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第132話 政変

 俺がロミリアとヤンに叩き起こされたのは、23日の昼間であった。

 昨日は早めに寝たはずだが……。

 

「やっと起きた! ほら、急いでください!」

「ニャーァァ!」

「……なんかあったの?」

「急用ですよぉ。すぐにヴィルモン王都に向かってもらいます」

「……分かった分かった。あと10分だけ寝させ――」

「アイサカ様!」


 むむ、ロミリアに怒られてしまった。

 だけど殺人的に眠いんだよ。

 ここ数日の疲れが一気に出たんだ。


「よし、じゃあ5分だけに――」

「起きるって選択肢はないんですか!?」


 はいはい、起きます起きます。

 鉛のようなまぶたと、金縛りにでもあってるかのような体を、俺は必死で起こす。


「で、アイサカさん、実は時間がないんですよぉ。ガルーダの出発準備は整っていますから、すぐに出発です」

「時間がない? 何が起きたんだ?」

「何かが起きるんですよ、これから」


 疲れのせいで頭が動かないのもあって、ヤンの言ってることの意味が分からない。

 意味は分からないが、今までも意味が分からないまま彼に従ってきた。

 今回もヤンの言う通りにしよう。

 

 叩き起こされ、髪も整えず、着替えながら、ロミリアとヤンに連れられガルーダに向かう俺。

 ガルーダに乗り込むと、息つく間もなくマグレーディを離れた。

 超高速移動を使っての移動だったため、ヴィルモン王都に到着したのはあっという間。

 目を擦り、着替えを終え、身なりを整えた頃には、俺はヴィルモン城の前にいた。

 あくびをしていたら目的地に到着してたって感じである。


 移動中、ヤンから説明を受けた。

 どうやら元老院議会において、議長に全権を委ねる動議が可決されたらしい。

 直後にリシャールが、人間界惑星全体に向けて演説を開始。

 なにやら重大発表があるらしく、そのため俺も、ヴィルモン王都に呼ばれたとのこと。


 ヴィルモン王都では、広場という広場に、何万という民衆が集っていた。

 全ての広場がざわつきとリシャールの演説に支配され、緊張感と熱気が同居した、異様な空間と化している。

 こんな状態の王都を見るのははじめてだ。

 

 民衆の視線は全て、とある巨大な画面に奪われていた。

 力強く演説を行うリシャールの姿が、その場にいるかのように鮮明に映し出された画面。

 まるで映画館のスクリーンそのもの。


「あれは、最近になって開発された映像魔法ですねぇ。ああいった画面が、人間界惑星の各広場に用意され、配信された映像と言葉を映し出すんです。膨大な魔法が必要なため実現できないと言われていた映像魔法ですけど、魔力カプセルがそれを可能にしました」


 画面の正体と仕組みを、わざわざヤンが教えてくれる。

 ついに人間界惑星に、映像技術が誕生したのか。

 しかもそれが、魔力カプセルのおかげで。

 メルテムは歴史的な偉業を成したな。

 ますますファンタジー感はなくなっていっているけどね。


 城に到着した俺たちは、バルコニーに案内された。

 バルコニーには、パーシングら各国のお偉いが集まっている。

 退屈そうな村上の姿もあった。

 

 ここは、映像魔法によって、人間界惑星各地に配置された画面に映し出されている場所。

 ここで、元老院の全権を握った男が、民衆に向けて演説している。


「――そして、アルバーの反乱は終わった。だが我々は、多くの罪なき民と、敬愛すべき王を失ってしまった。このような事態を、決して繰り返してはならない」


 リシャールは声を張り上げることなく、淡々とした語り口調。

 だがそれでも、魔法の力が、多くの人間の耳へと彼の言葉を届けている。

 これから何が起こるのか、嫌な予感しかしない。


「アルバーの反乱は終わりを告げたが、魔界との戦いは終わっていない。皆も知っておろうが、先日、魔王は人間界惑星に対する総攻撃を宣言した。魔族は我々に、さらなる災厄をもたらそうとしているのだ。我々人間は、黙ってその災厄に呑まれる訳にはいくまい」


 その口調とは裏腹に、リシャールの言葉は一語一語、凄みが利いている。

 民衆も圧倒され、彼の言葉に耳を傾けぬ者はいない。


「幸いにも、我ら人間には、精強なる騎士団と艦隊、そして異世界者が味方している。皆がひとつとなれば、人間は強大な力を持つ魔族を打ち負かし、災厄をはね除けることができよう。しかし、それを指揮する人間は、果たして皆をひとつにできるか?」


 民衆はリシャールの演説にかじりついている。

 ヴィルモン王の次の言葉を、まだかまだかと待っているのだ。

 それゆえ広場は熱気に包まれ、民衆の関心が大きな渦となっている。

 きっと、映像魔法で演説が配信される世界中で、こんなことが起きているのだろう。


「共和国は次の戦に備え成立した歴史を持つ。ところが、その次の戦は2度も起こり、サルローナ王のような悪しき王、アルバーの登場と王殺しにより、共和国は機能不全に陥った。もはやその存在意義自体が、危ぶまれている」


 存在意義を危ぶませたのはリシャールなのだが、熱狂の中に正論は潰される。

 リシャールを止められる者は、この場には存在しない。


「存在意義なき共和国が、人間界をひとつにできるか? 否! 人間界をひとつとし、魔族という災厄をはね除けるには、さらなる強大な力を持った存在が必要だ! そこで、元老院から全権を委ねられたわしは、ひとつの決断を下した!」


 珍しいことに、リシャールの口調は大陸を震わせるかのように強い。

 これから彼の語る言葉は、おそらく、それこそがリシャールの目指したもの。

 多くの陰謀を組み上げ、ノルベルン人を筆頭に多くの人間を殺し、リナまでも殺し、共和国を有名無実にしてまで求めたもの。

 リシャールの野望が、叶おうとしている。


「今ここで、わしは共和国議長権限のもと、告示する! 人間界を守り、人間界の安定を維持するため、共和国はここに解体され、新たな帝国として再編されるのだ!」


 民衆が、いや、世界が静まり返った。

 共和国の終焉と帝国の誕生に、誰もが困惑し、この出来事を正しく認識できない。

 

「て、帝国万歳!」


 広場に最初に響いたのは、そんな言葉である。

 人というのは、選択に困った場合、他人の意見に従うものだ。

 どこの誰が発したとも知れぬ、帝国を支持する言葉が、民衆の意思を決定した。


「そうだ! 帝国万歳!」

「新帝国万歳!」

「帝国! 帝国! 帝国!」


 果たしてどれだけの人間が、新帝国の成立に賛成しているのか。

 それは分からないが、少なくともヴィルモン王都の民衆は、反対していない。


「強き帝国が、皆をひとつとし、魔族という災厄をはね除ける! それだけではない。帝国は、人間は、永遠の平和を手に入れるのだ! 皆の衆、次の世代のため、次の次の世代のため、未来永久の平和を手に入れるため、魔族を殲滅するのだ!」


 ようやくリシャールの野望が明らかとなった。

 彼は帝国という強大な力を手にし、魔族を滅ぼすのが狙いだったのだ。

 そのための犠牲など厭わない。

 全ては彼なりの、永久なる平和のための犠牲なのだから。

 

 リシャールの確固たる決意と野望は、彼の言葉に一切の嘘偽りを持たせない。

 ゆえに、民衆は彼を信じ、彼に忠誠を誓う。

 では新帝国は全てを支配したのかというと、そうではない。

 少なくとも俺は、帝国に忠誠を誓いはしない。

 そしてパーシングも、忠誠を誓わない。


「リシャール陛下! お言葉ですが、共和国の解体は支持できません!」


 ついに真っ向から、リシャールに楯突くパーシング。

 しかし、万雷の拍手に包まれたリシャールは、その程度のこと意に介さない。

 リシャールはいつものように、ポーカーフェイスのまま、言った。


「パーシング君、まさか君が、わしに意見するとは。まあよい、以降もそうしたまえ。わざとらしい太鼓持ちは止めることだ」


 自分の正体を、リシャールはどこまで知っているのか。

 講和派勢力の存在をどこまで知っているのか。

 それも分からぬのに、ここで暴れる訳にはいかない。

 おそらくそう考えたであろうパーシングは、すぐに黙り込んでしまった。


「王は全て、皇帝であるわしに忠誠を誓ってもらう。もし断るのならば、強制的に忠誠を誓ってもらうことになる。人間界の統一のためならば、騎士団も動いてくれよう」

 

 国民を人質に取った卑劣な脅し。

 これにはどこの王も、従わざるを得ない。

 新帝国の支配が着々と進んでいく。


 各国の王を降したリシャールの視線は、ついに俺と村上に向けられた。

 彼は俺たち異世界者をも、降そうとしているのだ。


「ムラカミ君、君は従ってくれるね」

「……気に食わねえ。もう少し考えさせろ」

「そうか」


 意外なことに、村上はリシャールに簡単には従わない。

 気に食わないという言葉からも、一定の反抗心が見える。

 悔しいが、村上がちょっと頼もしい。


「では、アイサカ君はどうだ? わしに従うか?」

「…………」

「よく考えろ。君はわしのおかげで、追放を免れた。わしがいなければ、君は今も魔族の手下だ。それがどういう意味か、分かっておろう」

「……今すぐに答えは出せない」


 俺の引き延ばしに、リシャールが小さく笑う。

 まるで、俺たちを小バカにするように。


「どうせ答えは決まっておろう。良い返事を待っているぞ」


 それだけ言って、リシャールはバルコニーを後にした。

 残されたのは、俺たちと、共和国の残骸と化した王たちのみ。

 新帝国への反抗心は、民衆の熱狂にかき消される。

 人間界惑星暦3516年2月23日、共和国は終焉し、新帝国が成立したのだ。

 

 ところがこの状況で、ただ1人、可笑しそうにする変人がいた。

 ニタリとした笑みを浮かべる、ヤンだ。

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