第126話 議会襲撃
リシャールはポーカーフェイスのまま、話を変えた。
もう俺の相手をしても無駄と踏んだか。
「では、異世界者追放取り消しの採決に移ろうと思う。だがその前に、異世界者を火あぶりとする動議の採決をとりたい。賛成の者は手を挙げたまえ」
一応、提出されたからには採決をとるのね。
結果は分かりきっている。
賛成に手を挙げたのは、さっきの危険な王様1人だけだ。
「反対の者は?」
危険な王様以外の全員が、すぐさま手を挙げる。
これ以外の結果が思いつかない。
「採決の結果、異世界者の火あぶりを否決する」
「なぜ分からんのだ! 異世界者は魔族と同じなのだ! 即刻火あぶりを!」
「静かにしたまえ。大声を出せば愚かな意見も通る元老院議会ではないぞ」
「……!」
そろそろ血管が切れるのではという程に赤くなった危険な王様。
対して、氷のように冷たいリシャールの言葉。
勝者はリシャールである。
危険な王様の煮えたぎる思いは、リシャールの冷たい言葉に凍らされてしまったようだ。
「うむ。それでは、異世界者追放取り消しの採決をはじめる。賛成の者は手を挙げよ」
こんなに緊張しない採決ははじめてだ。
この流れで、賛成に手を挙げない王様はほとんどいないだろう。
ただでさえリシャールに目をつけられたくないのに。
元老院出席者は24人。
賛成に手を挙げたのは、リシャールとパーシング、イヴァン、そしてセルジュ陛下ら19人。
ヴィルモン派閥の王様たちは、なんやかんや全員が手を挙げた。
傀儡国家のグラジェロフも当然である。
「次に、反対の者は手を挙げたまえ」
手を挙げたのは、危険な王様1人だけ。
賛成にも反対にも手を挙げなかったのは、サルローナやシェンリンなど4カ国。
これで、人間界惑星における俺の立場は変わった。
「採決の結果、異世界者追放は――」
リシャールが結果を口にしようとしたその瞬間、ついにその時が来てしまう。
会議室の出入り口である、一切の装飾がない、巨大な扉。
そんな扉が、重さをなくしたのではないかと錯覚する程に、勢い良く開けられる。
そしてそれと同じ勢いで、ヘルメット姿の武装集団が突撃してきた。
「我らは『アルバー労働者闘争党』である! 革命のため、豚共は死ね!」
武装集団は部屋に入るなりそう宣言し、円卓に向けて弓を放った。
攻撃はそれだけに収まらず、攻撃魔法まで使って、各国の王様に襲いかかる。
突如として元老院を襲う暴力。
想定していたよりも苛烈な、テロリストの襲撃。
ともかく反撃しなくては。
「ロミリア! 片っ端から防御魔法を掛けるんだ!」
「分かりました! じゃあ、私は右の方を!」
「よし、俺は左だな! 村上は魔法で弓矢を撃ち落とせ!」
「てめえに言われなくたってやるよ!」
「リュシエンヌさんは――」
「やるべきことは分かっている」
なぜかは知らんが、護衛の兵士が少ない。
これじゃテロリストを排除できても、王様たちを守れない。
なら、俺たちが守るしかない。
出入り口付近には、すでにいくつかの死体が転がっている。
このまま王様を虐殺するなんて、許さん。
目についたヤツから防御魔法だ。
敵の攻撃魔法だけでも無力化しないと。
「アイサカさん、イヴァン陛下を守ってくださいねぇ。テロリストの最大の目標はイヴァン陛下ですから」
弓矢と攻撃魔法から身を守るため、円卓と椅子の間にかがみ込み、小さくなるヤン。
彼は特に焦った様子もなく、俺にイヴァンを守るよう言った。
なんでそんな落ち着いていられるのか不思議だが、今はそんな疑問なんてどうでもいい。
俺は急いで、イヴァンを探す。
確か彼は、円卓の左側にいたはずだ。
だからロミリアがすでに防御魔法を掛けた可能性は少ない。
いきなりの襲撃に、そこかしこから悲鳴が上がり、逃げまとう人で会議室は大混乱。
イヴァン1人を探すのも一苦労である。
数秒ほど辺りを見渡し、ようやくイヴァンを発見。
彼は円卓の横で倒れ込み、床を這いずり回っていた。
よく見ると、イヴァンの左脚に弓矢が刺さり、彼の歩行機能を奪っている。
歯を食いしばり、這いつくばってでも逃げているのだから、諦めてはなさそうで安心だ。
しかし、イヴァンはもはやただのけが人。
テロリストからすれば、最大の目標を殺すチャンスである。
ヤツらは容赦なく、イヴァンに向けて腕を伸ばし、攻撃魔法を放とうとしていた。
もはや条件反射だったんだろう。
イヴァンに防御魔法を、と思っていた時にはすでに、俺は防御魔法をイヴァンに掛けていた。
おかげでテロリストの放った炎魔法を防ぎ、イヴァンの命を助ける。
人の命を助けるのが条件反射って、俺も知らぬうちに境地に達してるようだ。
ただし、防御魔法による防御壁が防ぐのは魔法だけ。
物理攻撃に対しては無力である。
実際、テロリストどもは魔法が効かないと知るとすぐに、イヴァンに向けて弓矢を放った。
「人殺して調子のってんじゃねえ!」
村上の叫び声が会議室に響き、同時に突風が吹き付ける。
その突風に流され、王を殺そうとしていた弓矢は、明後日の方向に針路を変えた。
突風の正体は、村上の放った風魔法だ。
風魔法は弓矢だけでなく、引火した炎までをも消し尽くす。
良い判断じゃないか。
「へ! さすが俺! おい相坂、褒めろ!」
その調子に乗った言葉さえなければ、完璧だったんだけどね。
どうしても俺は、村上を素直に褒めたくない。
「敵はまだいる! 集中しろ!」
「褒めろつったら褒めろよ! だから友達いないんだろ!」
「戦いにも集中しないで、褒めろ褒めろだけ言ってくる友達なんかいらん!」
「てめえ、ホントにクソ野郎だな!」
はじまってしまった。
俺と村上の低レベルの喧嘩は、一度はじまると止まらない。
さすがに醜いという自覚はあるのだが、止められない。
「富を貪る豚共め! 我らの労働者の怒りの声を――」
「うるせえ! クソテロリスト共は黙ってろ!」
「こっちは取り込み中だ!」
もはやテロリストそっちのけの喧嘩である。
一応、手は止めていない。
きちんと俺はみんなに防御魔法を掛け、村上は弓矢や魔法による敵の攻撃を防いでいる。
やるべきことはやっているのだ。
俺たちが低レベルの喧嘩をしている間、気づけばテロリストが次々と斬り殺されていた。
共和国騎士団のエリート女騎士、リュシエンヌの攻撃である。
厳しい訓練と強い意志に磨かれた剣が、己の主張のためだけに人を殺す者共に、引導を渡しているのだ。
テロリスト共は、戦闘能力は高くないようである。
一気に間合いを詰められ、近距離戦に持ち込まれた途端、ヤツらは何もできなくなった。
慌てて剣を手に取った時には、もはやヤツらの意識は遠のいている。
テロリストの誰1人としてリュシエンヌを止めることはできず、自分たちの息の根が止められた。
1人、また1人とテロリストは減り、残されたのはリーダー格の男だけ。
「アルバー労働者闘争党と名乗ったな。己の破壊願望を革命と勘違いした愚か者め」
剣先を眉間に向け、リュシエンヌは女らしからぬ低い声で、男にそう吐き捨てる。
男はそんな女騎士の迫力に腰を抜かし、戦うことはおろか、立ち上がることもできない。
なんとかテロリストの襲撃を凌いだ。
だが、死者の数は多い。
見たところ、あの危険な王様を含める3~4人の王が殺されてしまった。
大臣や各国外交官を含めれば、数十人の死者。
負傷者はさらに多く、イヴァンのように歩くことすら困難な者も少なくない。
パーシングやリシャールも、かすり傷を負っている。
酷い状態だ。
「皆様! すぐに避難を! アルバー労働者闘争党が、数千人の暴徒を引き連れてこちらに向かっています!」
今さらになって現れた騎士が、最悪の情報を口にする。
テロリストが数千人の暴徒を引き連れているだと?
本気で暴力革命をやる気か。
「豚共め! これが我らの怒りだ!」
「黙れ!」
味方が近づいていると知った途端、テロリストの男は強気になる。
こんなヤツらが率いる集団、革命が成功しても国は滅ぶぞ。
「全員、ここから逃げよう。イヴァン君は、騎士団が護衛する。さあ、早く」
「リシャールの言う通りだ! 外に輸送機が待ってる! 遺体や負傷者は、各国が責任を持って運べ!」
どんなに最悪な状況でも、本当に有能な王ってのは落ち着いている。
混乱する元老院義会を、リシャールとイヴァンがすぐにまとめ上げた。
イヴァンに至っては重症にもかかわらず、部下に支えられ、指揮を執ろうとしている。
ノルベルン王として、騒動の責任を取ろうとしているのだろうか。
2人のおかげで、迅速に避難がはじまった。
「ロンレンさん、大丈夫ですか?」
「ボクは大丈夫。ロミーちゃんこそ平気? 辛くない?」
「……ミードンやアイサカ様がいるから、大丈夫です」
「無理しないでね」
幸いなことに、ヤンは無傷だ。
体だけでなく、メンタルまで無傷なのがすごい。
ロミリアなんかは、この異常状態を必死で堪えているが、それが普通のはず。
見た目だけは可愛らしい女の子を、この状況で維持するなんて、おかしい。
「アイサカさん、まだ戦いは終わってません。もう少し手伝ってくださいねぇ」
立ち上がり、服に付いたほこりを払いながら、ヤンは俺にそう言って微笑む。
なぜ彼が微笑んでいられるのかは分からん。
だがそれより、戦いは終わってないとはどういうことか。
「イヴァン陛下の命を狙ってるのは、テロリストだけじゃないですから」
俺の耳元で、ヤンが囁く。
そうだ、テロリストの裏にはリシャールが存在する。
テロリストの狙いがイヴァンなら、リシャールの狙いもイヴァンなんだ。
なるほど、確かに戦いは終わってない。




