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第141話 渓谷

 3月7日、超大陸西方時間午前5時10分。

 ようやく空が白みはじめたこの時間。

 ローン・フリートは、霧に紛れてグラジェロフ王都に向かっている。

 ただでさえ前が見えないというのに、光もなく、ダヴァフ渓谷の中を低空で飛ぶ俺たち。

 朝っぱらから疲れる仕事はキツい。


 王都が位置する盆地には、入り口となる3つの谷があり、ダヴァフもその1つ。

 ダヴァフは、ヴァリンスク山脈に源を発する急流河川が作り出した、非常に狭い谷だ。

 この谷は開発が厳しく、向かう先に何があるわけでもないため、厳しい自然がそのまま残された、人間を踏み入れさせない秘境。

 俺たちが秘密裏に王都へ向かうには、最も都合の良い道である。


 しかし、都合が良い道が優しい道であるというわけではない。

 フォーベックからダヴァリ渓谷の話を聞いた時は、唖然としてしまった。

 ダヴァリ渓谷は深さ300メートルと、軍艦を隠すには十分すぎる深さを持つ。

 ところが幅は平均で83メートルしかなく、しかも曲がりくねった渓谷だそうだ。

 そんなのが王都のすぐそこまで続いている。

 全長208メートル、幅61メートルのガルーダが通るには、あまりに狭すぎる渓谷だ。


 問題はそれだけじゃない。

 作戦当日、渓谷内は霧に覆われ、何も見えない。

 それどころか太陽も出ていないため、真っ暗闇となる。

 下手すりゃ山にぶつかって、みんなで仲良く天国行きだ。


 だが、他に王都へ近づく方法もないため、俺たちはダヴァリ渓谷を〝艦隊行動〟することになった。

 ガルーダの操舵は、1人の方が集中できるとして俺に任せられている。

 地形把握はロミリアに任せた。


 窓の外には、ガルーダの明かりに浮かぶ霧の姿のみ。

 見えるのものは何もない。


「そこを緩やかに右です」

「緩やかにだな。その次は?」

「ええと……17メートル程度進んで、左に急カーブです」

「また急カーブ? めんどくせ……」


 俺たちが渓谷に入ったのは、王都まで62キロ地点の位置だ。

 もっと近くに超高速移動をすれば良いんじゃないかと思ったが、それは無理らしい。

 というのも、敵からの距離約60キロ以内の超高速移動は、その強力な魔力を感づかれてしまう可能性があるという。

 意外と超高速移動の欠点は多いのである。


 現在は王都まで7キロ、高度は地上から56メートルの位置で、渓谷を進んでいる。

 ダルヴァノとモルヴァノもなんとか付いてきている様子。

 かなり緊張感の高い航行に、俺の手は汗だくだ。

 

「この辺で急カーブか」

「はい。でも、すごく急なカーブなので、もう少し減速した方が良いかもしれません」

「日の出が近い。減速しなくてもなんとかなるだろ」

「無理はしない方が……」


 ロミリアの忠告も聞かず、俺は時速50キロのまま、曲がり角に突撃した。

 日の出までの時間は1時間を切っている。

 できれば日の出前に敵を撃破したいのだが、ここまで来るのに時間が掛かりすぎた。

 あまり悠長にはしていられないという焦りが、俺をそうさせたのだ。


 ところが、焦ったって良いことはない。

 曲がり角に突撃し、ガルーダを左旋回させたときである。

 地震でも起きたかのように艦が大きく揺れ、鉄の軋む音が艦内中に響き渡る。


「右舷下部が山に衝突!」

「被害レベルは?」

「一部装甲板がはがれたようですが、大したことはありません」

「もう、だから言ったじゃないですか!」

「嬢ちゃんの言う通りだぞ、アイサカ司令。俺の船がこんなところで沈まれちゃ困る」

「……ごめんなさい」


 こりゃ謝るしかない。

 今回は軽傷ですんだが、一歩間違えれば大惨事だった。

 反省反省。


《ダリオ、なんだか10年前を思い出さないかい?》

《あの仕事か……。私は思い出したくないな》

《そう言うなよ。あれがうまくいったから、あたいたちはマグレーディに拾われたんじゃないか》


 魔力通信から聞こえてくる、ダリオとモニカの雑談。

 なるべく人の過去を詮索しないという俺の方針のせいで、俺は2人の過去を知らない。

 だから、こういった過去を垣間見せられる会話を聞くと、ちょっと興味が湧いてしまう。

 少しだけ方針を破ってみるか。


「モニカ艦長、10年前に何かあったんですか?」

《お、よくぞ聞いてくれたね。実はあたいたち、マグレーディ王立輸送隊に行く前は、ダリオと一緒に小型輸送機で運び屋やってたんだ。で10年前、共和国といざこざがあってね、今みたいに渓谷を飛んで逃げ回ったことがあるんだよ。ダリオはあの時――》

《その話はよしてくれ》


 あの時、何があったのだろう。

 ダリオが必死でモニカを止めるときは、必ず何かあるときだ。


《いいじゃないか。飛ぶのに集中しすぎて小便漏らしたのに気づかないなんて、優秀なパイロットの証だよ》

《モニカ……》

「……ええと、ダリオ艦長、俺は何も聞いてませんよ」

《司令、助かります》


 そりゃ思い出したくないはずだ。

 でもモニカの言う通り、小便漏らしても小型輸送機を飛ばし続けたのは、パイロットとしての集中力が凄まじい証だ。

 優秀なスナイパーだって、糞尿垂れ流しらしいし。


《ダリオのおかげで、あたいたちは共和国の追っ手を振り払ったんだよ。そしたら、依頼主がマグレーディ政府と繋がりのある人でね。仕事の報酬に、完成したばっかりのダルヴァノとモルヴァノを任せられることになったんだ》


 なるほど、2人にはそんな過去があったのね。

 しかし、共和国といざこざって、どんな荷物を運んでたんだ?

 運び屋って職業も、また危ない臭いがする。

 ガルヴァノ夫妻の過去は、なんとも興味深いな。

 面白そうな話がたくさんありそうだ。


「アイサカ様、お話し中すみません。次のカーブですよ。今度はぶつけないでください」

「ああ、分かった」


 モニカからいろいろと話を聞きたかったが、今はそんな場合じゃない。

 この厳しい渓谷を、目隠しされたような状態で進むには、集中力が必要だ。

 小便漏らしても気づかないぐらいの集中力が。

 

 それからだいたい40分後ぐらいだろうか。

 ついに俺たちは、グラジェロフ王都のすぐ近くまでやってきた。

 空はだいぶ明るくなり、暗闇の光景は、一面真っ白の霧模様へと様変わりしている。

 ロミリア曰く、地上には建物の姿もあるようだ。

 これ以上近づくと、渓谷から出てしまい、帝国艦隊に見つかる可能性が出てきてしまう。

 大型艦はここで待機すべきだろう。


「こちら相坂、目標地点に到着。村上、そっちはどうだ?」

《やっと着いたのかよ。俺たちはいつでもオーケーだ。さっさと帝国艦隊の位置を教えろ》

「はいはい。そっちこそ、攻撃したら教えろよ」

《ナメんな》


 イラッとする回答ではあるが、村上は大丈夫そうだ。

 村上率いる第1艦隊は、王都から西に300キロ離れた地点で待機中。

 俺たちが見つけ防御壁を破壊した敵艦を、遠距離砲で沈めるのが彼らの役目。

 作戦の主役である勇者様の心配はなさそうだな。


「作戦を次の段階に進めます。フォーベック艦長、ダリオ艦長、モニカ艦長、いつでも光魔法攻撃ができるように準備をしてください」

「あいよ。作戦通りだな」

《了解しました》

《任せときな》


 3人の艦長に関しても、心配事など何一つない。

 偵察機からの情報を基に、俺のタイミングで帝国艦隊へ光魔法攻撃を行うだけだ。

 難しい任務じゃない。

 心配なのは、やはり偵察機と、それに乗り込むロミリアだ。


「武装小型輸送機の準備もできてるな。ロミリア、相手に感づかれないよう、緊急事態以外は魔力通信も使わないように」

「はい」

「敵は武装小型輸送機を哨戒させてるかもしれない。危なくなったらすぐに教えてくれ」

「分かってます」

「敵艦3隻をマーキングしたら、さっさと帰ってこいよ」

「そんなに心配しなくても大丈夫です。私は使い魔ですから、何があっても死にはしません。必ずアイサカ様のところに帰ってきますから」

「……頼んだ」


 いくらなんでも心配し過ぎなのは分かってる。

 ピサワンやトメキアの任務の時だって、ロミリアは必ず帰ってきた。

 でも今回は、リンクをしていない。

 つまり、ロミリアの状況が全く分からぬ戦闘は、これがはじめてなのだ。

 彼女が強くて賢くて、頼れる女の子であるのは知っているし、信頼もしている。

 だけどなんだろう、俺が心配なのだ。


「ニャーム、ニャーム」

「ミードンは、アイサカ様とお留守番しててね。すぐに帰ってくるから」

「ニャー……」


 ミードンもまた、心配そうな表情だ。

 あいつの場合、単に寂しがってるだけかもしれないけど。


 まあ、グダグダとしていても意味がない。

 ロミリアはすでに、小型輸送機へと向かい、艦橋を出て行ってしまった。

 司令である俺は、彼女を信頼するのが仕事だ。


 数分後、1機の小型輸送機が霧の中へと出発する。

 しばらくは霧の中に、エンジンの青い光が浮かんでいた。

 だがそれも、すぐに濃霧に隠され、小型輸送機の姿は見えなくなってしまう。

 果たして作戦はうまくいくのだろうか。

 俺はただ、ロミリアが敵艦を見つけ出すのを待つことしかできない。

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