第144話 蜂起
ロミリアの乗った小型輸送機が墜落。
その衝撃は、俺を動揺させるには十分すぎる。
今の俺は、1つの言葉も口にすることができない。
「ニャーム! ニャム!」
現状を理解しているのか、ミードンまでもが動揺しはじめた。
ミードンは小さな体を跳ねさせ、艦橋の窓へ一目散に駈けて行く。
「嬢ちゃんの墜落場所を確認。上空の邪魔な敵機も撃墜しろ」
頼りがいのない司令の俺に変わって、頼りがいのある艦長フォーベックが指示を下す。
こういうときのフォーベック程、頼れる人は少ない。
俺がどんなにヘタレても、彼がいれば安心だ。
ロミリアがいれば、もっと安心なのだが……。
「アイサカ司令、地上には騎士団がうろちょろいやがる。ガルーダの輸送機は、もう非武装しか残ってねえ。救出は無謀だ。俺たちができるのは、上空からの援護だけだろうよ」
いつもの飄々とした表情はどこへやら。
フォーベックは彫刻のような顔をして、俺にそう言ってくる。
救出不可能な状態に、彼も不安なのだろう。
不安な表情を隠すための、厳しい表情なのかもしれない。
それでも、焦りを隠せるだけ、フォーベックは俺なんかよりもすごい。
しかし、ロミリアが救出不可能だなんて。
使い魔であり死ぬことのない彼女だが、それでも痛みは感じるそうだ。
だから決して、彼女を傷つけさせるわけにはいかない。
救出が無理でも援護ができるなら、それに全力を出すだけだ。
こうしている間にも、敵小型輸送機への攻撃は続いている。
敵小型輸送機の掃除が済んだのは、すぐだった。
「敵の小型輸送機を撃墜!」
乗組員の報告と同時に、炎に包まれた敵小型輸送機が分解されていくのが見えた。
さすがはガルーダの砲撃、1発で相手を粉々にする。
これで空への心配はなくなったな。
「ニャー!」
窓の外を眺めていたミードンが、突如として大声を出す。
爪を立て、窓を引っ掻きながらの叫びだ。
何事かと思い、俺はガルーダの操舵を部下に任せ、ミードンのすぐ側まで寄ってみる。
ミードンの視線の先には、1本の黒煙が空にのぼる景色。
それが、ロミリアが乗っていた偵察機の墜落場所であるというのは、直感で分かる。
微かにではあるが、ロミリアの魔力――俺の魔力がそこから感じるのだ。
でもきっと、ミードンがここまで叫ぶのは、単にロミリアを見つけたからではないだろう。
黒煙ののぼるあの場所を、俺は覚えている。
太陽と風によって霧は薄まり、嫌な思い出の多い王都がようやく姿を現している。
だからこそ俺は、ロミリアの乗った偵察機の墜落場所がどこなのか、すぐに分かった。
あの道、あの建物、あの景色は、今でも忘れられない。
墜落場所は、リナが殺された場所のすぐ近くだ。
リナと久保田たちを失ったあの場所に、ロミリアはいる。
それだけではない。
よく見ると、あの場所の周りに集団の姿が見える。
霧の中にぽうっと浮かぶ、道を埋め尽くす程の大集団。
白銀の鎧に包まれ、馬にまたがった軍勢。
帝国騎士団が、墜落場所を包囲しているのだ。
多くのものを失った地で、ロミリアまで失うのか?
それだけは御免だ。
「おい、なんか音がするぞ」
ふとそんなことを呟くフォーベック。
正直それどころじゃなかった俺は、耳を澄ませようとはしなかった。
それでも俺の鼓膜は、彼の言った音に震わされた。
聞こえてきたのは、心に落ち着きと高揚感を持たせる、教会の鐘の音。
おそらく、建物や山に音が跳ね返り、何重にもなって轟いているのだろう。
未だ薄くかかる霧の中を、教会の鐘の音が響き渡っている。
まるで何かの合図のように。
「ニャ? ニャーム!」
再び叫びだすミードン。
今度は何かと窓の外を眺めると、そこには希望の景色が広がっていた。
鐘の音が鳴り響く、歴史の深い荘厳な街並。
帝国騎士団以外には人影がなかったはずの王都。
ところが今は、グラジェロフの国旗と共和国の紋章が其処彼処にはためき、人々が街道に飛び出している。
騎士団を遥かに凌ぐ、グラジェロフ国民の波が、王都を覆い被さった。
彼ら国民は、騎士団に屈してなどいなかったのだ。
「グラジェロフ国民の蜂起か。帝国艦隊の全滅にあわせてきやがったな。こりゃ帝国も敵わねえだろうよ」
いつもの余裕を取り戻し、ニタリと笑うフォーベック。
俺も自然と頬が緩む。
王都に墜落した3隻の軍艦は反撃の狼煙、あの鐘は、反撃の合図だったのだ。
グラジェロフ国民が、俺たちの側についたのだ。
蜂起した国民の中には、騎士のような立派な武装をした集団もいる。
あれこそが、アダモフ率いるレジスタンスだ。
レジスタンスは国民たちの先頭に立ち、果敢にも帝国騎士団に戦いを挑んでいる。
個人の戦闘能力では騎士団が圧倒的だが、兵士の数と士気の高さは、レジスタンスが圧倒的だろう。
ロミリアのいる墜落場所に迫る騎士団にも、レジスタンスは攻撃を開始した。
これは、チャンスじゃないか?
「フォーベック艦長、今ならロミリアを助けられますよ」
「そうだなあ、非武装の輸送機でも大丈夫だろ。ただ、アイサカ司令本人が行くのか?」
「ダメですか?」
本来だったら司令が前線に行くべきじゃない。
でもロミリアのためなら、俺は自分で彼女を助けたい。
フォーベックはそれに賛成なのか、反対なのか……。
「ダメとは言わねえ。ダメと言ったって、嬢ちゃんのためなら聞かねえだろ。ただ、艦隊に指示ぐらいは出しておいてくれ」
なんだ、そういうことね。
さすがはフォーベック、俺の気持ちなんてとっくに把握済みか。
「分かりました。ローン・フリート全艦、ロミリア救出作戦の援護を頼む。暇があればレジスタンスの援護も」
「よし、了解だ」
《承りました。ロミリアさんとの帰還をお待ちします》
《こっちは任せなって! そっちこそ、男見せてくれよな!》
我が艦隊、頼もしく候。
コイツらと一緒にいると、自分が地球人であることを忘れる。
そうだ、コイツらって全員、宇宙人なんだよな。
いや、彼らが宇宙人だろうが、俺の方が宇宙人だろうがどうでもいい。
彼らは俺の仲間だ。
そして地上には、ロミリアが待っている。
空は彼らに任せ、俺は自分の使い魔を助けに行こう。
「小型輸送機の準備を。ミードン、一緒に来るか?」
「ニャーー!」
おやおや、ミードンもやる気いっぱいだ。
ミードンは嬉しそうな顔をしながら、俺の肩に飛び乗ってきた。
元々表情筋がほとんどないくせに、ぬいぐるみのくせに、なんで表情があるんだろう。
まったく、可愛いヤツめ。
さあ、一緒にロミリアを救いに行こう。
艦橋から飛び出て、俺は後部格納庫へと向かう。
距離はだいたい100メートル。
階段などを考慮すれば、1分で到着できる。
ほんのわずかな時間が不安を生み出す現状、全速力で向かおう。
ガルーダ艦内は、戦闘態勢のため明かりは最低限。
そのため廊下は暗く、人もいない。
後部格納庫に向かうときはいつも、ロミリアやスチアが一緒にいた。
しかし今日は、ミードンだけ。
久々の、男だけでの移動。
なんだかちょっと寂しいな。
「ニャーム、ニャニャニャ」
肩に乗るミードンは、走る俺に揺られながら、耳元で何かを言っている。
内容は分からない。
でも明らかに、ミードンは喋っている。
テキトーに返事でもしておくか。
「俺もお前も、いつもロミリアにおんぶに抱っこだからな。モニカの言うように、たまには男らしくしよう」
「ニャニャ、ニャーーム!」
うん? これは話が通じたということか?
なんだかよく分かんないけど、まあいいや。
面白いので、不安をかき消すためにも、ネコ語を使ってみよう。
「ニャー、ニャー、ミャー」
「ニャニャ! ニャ!」
俺がネコ語で喋ってみると、ミードンが俺に強烈なネコパンチをお見舞いした。
もしや変なことを言ってしまったのだろうか。
ネコに対して、気軽にネコ語を使うもんじゃないね。
ロミリアのハイスペックさにいつも甘える俺たち。
その恩を返すのは今しかない。
絶対に彼女を助け、ガルーダに連れ帰る。
きっと、ロミリアも涙を流して喜んでくれるだろうさ。




