第125話 独擅場
各王様の主張の前に、リシャールの主張が行われた。
なぜ、異世界者の追放取り消しが必要なのか。
それを説明するのだ。
「まずはわしから主張する。過去の行動から見て、異世界者、特にアイサカ君に問題点は見つからない。追放理由はもはやないと言えよう。魔界との戦争に勝つためには、異世界者の力が不可欠だ。このまま異世界者を追放したままにするのは、愚かである」
淡々とした、しかし凄みを感じさせるリシャールの口調。
反対する者などいはしない、とでも言いたげだ。
実際、その方が俺にとって都合が良い。
「元老院が愚かな決定を下してはならない。だからこそ、わしは異世界者追放取り消しを提出したのだ。では、各々主張を」
賛成して当たり前、という空気が会議室を覆っている。
リシャールの言葉が、そういった空気を作り出したのだ。
そんな中で、王様たちがどのような主張をするのかは、予想がつく。
異世界者追放取り消しに関する、各王様の主張。
どこの国も、賛成なのか反対なのかよく分からない回答をしている。
王が追放され大臣が出席するサルローナですら、そうであった。
ただ、自分の主張をはっきりとした国もある。
「そもそも異世界者追放は間違いだ。異世界者追放は超大陸中央部への配慮でしかなく、人間界惑星の戦略的な理由は皆無だったからな。素晴らしきリシャール様は、それを正そうとしてくださっているのだ。俺たちが追放取り消しに賛成しないはずがない」
これはガーディナ王パーシングの言葉。
腰巾着を演じるため、彼はリシャールの太鼓持ちに徹している。
異世界者を利用する講和派勢力リーダーとしても、追放取り消しに反対する訳がない。
「異世界者は追放された後も、島嶼連合の件やヴィルモン王都の件で、人間界惑星を危機から救うのに大いに活躍してくれた。このことから、異世界者が人間界惑星にとって危険な存在でないのは明白。ノルベルンはアイサカ=マモルの追放取り消しに賛成する」
こっちはノルベルン王イヴァンの言葉である。
個人的には、追放取り消しの対象が俺だけなのが気になった。
確かに、人間界惑星の危機を救ったのは俺で、久保田ではない。
だから久保田の追放取り消しは保留ってことなのだろう。
なんとも理性的な判断だ。
今までなら久保田の追放も取り消せと思うところだが、彼は魔王になっちまったし……。
さて、ガーディナとノルベルンは、明確に追放取り消しを支持した。
ガーディナを含めるヴィルモン派閥は、リシャールの動議に反対することはない。
さらにノルベルンが支持を表明してしまっては、反対しようにもできない雰囲気がある。
しかしそれでも、強硬に取り消し反対を叫ぶ王様がいた。
「異世界者の追放取り消しなど、断固として反対だ! 魔族を敵とするならば、異世界者も敵とするのが筋! 邪悪な異世界者は、追放だけでは物足りない! 私は今ここに、異世界者を火あぶりの刑とする動議を提出する!」
旧ガーディナ派閥、現在では単なる反対勢力と成り果てた国の王様だ。
彼は顔を真っ赤にし、代案まで提出したが、俺は彼が何を言っているのか分からない。
他の王様も若干引いている。
アイツは俺を追放するかどうかって時も、火あぶりを主張していた記憶があるな。
もしかして危ない王様?
ともかく、反対勢力はそんなおかしな主張をする王様しかいない。
ほとんどの国の王様は、さっきも言ったが、賛成なのか反対なのかはっきりしない。
明確に賛成を表明した国は、ガーディナとノルベルン、他に4つほどの国ぐらい。
ところが驚いたことに、明確に賛成を表明する国がもう1国あった。
「えっと……我々マグレーディは、異世界者追放取り消しに賛成します。というのも……その……マグレーディでの異世界者は、とても大人しく、問題を起こしたことが1度もないという報告があるからです」
非常に歯切れ悪く、おどおどした様子でそう言ったのは、マグレーディ王セルジュだ。
あの暗愚の気配が漂うセルジェ陛下が、まさかはっきりと意見表明とはね。
主張の内容もきちんとしているし、驚きだ。
「エリーザ殿下とマリア殿下に、異世界者追放取り消しは絶対に賛成しろって、せがまれてましたからねぇ」
ふと、ヤンが微笑んだ口でそんなことを言う。
なるほど、それなら納得だ。
可愛い娘の言うことには逆らえないものね。
エリーザ殿下、マリア、ありがとうございます。
「僕たちはリシャールおじさんの言う通りにするよ!」
「そうか。ユーリ君は良い子だ」
「えへへ」
グラジェロフ王ユーリの主張は、もはや主張とは呼べない。
いや、幼いユーリが、完璧な主張などするはずがない。
彼は子供心に、〝優しい〟リシャールおじさんの〝良い子〟になろうとしているだけだ。
リシャールにとっての〝良い子〟が、操り人形であることも知らずにな。
あの時、俺たちが失敗しなければ、ユーリの隣にはリナがいたはずなんだが……。
24人の王様、もしくは大臣が、1人1人主張していく。
となるとやはり、結構な時間が掛かるものである。
この間にテロリストが襲ってくることもなく、特に差し迫った危機はない。
ミードンと村上が同時にあくびをし、俺もそれにつられてあくびをしてしまうぐらいだ。
「皆の主張はこれで一通り出たか。では、せっかくだ。ムラカミ君、君は異世界者追放取り消しに関して、どう思うかね?」
リシャールによる、まったく想定外の質問。
どう考えても真面目に話を聞いていなかった村上は、これにどう答えるのか。
単純バカだから、大した主張なんかしないと思うが。
「俺? 俺は、そうだな……。アイサカは根暗なクソ野郎ボッチではあるけど、悪いヤツじゃない。この俺が言うんだから間違いない。つうかさ、俺が追放されてない時点で、異世界者追放もなにもなくね?」
「もっともだ」
目を大きく開き、可笑しそうに笑うリシャール。
きっと、村上が思いのほかきちんとしたことを言ったのに、驚いているのだろう。
俺だって驚いている。
単純バカは単純バカ故に、たまに正しいことを言うのだ。
クソ野郎ではないが、根暗でボッチなのも否定できないし。
「アイサカ君、実は我が国の王都婦人会会長から、君に感謝の言葉が届いている。負傷者輸送作戦で、君と君の使い魔が治癒魔法で治療した女性だ。覚えているだろう?」
そういや、そんな人いたな。
冬月の日記の方ばかりに意識が行っていたから、すっかり忘れていた。
あのマダムもお偉いだったのね。
つうか、それがどうしたんだろうか。
「彼女は大変に危険な状態だったそうだが、君の早期の治療が功を奏し、一命を取り留めたようだ。今回の異世界者追放取り消しの動議に関しては、彼女が会長を務める婦人会も賛成してくれている。婦人会は少し前まで、追放取り消し反対だったのだがね」
ほうほう、俺の人助けが、回り回って自分に帰ってきたと。
まさに、情けは人のためにあらず。
ちょっと嬉しい。
「やっぱり、アイサカ様の優しさは、きちんと通じていたんですね」
まるで我がことのように喜び、そう言うのはロミリアだ。
彼女は俺の一部であり、俺は彼女の一部なんだから、我がことのように喜ぶのは当然なんだけどね。
でも、ロミリアが喜んでくれると、俺もなんだか嬉しい。
ロミリアの優しはきちんと、俺に伝わってるぞ。
「一部の愚か者を除き、君の追放取り消しを望むものは多い。これは、君が善行を重ねたからに他ならない。君は今や、わしも含め、多くの人間に期待される者となった。異世界者追放取り消しとなった際には、その期待に応えてくれたまえ」
まるで追放取り消しは決定済みのような言い分だな。
まあ、決定済みみたいなもんだけどさ。
しかし、多くの人間に期待されているなんて言われると、気分がいい。
俺を追放したヤツらが、俺を求めているんだから。
そんなことを思い、顔がにやけてきた頃、ヤンが肘でつついてきた。
油断をするな、調子に乗るな、冷静になれ、どういう意味かは分からんが、おそらくその全てだろう。
そう、相手はリシャールだ。
ヤツは俺を、懐柔しようとしているのだ。
リシャールの言葉に乗せられぬよう、注意しなくてはならない。
よく考えよう。
リシャールの狙いは、魔界との全面戦争だ。
それに勝つには俺が必要で、俺の追放を取り消す必要があるだけ。
婦人会ははじめ、追放取り消しに反対だった。
ところが俺が、あのマダムの命を救ったことで、賛成側に回った。
結果、リシャールにとって都合の良い状態が出来上がった。
単なる偶然とも考えられるが、負傷者の割当はヴィルモン政府が行ったはず。
こうなることをある程度まで予測して、リシャールがわざと、マダムをガルーダに乗せた可能性もある。
疑えばキリがないが、リシャールに対してはなんでも疑う必要がある。
「追放が取り消されても、俺はいつも通りにさせてもらう」
期待にお応えしましょう、なんて言ったら終わりだ。
それを言質に、行動を縛られてしまう。
人間界惑星での俺は、リシャールが悪と言えば悪となってしまう状態なんだ。
決して、リシャールに弱みを握られてはいけない。




