第135話 真実の暴露
弱腰、気弱、暗愚、傀儡、無力。
その全てを兼ね備えた王は、誰からも注視されることはない。
だからこそヤンは、一番重要な役をセルジュ陛下に任せた。
驚いたことに、セルジュ陛下もそれをあっさりと受け入れた。
城の警護手伝いという理由で、スチアとイダは魔力カプセル4つを抱きかかえ、さらにジョエルを連れ、ヴィルモン城に潜入した。
彼女らはセルジュ陛下の部屋を陣地化し、2人の呼びかけを守る。
たった2人で、勇気ある暗愚と、真実を知る元魔王の使い魔の盾となったのだ。
映像魔法には膨大な量の魔力が必要となる。
魔力カプセル4つでも、映像魔法を持続させるには心もとない。
だが、声だけでなく映像でも訴えかけることは、人々の心を動かしやすい。
多少の無茶をしても、セルジュ陛下とジョエルの呼びかけは、映像魔法でなければならない。
《私たちは、リシャールに騙されている。その……帝国が出来上がるまでに、多くの恐ろしい出来事があったのだ。ええと……あの……帝国の真実を知るものが、私と共にいる》
この呼びかけは、魔界艦隊にも声のみ配信されている。
突如として紛れ込んだ謎の呼びかけに、帝国艦隊も魔界艦隊も混乱中だ。
おかげで戦闘は起こらず、皆が呼びかけに耳を傾けている。
いいぞ、その調子だ。
にしても、何度も言葉を詰まらせ、歯切れの悪いセルジュ陛下。
ちょっと心配になるぐらいだ。
この訴え掛けは、全艦隊と人間界惑星各都市に配信されているんだぞ。
まあ、ここからしばらくジョエルの出番だ。
その間にセルジュ陛下には落ち着いてもらわないと。
《皆の衆、私はヴィルモンの大臣である、レイモン=ダレイラクです》
セルジュ陛下に代わって画面に映ったのは、車いすに乗った老人。
白髪の、切れ長の目を持つ、ジョエルの別の姿。
まさかの人物の登場に、誰もが驚いていることだろう。
《私は魔王によって、一時的に自由を失っていました。ですが、そんな私を、2人の異世界者が救ってくれた。私がこうして人間界惑星に戻れたのも、異世界者のおかげです》
実際はちょっと違うが、魔王(久保田)からジョエルを救ったのは事実。
だからジョエルの言葉は、決してウソじゃない。
《異世界者2人は、人間界惑星の平和を願い、戦争を終わらせると誓っていました。そんな2人に命を救われた私が、彼らを手伝わぬわけにはいきませぬ。そこで私は、リシャール皇帝の闇と、帝国の恐ろしい姿を皆に伝えることを決意したのです》
さあ、講和派勢力の反撃の時間だ。
リシャールのヤツ、今頃は焦りに焦ってんだろうな。
得意のポーカーフェイスも限界だろうさ。
《昨年12月のモイラー脱走とサルローナ王の追放事件。モイラーの脱走を手助けしたのはサルローナ王ではなく、リシャール皇帝です! 皇帝は、サルローナ王を追放し派閥を潰すため、モイラーを利用したのです。あれは自作自演だ!》
残念ながら証拠は出せない。
それでもレイモン大臣が語る、というそれだけで、十分なインパクトがあるのは間違いなしだ。
《もちろんそれだけではありません。グラジェロフで起きたリナ王女暗殺事件。皆さんも記憶に新しいと思います。美しく聡明なリナ=シュリギン王女が、何者かに殺害された、あの痛ましい事件。それもまた、皇帝の仕業なのです!》
俺がリシャールを許す気がないのは、この事件のせいだ。
この事件のせいで、久保田もルイシコフも道を誤った。
ジョエル、真実を言ってやれ!
《皇帝は帝国成立の一歩として、グラジェロフを傀儡化しようと企んだ。それにいち早く気づいたのが、リナ王女です。王女は数多くの妨害をかいくぐり、なんとか祖国を守ろうとした。だが皇帝は、そんな王女を邪魔に思い、恐ろしいことをしました》
今でも、あの時のことは思い出すだけで辛い。
リナの最期の優しい笑みが、忘れられない。
《彼はなんと、騎士団に王女の暗殺を命じたのです! 結果は、皆様もご存知の通りだ。さらに皇帝は、己の罪をグラジェロフ議会議長のアダモフに着せた。そしてグラジェロフの新たな王、幼きユーリ陛下を傀儡としたのです。これは許されることではない》
悪に立ち向かう華麗な王女と、それを殺害した悪しき王。
果たしてこの事実に、人間界惑星の人々はどのような反応を示しているのか。
ここからはそれが確認できないのが残念だ。
《まだ、皇帝の罪はあります。先日のアルバー事件、あれすら皇帝が仕掛けたものなのです。皆さんは疑問に思いませんでしたか? なぜアルバー闘争党が、あれだけの力を持っていたのか。その答えは簡単です。リシャール皇帝が彼らを支援していたのです》
モイラーの件と同じく、自作自演の大事件。
帝国成立のための大ばくちは、リシャールにとって命取りとなりそうだ。
《アルバーを支援し、暴動を起こさせ、イヴァン陛下を排除し、アルバーを排除し、自分は英雄として共和国の全権を握り、帝国を作る。これがリシャール皇帝の計画だったのです。これが事実なのです。恥ずかしながら、私も計画の策定にかかわっていました》
自分もかかわった計画。
その言葉が、レイモンの暴露をウソではなく事実であると証明している。
加害者自身の暴露は、人間の心に響くのだ。
《しかし、グラジェロフと違って、アルバー事件には救いがありました。それは、ノルベルン王イヴァン陛下が生きていたことです。陛下は今も、ノルベルンの地で、共和国元老院の一員として、リシャール皇帝への抵抗を続けています》
数多くのリシャールの罪。
その長い長い暴露は、イヴァンの生存報告と共に終わった。
だが、別の暴露はまだ終わっていない。
レイモンの話が終わると、映像魔法の画面に突如としてノイズが走った。
そして画面に映し出されたレイモンの姿は消え、別の存在が映し出される。
長く白い髪、そこから飛び出る尖った耳、人間ではなく、しかし人間らしい姿。
美しくも凛々しい女性の、決意に満ちた表情。
《人間界惑星のレイモンよ、貴殿の勇気は称賛に値する。私は魔界エルフ族筆頭の、シールン=トメキアだ。我々もレイモンに続き、真実を公表しよう》
俺たちと対峙する魔界艦隊のどこかにいる、トメキアの呼びかけ。
彼女の呼びかけが、人間界と魔界にさらなる驚きを生み出す。
同時に、多くの人間が抱く、野蛮な魔族という価値観が、覆される。
《我々の敬愛する魔王様は、お亡くなりになった! 人間界惑星への総攻撃を命令したのは、魔王様を殺害した男だ! 男はササキ様をも殺し、我々魔族を騙し、新魔王として魔界を支配している! この戦いは、魔王様のご意志ではない!》
すでに魔族の間で、噂は流れていた。
というか、講和派勢力がその噂を広めた。
しかし噂が事実であると証言したのは、これがはじめてだ。
魔族の動揺は大きいだろう。
《魔王様が殺害された理由はただひとつ。魔王様が異世界者の説得を受け入れ、戦争の終結を宣言し、降伏文書に署名したからである。つまり、魔王様のご意志は総攻撃ではなく、戦争の終結だ!》
トメキアの暴露は、完全な事実ではないが、真実ではある。
第7次人魔戦争というのは、佐々木の鬱憤晴らしからはじまった戦争だ。
開戦理由からして、そもそも魔界は戦争に本気ではない。
最終的に魔王佐々木も、戦争終結を宣言し、降伏文書に署名した。
あのとき久保田が佐々木を殺害しなければ、戦争は終わっていたはずなのである。
《2日前である。我々は魔王様のご意志を守ろうと、なんとか降伏文書を守り、人間界惑星に提出した。ところが皇帝リシャールは、その降伏文書を無視した。偽の魔王も皇帝も、平和など望んではいないのだ!》
実際、2日前に降伏文書(のコピー)をリシャールに届けた。
そこで戦争が終われば、それはそれで結構。
だがやはり、リシャールが降伏文書を受け取ることはなかった。
魔王久保田が総攻撃を宣言しているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
問題は、降伏文書の存在自体を隠し、魔族が戦争を望んでいると宣伝し続けたことである。
リシャールはまだ、平和的解決を行うつもりはなかったのだ。
《降伏文書が受け入れられぬとき、我々は絶望した。もはや魔王様のご意志は実現されぬのだと。しかし、マグレーディ王セルジュと、レイモンの訴えを聞き、我々は気がつかされた。我らは降伏文書を提出した相手を、誤っただけなのだ!》
悪いのは帝国、人間界ではないと、トメキアは人間と魔族に訴えかた。
全てはヤンの計画通り。
そしてついに、ヤンの計画は本丸へと到達する。
《私シールン=トメキアは、マグレーディ王セルジュに再び、魔王様の降伏文書を提出する! セルジュ公、どうかこの戦争を終わらせてくれ。そして各種族に訴える! 皆、偽の魔王が目指す戦争など手を引け! 魔王様のご意志に従うのだ!》
この場でははじめての、これ以上にない明確な、終戦の訴え。
魔王の意志という錦の御旗を掲げた訴えに、魔族はきっと従ってくれるはず。
従ってくれなかったら、それはもう仕方なく、戦争をするしかない。
しかし戦争をするのは、ほとんどの生命体が御免のはず。
どうか、これで魔界艦隊が引き揚げてくれるのを願う。
対して、降伏文書を提出されたセルジュ陛下。
ジョエルの出番は終わり、ここからは彼の出番だ。
戦争終結と帝国打破、共和国の復興のため、暗愚な王は立ち上がれるのか。
頼むセルジュ陛下、多くの命があなたにかかっているんだ。