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第163話 友達が少ないヤツ

 艦橋に久保田が向かったという確証はない。

 もしかしたら無駄足になるかもしれない。

 それでも俺は、艦橋に向かった。


 隔壁を避けるため、少しばかり遠回りのルート。

 再び静寂に包まれるスザクの中を、俺は走り続けた。

 すぐさま第6甲板まで上り、数分後には艦橋入り口の階段に到着する。

 基本設計がガルーダと同じなだけあって、この辺りはガルーダと何も変わらない。

 果たしてこの先に、久保田はいるのだろうか。


 一歩一歩、確実に階段を踏みしめた俺は、激しい鼓動を聞きながら、艦橋への扉の前で大きく息を吸う。

 この先に久保田がいるかもしれない。

 逃げ場のない艦橋だ。

 ここで決着がつく。


 扉を開けると、見慣れた景色が広がっていた。

 ガルーダと全く同じ広さ、配置の、しかし人影の少ないスザク艦橋である。

 いつもの仕事場所と同じような部屋で決戦とは、不思議だ。


「ア、アイサカ司令!?」

「おや、もう来たのですね」


 艦橋の窓、その目の前で外の景色を眺めていた久保田が、こちらに気づいた。

 彼のすぐ側には、オドネルの姿もある。

 どうやら俺が早く到着したのが意外だったらしく、久保田の眼鏡越しの瞳は驚きに彩られている。

 いや、彼は久保田じゃなく、まだ魔王だったな。


「オドネル艦長を人質にしたな。さすが魔王、汚い」

「戦いに綺麗も汚いもないのでは?」

「そりゃそうだが、久保田はそんなこと言わない。お前、久保田演じるの下手すぎだろ」

「また幻想の話ですか……」


 呆れたように、俺に可哀想なものを見る目を向けて、溜め息をついた魔王。

 いろいろなトラウマを思い出すから、その目を止めろ。

 だいたい、どっちかというと可哀想なのは魔王の方だぞ。

 負けた戦争に固執して、人質取らなきゃならんほどに追いつめられ、実際にいる久保田を幻想と言って誤摩化してんだから。

 その目は俺がするべきものだ。

 ……魔王に可哀想なものを見る目を向けてやろう。


「その目は何ですか?」


 おっと、イラッとしたような口調で言われてしまった。

 でも、そのイラッする目を、お前は俺に向けてたんだからな。

 これでお互い様だ。


「人質? まさか司令は、私は人質に?」

「相坂を倒すために、協力してもらうだけです」

「司令……」


 魔王の返答に、オドネルが愕然としている。

 悪霊でも見たような、そんな表情をしている。

 

「そうか……やっぱりそうなのか……」

「艦長、どうしたんです?」

「アイサカ司令、私のことは気にしなくていい」


 俺に向かって、はっきりとそう宣言するオドネル。

 隣に立つ男の正体を、彼女はついに受け入れたのだ。

 正義を重んじるオドネルが、魔王のために協力するはずがない。

 まして、すでに死の覚悟をしていたのだから。


「我に協力するのが嫌ということですか? 元老院や共和国、相坂だけでなく、あなたまで我を裏切ろうというのですか!?」

「裏切りはしない。私は正義に燃えるクボタ司令に従い、悪の権化である魔王には協力したくないと言っているだけだ」

「艦長まで幻想を語るのですか!」

「幻想だと? お前の幻想という言葉こそ幻想だ。クボタ司令が、魔王程度に食い尽される男だと思うな」

「お前に我の何が分かる!」

「クボタ司令と長く共にいた、この私が言うのだぞ。憑依して1ヶ月もしない魔王が、よく言う」

「貴様!」


 こんなところで、オドネルの正論が爆発している。

 さすがはフォーベックの弟子、大胆さは師匠譲りだな。

 魔王め、言い返せなくて悔しそうだ。


「私に構うな! アルノルトに撃たせろ!」


 勇ましいオドネルの叫びが、俺の鼓膜を震わせた。

 そんな彼女の言葉に被せるように、魔王もまた口を開く。


「……仕方ありませんね」


 一言そう言った魔王は、念力魔法を使って椅子を飛ばし、オドネルの頭に直撃させた。

 なんとも酷いことをしやがる。

 さっきまで力強い表情をしていたオドネルは、意識を失いその場に倒れてしまった。

 それを確認した魔王は、言葉を続ける。


「相坂、我を撃ってください。艦長を犠牲に、我を打ち倒してみてください!」


 魔王の大声が艦橋に響き渡った。

 でも、今の俺は悩んでしまっている。

 オドネルごと魔王を攻撃するのは、正しいことなのかどうか……。


「あなたは我を躊躇せず攻撃したんですよ! ほら、艦長ごと我を撃ってみてください! あそこにいるガルーダに、我を撃つよう指示をしてみてください!」


 窓の外、こちらに砲を向け佇むガルーダを指差す、ニタリとした魔王。

 それでもやっぱり、俺は指示が出せない。

 久保田は友達であり、だからこそ彼を救うためなら、俺はなんでもするさ。

 だがそれにオドネルを巻き込むのは、違う気がする。

 どうするべきか……。


「友達は攻撃できても、艦長は攻撃できないと? 臆病者ですよ、そんなの。ほら、友達ができない人間のそれなりの理由、早く見せてくださいよ。ローン・フリートに指示を出し、我を打ち倒してみてくださいよ!」


 うるせえな。

 どんだけ打ち倒されたいんだよ、コイツは。

 やっぱり魔王なんか、望み通りローン・フリートに指示を出し、容赦なく打ち倒すべきかもしれない。


 とはいえ、何か引っかかるものがあるぞ。

 指示を出せ、打ち倒せと何度も言うが、ヤケクソ感はないし、魔王のニタリとした表情も気になる。

 むしろ魔王は、俺に撃たせることで何かを企んでいるようだ。

 もし俺がローン・フリートに指示を下せば、魔王にとって都合の良いことは……。


 ……まさか、あいつは久保田の体を捨てて、俺に乗り換える気か?

 魔王が防御魔法を使わなければ、俺の指示で久保田は死ぬ。

 久保田が死ねば、俺は怒り、恐怖し、哀しむ。 

 その時こそまさに、魔王の魂が俺に乗り換えるチャンスとなる。

 オドネルごと久保田を吹き飛ばすのも、魔王の好みそうなやり方だ。

 魔王のヤツ、もしや俺を試してるな。

 俺が魔王の体にふさわしいかどうか、見極めようとしているな。


 正義感を利用して久保田を呑み込んだ魔王のことだ。

 久保田を救いたいという俺の感情を、利用してくる可能性だって十分にある。

 よく考えると、友達を躊躇なく攻撃している俺は、魔王候補にもうってつけだし。


 これは考え過ぎかもしれない。

 でもそうだとしたら、取り返しのつかないことになる。

 

「ローン・フリート全艦、聞いてください」

《どうした?》

「魔王はオドネル艦長を人質に艦橋に立てこもりました」

《ああ、こっからも見えてる。攻撃するか? こっちはいつでも良いが》

「……いいえ、ローン・フリートは全艦待機」

《ほお》

「な、何を言っているのだ相坂!」


 数多の映画、ゲーム、マンガを見てりゃ分かる。

 魔王が言ったことってのは、だいたい聞いちゃいけない。

 それが攻撃を促す言葉ならなおさらだ。

 

《こちらガルーダ、了解した。攻撃はできるよう準備しておくから、指示はいつでも》

《私たちダルヴァノは、引き続きスザク乗組員の回収を続けます》

《あたいにはよく分かんないけど、司令の言うことには従うさ》


 艦隊司令の命令は絶対。

 攻撃をしろと言えば、攻撃をする。

 待機をしろと言えば、待機をする。

 それが艦隊だ。

 これでローン・フリートは動かない。

 

「なぜ指示を出さないんです? なぜ攻撃をしないんです!?」


 焦りを隠そうともせず、顔を歪めた魔王。

 どうやら俺の判断は正しかったようで。

 久保田の体を捨てて俺に乗り換えようなんて、最低のヤツだな。

 折角だから、今ふと思ったことも言ってしまおう。

 

「言ったよな、友達がいないヤツにはそれなりの理由があるって。詳しく言うと、友達がいないヤツって2種類に別れる」

「何ですか? いきなり」

「1つ目は、人に気を遣いすぎるヤツ。自分なんかが話しかけていいのか、自分なんかがグループの一員になっていいのか。いろんなことに気を遣った挙げ句、いつの間にか友達という存在が面倒になって、友達を作らなくなる。これは俺だ」

「そんなくだらない話よりも、早く我を――」

「2つ目は、自分大好きなヤツ。なんでも自分が1番。何よりも自分が優先。人の話なんか聞かず、他人は自分の欲求を満たすための道具に過ぎない。人を踏み台に偉くはなれるが、結局みんなから嫌われて、友達なんかいなくなる」

「それがどうしたというんです!」


 ちょっとした俺の友達いないヤツ講義。

 完全に話を聞こうとしなかった魔王だが、自分大好きな友達いないヤツの話をした途端、顔色が変わった。

 なんだか鬼のような形相をしている。

 おいおい、久保田の体を使ってそんな表情すんなよ。


「友達いないヤツの2つ目って、お前のことだよな、魔王」

「黙れ!」


 むむ、触れちゃいけない部分だったか。

 魔王のヤツ、俺に対し全力で、熱魔法を撃ち込んできやがった。

 咄嗟に防御魔法を展開できたから良かったものの、危なかったぞ。

 

 マグマのような魔王の熱魔法ビームが、俺の防御壁に当たり、弾けるように消えていく。

 さすがは魔王、並大抵の防御魔法なんかじゃ、その攻撃魔法を防ぎきれない。

 俺の体の前方で、分厚い壁として光り輝く防御壁も、維持するにはそれなりの魔力が必要だ。 

 しかし、これは悪くない。

 こうやって魔王の魔力を使い切らせば、俺の勝ちだ。


 いやはや、あの魔王がこんな簡単に感情的になるなんて。

 友達がいない同士、ここで決着をつけよう。

 そして、俺の数少ない友達を返してもらうぞ。

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