第127話 イヴァン救出作戦
血に汚れた会議室。
生き残った者たちは、この〝事件現場〟から続々と逃げていく。
「マモル殿、ヤン、イヴァン陛下は任せたぞ」
パーシングも俺たちにそれだけ言って、祖国に帰ってしまう。
彼は表向き、リシャールの腰巾着でしかない男だ。
こういった局面では、大人しくリシャールに従うほかないのである。
だから俺たちが、きちんとしなくちゃならない。
会議室に残っているのは、リシャールとイヴァン、そして俺たちのみ。
数千人の暴徒は、刻一刻とこちらに向かってきている。
2人の王も、ようやく避難を開始しようとしていた。
「イヴァン君、護衛は騎士団が行うが、どこに逃げる気かね?」
「王が逃げては、国民は誰を頼る。予は国内に留まり、この騒動を鎮める義務がある。王都近郊の要塞で、暴徒鎮圧の指揮を執るつもりだ」
「そうか。では小型輸送機の準備を」
いちいち言動が頼もしいイヴァン。
なんで彼に対して暴動が起きるのか、まったく理解できない。
これだけ有能な王様なら、少なくともあと十数年、ノルベルンは安泰だろうに。
「ああ、言いそびれていたが、採決の結果、元老院は異世界者追放の取り消しを承認する。アイサカ君は、一度マグレーディに戻ってくれ。ノルベルンを救うためにも、君の力と船が必要だ。ムラカミ君、君はわしの援護を」
人間界惑星を逃げたあの日から9ヶ月、ついに俺の追放が取り消された。
本来なら狂喜乱舞するべき場面。
ところが今は、そうそう喜んでいる場合ではないのが残念だ。
リシャールに良いように使われているような気がしないでもない。
何れにせよ、イヴァンは救わないと。
その後、俺たちはリシャールとイヴァンを小型輸送機のもとまで護衛した。
すでに日は沈んでいる。
リシャールは村上とリュシエンヌ、大臣や外交官、そしてテロリストの捕虜を乗せ、ノルベルンを去った。
一方でイヴァンは、騎士団に守られ別の小型輸送機に乗り、飛び立っていく。
単にテロリストから逃げるだけなら、イヴァンの護衛はこれで十分だ。
「で、俺たちはどうする。リシャールの言う通り、マグレーディに帰るのか」
「そんな訳ないじゃないですかぁ」
だろうね。
イヴァンを狙うのはテロリストだけでなく、リシャールもだ。
あのリシャールが、見す見すイヴァンを逃すとは思えない。
「じゃあどうする。イヴァンは騎士団と一緒に小型輸送機に乗っちまった。このままだと離ればなれだぞ」
「大丈夫です、ちゃんと作戦はありますから。ともかくアイサカさんたちは、自分たちの小型輸送機でイヴァン陛下を追ってください」
「……お前の言う通りにするよ」
ヤンは何か、一計を案じているらしい。
その内容までは分からないが、今は彼に従うべきだ。
俺たちは早速、武装した小型輸送機に乗り込み、再び地上から飛び立つ。
後はしばらくの間、イヴァンの乗る小型輸送機から離れなきゃ良いのだろう。
「あの、アイサカ様。変じゃないですか?」
小型輸送機に乗り、座席に座った途端、ロミリアが首を傾げた。
イヴァン護衛作戦に関する疑問だろうか。
「どうした?」
「小型輸送機は、共和国艦隊の管轄です。なのになんで、騎士団がイヴァン陛下を護衛するんですか? 騎士団はヴィルモンに支配されていますし、陛下が危険なのでは?」
「……確かにそうだ。おいヤン、そこら辺はどうなってる?」
ヴィルモンにべったりの騎士団が、イヴァンのすぐ近くにいる。
しかも、密閉された空間で。
……明らかにマズい。
「ロミーちゃんの言う通りですねぇ。今のイヴァン陛下は、いつでも殺される状態です」
「おいおい、そりゃヤバいだろ」
「ヤバいですけどぉ、ヤバくないです」
「はあ!?」
何を言っているんだ、コイツは。
ヤンの考えていることがまったく分からない。
一応、ヤツのことだ。
信用する価値はあるだろうが、不安は尽きないぞ。
「詳しいことは後で説明しますよぉ。ほら、イヴァン陛下の乗った小型輸送機を追ってください」
こうなりゃ仕方ない。
なんやかんや、信用できるのはヤンだけだ。
引き続き、彼の言う通りにしよう。
「ガルーダへ、こちら相坂」
《お、そろそろ通信が来る頃だと思ってたぜ。イヴァン陛下の乗った小型輸送機の件だろ。良い感じに追跡中だ。対象の位置はそっちのパイロットに伝える》
「……なんで、そのことを知ってるんです?」
《さっきフードから連絡があった。イヴァン陛下を追跡しとけってなあ》
「は、はあ……」
フードがフォーベックに連絡を?
あいつ、知らないうちにこの作戦に参加してたのか。
複数人いたり剣の腕が強かったり、フードって何者なんだろう。
ヤンなら正体を知ってるかもしれん。
「なあ、フードってなんなの?」
「……もうそろそろ教えても良い頃ですかねぇ。フードの正式名称は、ガーディナ王立諜報機関フード。主に諜報活動を任務とする特殊部隊です。部隊の名前の通り、隊員は全員がフードを被っているのですが、これは世間に顔が知れるのを防ぐためなんですよ」
「フードって個人名じゃなく、部隊名だったのか」
「その通りです。ついでにぃ、フード部隊は諜報活動中、当然フードは被っていません。だから知らぬうちにアイサカさんも監視されてる……かも」
なんと、フードってガーディナの諜報機関だったのか。
ということは、よく俺の前に現れるアイツは、諜報員の1人だったと。
CIAやMI6みたいな組織が、ガーディナにもあったのね。
どうにもパーシングの情報網と裏工作がきちっとしてる訳だよ。
まさか未だに、俺の知らない情報が出てくるとは。
だが今日は、地球が同じ世界という最大の驚きがあった日。
おかげで俺の反応も、薄くなってしまっている。
「あんまり驚かないんですね、アイサカさん」
「詳しくは後で言うけど、今日はいろいろあったんだ。ここが異世界じゃなかったり、事実上タイムスリップしてたり、佐々木が死んだり、久保田が魔王になったり、ジョエルが味方になったり」
「なんかとてつもないことを、すごくあっさり聞いた気がしますねぇ。今、ジョエルが味方になったって言いました?」
「言った」
「ジョエルって、佐々木の使い魔で、レイモン大臣に憑依した、あの人ですよね?」
「ああ。ただし、もうアイツは佐々木の使い魔じゃない。レイモンに憑依するフライングスピリットだ」
「レイモン大臣の記憶は、持ってるんですよね?」
「当然」
やたらとジョエルの話に興味を持つヤン。
俺の返答に彼はいちいち口角を上げ、ニタニタとしている。
そしてそのまましばらく、考え事に耽ってしまった。
何を考えているんだ、コイツは。
「……良いこと思いついちゃいましたぁ」
細められた輝く瞳、ニタリではなくニコリとした口。
全ての霧が晴れたような、開放感と喜びの笑みを浮かべるヤン。
おそらく俺が見たヤンの中では一番、清々しく爽快で、無邪気な笑みだ。
見た目が女の子なだけあって、とても可愛らしい。
だが、ヤツのことだ。
無邪気な笑みとは裏腹に、思いついたことの内容は、きっとリシャールの野望を打ち砕く策略なのだろう。
あえて俺は、何を思いついたのか聞かなかった。
ヤンも思いつきの内容を話すことはなかった。
リシャールの野望を打ち砕く策略は、未だヤンの脳から出てくることはない。
「アイサカ様! あれ見てください!」
イヴァンを追い続ける最中、窓の外を見ていたロミリアが、唖然とした様子でそう叫ぶ。
何があったのかと、俺も窓の外に視線を向けた。
すると、彼女が唖然としている理由が分かる。
太陽が沈み、夜に包まれたノルベルン王都。
普段は活気溢れる街並が広がっているのだろうが、今日は違う。
街の至る所から火の手が上がり、暗闇の空が赤く焦がされている。
ただの火事ではない。
数千人の暴徒が、破壊衝動に駆られて放火した結果だ。
空から見下ろすノルベルン王都は、半ば無法地帯と化している。
「ひどいな……」
もはやそんな言葉しか浮かんでこない。
暴徒は革命をやっているつもりなのだろうけど、あれは破壊でしかない。
こんなヤツらを支援するリシャールは、どうかしている。
しばらく地上を見ていると、建物の隙間から空に向かって、一筋の光が見えた。
たぶん、魔法の使える暴徒が放った攻撃魔法かなんかだろう。
攻撃魔法だとしたら誰を攻撃したのかと、魔法の軌道を追ってみる。
追ってみた結果、俺は大いに焦ることとなった。
「お、おい! イヴァンの乗った小型輸送機が攻撃されてるぞ!」
イヴァンの乗る小型輸送機は、なぜだか低空を飛行し、暴徒の放つ攻撃魔法に晒されている。
まるでわざと攻撃されに行っているようだ。
暴徒の狙いがズレまくってるから助かっているが、あれじゃいつ落とされるか分かったもんじゃない。
まさかこれも、リシャールの作戦か?
イヴァンの危機を、黙って見過ごすわけにはいかない。
なんとか助けないと。
「パイロット、司令からの命令だ! 地上の暴徒を攻撃!」
「了解しました」
俺の命令に従い、パイロットはすぐさまエンジンを吹かす。
そして暴徒に向けて、機体を一気に降下させた。
眼下に広がっていた王都の街並は、徐々に近づいてくる。
機内重力装置がなければ、凄まじいGに押しつぶされていたことだろう。
こっちは武装した小型輸送機だ。
空からの魔法掃射を行えば、暴徒の攻撃を止めるぐらいのことはできる。
相手が民間人だからって、人を殺そうとする相手には容赦しない。




