第161話 立ちはだかる使い魔
無骨で殺風景なスザクの廊下に響くのは、俺とロミリアの足音のみ。
先ほどまでの戦闘がウソのような静寂。
それが、もはや捨てられたに等しい巨艦の寂しさを強調する。
だが俺たちの心は騒がしい。
魔王を探す俺たちに、静寂が緊張感を呼び起こしているのだ。
騒音もときには必要ということかね。
多少でもうるさければ、変に考えることもなく、緊張感は少なかったのだろう。
「あっちから強い魔力を感じます!」
どこにいるとも知れぬ久保田。
彼を見つけるには、ロミリアの優れた魔力感知能力が役に立つ。
すでにロミリアは久保田の魔力を察知したようで、俺を導いてくれている。
「この階か?」
「……いいえ、下の階です。ええと……ちょうどここから右下あたりかと」
「右下っつうと、食堂が怪しいな」
ロミリアの察知能力と俺の記憶が正しければ、久保田は食堂にいる可能性が高い。
一応、スザクには何度か乗っているのだ。
そもそも、基本設計はガルーダと同じ。
だから大まかな艦内構造だって理解している。
ともかく、食堂に行ってみよう。
あやふやな記憶をなんとか手繰り寄せれば、食堂は第2甲板にあったのを思い出せる。
俺たちが今いる場所は、第5甲板の艦中央付近。
じゃあ、現在地から第2甲板の食堂まで一番近い道のりはどこだ?
もう一度、記憶を呼び起こそう。
ああもう! 記憶力が悪いとこういうときに苦労する!
この思い出す作業が、めんどくさくてしょうがない。
「階段は艦首と中央と艦尾にあったはずです。艦尾の階段は通り過ぎちゃったので、中央の階段から下の階に行きましょう」
「ニャーニャム」
さすがハイスペックロミリア。
溢れ出る俺の愚痴を聞いて、適切な道順を教えてくれた。
さらにミードンの可愛さがあることで、俺のイライラを減らしてくれる。
ホント、助かるよ。
さて、中央の階段はすぐそこだ。
軍艦の階段、特に中央階段は、はしごに近い。
荷物を運ぶには適さないが、近道としてはそれで十分である。
小走りのまま、階段を下りはじめる俺。
第4甲板に到着し、さらに下の階へと向かおうとしたときであった。
俺は足を止めざるを得なくなる。
理由は簡単。
大量のコンテナと土壁によって、階段が塞がれていたのである。
「我が主のもとに、あなた方を向かわせるわけにはいきません。全ての階段は、この私が封鎖しました」
後方から聞こえてくる、聞いたことのある声。
厳しさに覆われた冷静な口調。
振り返らずとも、それが誰の声なのかは、すぐに分かった。
「ルイシコフさん……」
震える声で、声の主の名を口にするロミリア。
振り返ってみれば、相も変わらず生気のない、悲しみに暮れた男が、廊下に立ち尽くしている。
まるで幽霊のようなルイシコフの姿。
こちらに向けられる目には、リナを王女にしようと奮闘した際の輝きなど、どこにもない。
あまりに悲惨なその姿に、ロミリアの表情まで悲しみに暮れていた。
同じ使い魔として、思うところがあったのだろう。
ロミリアは、絶望しきった悲しき男に対し、声をかける。
「あの……ルイシコフさんの主って、誰ですか?」
「何を答えの分かりきったことを。私の主は、クボタ様ただお一人」
「本当ですか? ならなんで、あなたは魔王の言葉に従うんですか?」
「魔王様は、クボタ様であるからゆえ」
「違います! 今のクボタさんは魔王に支配されているだけです。ルイシコフさんだってそうですよ。本当のルイシコフさんは、クボタさんを止めるはずです! だって——」
珍しく声を荒げたロミリア。
使い魔という存在を理解しきっているからこそなのか。
彼女の悲しそうな青い瞳が、ルイシコフの心の奥底を見通している。
「だって、クボタさんを誰よりも理解するルイシコフさんは、リナ殿下のことだって、誰よりも理解しているからです! クボタさんとリナ殿下をよく知るルイシコフさんが、今の状況を受け入れるなんてあり得ません!」
「…………」
久保田についてを自分の言葉でロミリアが言及したのは、これがはじめてかもしれない。
賢いロミリアは、今の状況を理解し、久保田たちの間違いを見通しているのだ。
それを口にしなかったのは、久保田の友達である俺への遠慮。
しかしルイシコフの間違いを目の前に、ロミリアも黙ってはいられなくなったんだろうな。
単に俺の言うことに従っているだけの使い魔ではないのだ、彼女は。
魔王に支配されながら、心の奥底に閉じ込められた本当のルイシコフ。
そんな彼に訴えたロミリアの言葉は、魔王に支配されたルイシコフをしばしの沈黙に追いやる。
だけどやはり、魔王の魂を打ち破るには及ばない。
「……リナお嬢様は死んだのです。ならば私の主は、魔王クボタ様ただお1人」
「死んでしまったリナ殿下は主じゃないなんて、やっぱりあなたは、本当のルイシコフさんではありません」
魔王に仕えるルイシコフの台詞に、ロミリアは大きく溜め息をついた。
だが彼女の青い瞳は、悲しみが消え失せ、強く輝いている。
こりゃ、何かを決意した目だな。
どんな決意をしたのか、なんとなく予想はつく。
「アイサカ様、ルイシコフさんの、いえ、クボタさんの狙いは、私とアイサカ様の分断です。きっと私がここに残ってルイシコフさんを食い止め、アイサカ様は階段の封鎖を破り、クボタさんのいる場所に1人で向かうよう仕向けているんだと思います」
「そんなとこだろうな」
「魔王の中に残るクボタさんは、アイサカ様を待っています。私はクボタさんの狙い通り、ここでルイシコフさんを止めるので、アイサカ様もクボタさんの狙い通り、クボタさんのもとに向かってください」
相手の思惑に乗ってやると。
まあ、実は俺もそう考えていた。
意見が一致したなら、さっさとやろうじゃないか。
「ロミリアを信じるよ。どうせロミリアもルイシコフも使い魔だから、俺か久保田が死なない限り、不毛な戦いが続くだけだし、安心だ」
「……不毛な戦いが続くことの、どのあたりが安心なんですか?」
「どっちがどんな目にあっても死なないんだから、俺からすりゃ安心だろ」
「どんな目にもあっちゃう私は、あまり安心できないのですが……」
俺の特技、『ロミリアの不安製造機』は未だ健在。
でもそれでいい。
いつもと違うことを言えば、それはただの死亡フラグにしかならない。
決して、基地に恋人がいるとか、プロポーズするとか、花束がなんちゃらとか言っちゃいけない。
うまい店がどうたらとか、ともかく戦いの後の話しをしてはいけない。
こういうときは、いつも通りでいい。
「任せたよ、ロミリア」
「はい」
早速、俺は階段を封鎖する土壁やコンテナに、熱魔法を吹きかけた。
温度約2000℃の、煮えたぎる真っ赤なビームによって、早くも封鎖は溶けていく。
そんな俺を、ルイシコフも黙って見ているわけがない。
彼は封鎖を突破しようとする俺に向けて、氷魔法による攻撃を行ってきた。
鋭く尖った氷が、俺を串刺しにしようと迫る。
まあ、気にしない。
気にせず焦らず構わず、封鎖を突破しよう。
冷たい槍と化した氷柱の冷気が、俺の肌に鳥肌を立たせる頃。
突如として氷柱は軌道を変え、俺のすぐ横をかすめて壁に衝突、砕け散った。
ロミリアが風魔法を使い、ルイシコフの放った氷柱を吹き飛ばしてくれたのである。
バラバラになった氷柱の破片が、俺の放つ熱魔法に当たり蒸発。
ほんの一瞬、小さな音が響く。
だがその直後には、床を揺らす程の大きな音が、廊下中に響いた。
階段を封鎖する土壁に穴があき、積み上げられたコンテナが崩れたのである。
何とも簡単に、封鎖を突破できてしまった。
ルイシコフと戦うロミリアに心配はない。
俺はさっさと穴に飛び込み、下の階へと向かう。
食堂は、もうすぐそこである。




