも、元々バラバラになるほどひとつに集まっていないのが魔族。
今までのやり方がうまくいっていたのだから、今までのやり方でうまくいっているのである。
図らずも久保田のおかげで、面倒な連中が魔王艦隊と共に壊滅したのも大きい。
魔界に心配事などない。
心配事がないのは共和国も同じ。
イヴァンを議長とした元老院は、元老院の問題点をあぶり出し、再出発を果たす。
改革はパーシングが率先して行っているそうだ。
彼らはもう、久保田や佐々木が憎んだ元老院ではない。
単純バカ――村上は、第1艦隊及び勇者として、人間界の象徴となってしまっている。
あんなのが象徴で大丈夫なのかとは思う。
何より、夢が叶い満足そうな村上は、ウザさが増した。
完全に人間界惑星に溶け込んだヤツのことだから、変なことはしないだろうけど。
神輿は軽い方が良いとも言うしな。
ではこの4ヶ月間、俺たちローン・フリートは何をしていたのか?
俺たちは俺たちのやるべきことをやっていた。
実のところ、共和国艦隊からローン・フリートを迎え入れたいという話があった。
でも俺は、それを突き返している。
理由は簡単。
自由なアウトロー生活に慣れてしまった俺たちに、共和国艦隊での仕事は面倒に感じられたからだ。
ローン・フリートのままの方が気楽で良い。
ただ、共和国艦隊に参加しなかったのにはきちんとした理由もある。
久保田の存在だ。
魔王の復活を阻止するため、俺たちは魔王を封印した剣、そして久保田の体を守らないとならない。
そこで俺は、ローン・フリート単独で久保田を守ることが、最も安全だと判断した。
いくら改革された共和国でも、利害関係等は決してなくならない。
ヤンも、久保田の存在が政治利用される可能性を憂いていた。
だからって魔界に任せるわけにもいかない。
それならば、俺が単独で久保田を守るべきであろう。
今、久保田はガルーダの倉庫で眠っている。
魔王を封印した剣は、俺の傍らと、スチア一家に保管されている。
これなら、久保田を守ることができる。
終戦から4ヶ月間、俺たちは久保田を守りながら、自由にしていた。
緊張感の一切ない艦隊司令生活は、これがはじめて。
ほとんど何もしていなかったとも言える4ヶ月。
事実上の長期休暇を、俺たちは楽しんだ。
だが今日、ついに休暇が終わり、俺たちは任務のためマグレーディ上空で待機している。
長期休暇を終わらせた任務とはなんなのか?
その答えは、ヤンとフォーベックの会話にある。
「いやぁ、参りましたねぇ。まさかメルテムさんが、誤ってデスティニー号を再起動させてしまうなんて。おかげでぇ、ボクたちの存在が地球に知れちゃって、使節団を送ることになっちゃったんですから」
「俺はメルテムのヤツ、何か仕出かすとは思ってたぜ。あの天才ちゃん、大問題を持ってくるところまで天才的だからなあ」
「それもそうですねぇ」
あれは今から2ヶ月と2週間程前のことだ。
佐々木の遺志を引き継いでいたジョエルとメルテムは、いつも通りの研究を行っていた。
ところがメルテムが、魔界惑星に置かれたデスティニー号をなめ回すように調べはじめた時に、事件が発生する。
彼女はデスティニー号を再起動させ、魔界惑星の座標を地球に送ってしまったのだ。
2ヶ月と1週間程前、地球の国際連携から通信が届いた。
内容は、両文明の友好関係の樹立を願うものだった。
と同時に、あろうことか地球人の操縦する偵察宇宙船が、魔界惑星にやってきた。
ここまで来ると、魔界惑星だけでは対応ができない。
そこで人間界惑星と魔界惑星が共同で、国際連携への対応に当たる。
イヴァンやパーシング、ヤン、トメキアたちが、地球との交渉を開始。
数人の地球人との接触も果たしている。
なんと、人間界惑星と魔界惑星は、地球との交流をはじめてしまったのだ。
今回、人間界惑星の代表として、ヤンたち使節団が地球に向かうこととなった。
ローン・フリート自体も、その使節団の一員である。
最初こそ拉致疑惑の浮上で問題になりかけた俺と村上だが、今や人間界惑星と地球双方にとって都合の良い存在。
さらに、共和国艦隊の一員ではないローン・フリートは、自由に動ける分、村上以上に都合が良い。
ということで舞い込んできた、地球への使節団という明らかに面倒な仕事。
任せられてしまったからには、やるしかないだろ。
久保田のことを考えると、使節団として地球に向かうのも悪い話じゃない。
地球で魔王の復活を目論むヤツはいないだろうし、何より地球は俺たちの故郷。
どうせ眠らせるなら、居心地の良い場所で眠らせたいからな。
《おい相坂、もうすぐ出発なんだろ?》
ただでさえ緊張感のない艦橋に届く、へらへらとした村上の魔力通信。
アイツは人間界惑星で哨戒任務中のはずだが、別れの挨拶かな?
「そうだけど。なんだ村上、寂しいのか?」
《んなわけねえだろ! てめえがいなくなって嬉しいんだよ!》
「奇遇だな。俺も嬉しい」
《今日は相坂とのお別れパーティーだ! 相坂、てめえは招待しねえけどな!》
なんなんだよコイツ。
招待されなくていいよ、そんな別れを喜ばれるパーティー。
別れの挨拶じゃなく嫌みを言うだけなら、この単純バカとの魔力通信なんか切っちまえ。
さっさと魔力通信を切り、時間を確かめる俺。
どうやらグダグダとしているうちに、出発の時間は目前となっていた。
ついに俺は、地球へと向かうことになる。
西暦2304年とはいえ、俺は故郷に帰るのだ。
「そろそろですかねぇ。アイサカさん、地球までお願いしますよ」
美少女美男子の、眩しい笑顔が俺に向けられた。
はじめて出会ったとき、この商人のボンボンが元老院の軍師になるなんて、誰も想像できなかった。
地球に最初に上陸する人間界惑星の人間になるなんてのは、なおさらだ。
「準備は完了だ。いつでも指示を」
不敵な笑みを浮かべる、飄々とした艦長。
彼がいなければ、俺はとっくに死んでいただろう。
今や、もう1人の父親のような存在だ。
今後も彼には、お世話になりそうである。
《ダルヴァノ、準備完了です。行きましょう、司令》
《あたいらもだ! 準備は完了したんだ、さっさと任務を終わらせちまおう!》
対照的で、お似合いの夫婦による頼もしい報告。
未だにその素性はよく分かってない2人。
でもローン・フリートは、あの2人がいないと成り立たない。
「地球でも、楽しめるかな?」
ぼそりとそう呟く鬼。
どういう意味なのかは聞かない。
考えたくもない。
ひとつ確かなのは、彼女がいれば俺たちは安泰ということだ。
おお怖い怖い。
「アイサカ様の故郷がどんなところなのか、私ずっと見てみたかったんです」
少しはにかんだ、俺の使い魔。
最大の理解者として、地球人の俺に居場所を与えてくれた存在。
何も分からぬ俺を、ここまで支えてくれた存在。
これからは、その立場が逆になりそうだ。
地球では俺が、ロミリアを支える存在に……ならないな。
ハイスペックな彼女はいつだって、俺より前にいる。
「行きましょう、アイサカ様」
「ああ」
俺はわけの分からん世界に召還され、異世界感皆無の艦隊を任せられた。
今の俺は艦隊司令だ。
きちんと指示を出さないと。
「ローン・フリート全艦、地球への超高速移動まで10秒。9、8、7、6――」
カウントが終われば、新たな任務がはじまる。
人間界と魔界ではなく、異世界と地球を繋げる任務が。
「5、4、3、2――」
新たな任務とは言っても、立場は今までと似たようなもんだ。
それならば、今までのようにやればいい。
今までのように、時に真面目で、時に力を抜いて、時にヤケクソで。
俺たちができることを、やっていくだけだ。
「超高速移動、開始!」
誰の味方でもないが、誰の味方でもある。
曖昧で、アウトロー。
友達がいるんだかいないんだかよく分からない。
ゆえに、どんな立場にもなれる。
それが俺たち、ローン・フリートだ。
『ローン・フリート〜異世界での仕事は艦隊司令〜』 完




