第114話 和平交渉の準備
全ての準備は整った。
村上もやる気満々。
俺たちはすぐに魔界惑星へと飛び立つ。
今回も村上を拉致した時と同じく、途中まではガルーダで向かう。
だが魔界惑星に入る際には、スザクに乗り換えるのだ。
マグレーディを出発してから約15分、魔界惑星まで30万キロの地点で、俺たちは小型輸送機でスザクに乗り換えた。
ここまでは確かに、村上を拉致した時と同じだ。
しかし今回は、あの時とは大きな違いがある。
1つはリナが不在なこと。
そしてもう1つが、俺たちを出迎えてくれた久保田が、変わり果てていたこと。
「村上さん、相坂さん、元気そうで何よりです……」
力のない小さな声を聞いて、その言葉を発したのが久保田だと、俺は信じられない。
久保田と別れてからまだ2週間だというのに、彼は別人のようにやつれていた。
頬はこけ、目に生気はなく、背筋は曲がり、肌は青白くなっている。
亡くした左腕もそのまま治療していないようで、ロミリアが止血したときのままである。
もはや亡霊のようだ。
「久保田……」
彼がなぜこうなったのかは、理解している。
愛する人を守ると誓いながら、守れず、死なせてしまった責任感と悲しみ、無力感。
それに加えて、これは俺の推測だが、グラジェロフ城を攻撃したのも、彼をこうさせた要因だろう。
正義感の強い久保田のことだ。
グラジェロフ城の攻撃で多くの人間を殺したことに対する後悔は、計り知れない。
久保田の苦しみは、きっと俺が理解するよりも遥かに大きいのだろう。
「えっと……また会えて良かったよ。左腕、大丈夫なのか?」
「あの時の痛みが、まだ残っています……」
「だったら治療をすれば――」
「この痛みは、忘れてはいけない痛みですから……」
これ以上、俺は久保田に話しかけられない。
俺はあのとき、彼を見捨てるような行動をとった。
裏切った友達という状態の俺に対し、魔王説得に協力してくれるだけでも感謝しないと。
リナを亡くしたことで、久保田は見るからに弱っている。
だがそれ以上に問題なのは、もしかするとルイシコフかもしれない。
彼は無表情で、一言も喋らず、焦点の合わない目をしていた。
もともと無口で無表情なルイシコフだが、その印象がさらに強まっている。
ルイシコフは久保田以上に、魂が抜けきった様子だ。
「おい相坂、久保田のヤツ、どうしたんだ?」
一方で何も知らず、アホ丸出しで超ビッグな人生勝ち組を目指す単純バカの質問。
少しは彼も気を遣えるようで、小さな声ではあるが。
「大切な人を亡くしたんだよ」
はっきり言って、そうとしか答えられない。
詳しい話をここで滔々とする訳にはいかないしな。
それに単純バカの村上なら、これで分かってくれるだろう。
「……そうか」
思った通り、彼はそれ以降、久保田のことを聞かなくなった。
空気の読めない村上も、人の悲しみを踏みにじるクソ野郎ではないのだ。
「アイサカ司令殿、クボタ司令殿、ムラカミ司令殿、ここからは我々が、あなた方を補佐する」
少し遅れて俺たちを出迎えてくれたトメキア。
彼女は何も変わらない。
最後に会った時と同じく、エルフ族特有の美しい、そして鋭い女性だ。
「これから、よろしくお願いします」
「今日この日をもって、戦争を終わらせてみせよう。だがその前に、魔界惑星の現状を簡単に教える」
出発前にエリノルが言っていたように、魔界惑星では彼女を頼る必要がある。
トメキアの話はきちんと聞かないと。
「先代の魔王様はすでに亡く、今いる魔王がササキであるという事実。これを知っている者は、私以外には、私の部下しかいない。つまり、全ての魔族は、魔王様の死を知らないのだ。これは、現在の魔王に先代の魔王様の権威を保たせるための処置である」
なんだか魔族を騙している気分だが、これは仕方がない。
魔王の正体が佐々木でしたなんてことになったら、魔王の権威はがた落ち。
いくら佐々木が終戦を宣言しても、いくつかの魔族が反抗する可能性がある。
戦争を終わらせるためには、魔王の正体が現在も、先代の魔王である必要があるのだ。
「次に、我々はすでに降伏文書の内容を決めている。これは、戦争の非を魔族の側とし、人間界惑星による防衛戦争の勝利を確約する文書だ」
「え? それってつまり、魔族は悪い戦争をはじめて、負けましたってこと?」
「そうだ」
「大丈夫なんですか? 魔族にはそれを受け入れないヤツもいるでしょ」
魔族の敗北宣言なんて、本格的な戦闘が起きていない現状で、全員が受け入れるか?
自分たちが悪人で、しかも敗北しましたなんて、普通は受け入れにくい内容だ。
いくらなんでも、そこまで魔族が卑屈になる必要はないだろ。
「安心したまえ。我々には、魔族という概念がそもそも薄い。エルフ族や龍族、ゴブリン族など、それぞれの種族はそれぞれの生命体であって、我々は魔族という1つの生命体なのだ、と考える者は少ない」
「ほお」
「ゆえに、いくら魔族が悪であり、敗北者だと言われても、それが自分たちのことであると考える者は少ないだろう」
ええと、俺は人間という生命体であって、ほ乳類という生命体だとは考えていないということか。
そう考えると納得できる。
ほ乳類は悪で、戦争に敗北しました、とか言われても、ピンと来ないからな。
「どうやらササキも、内政に関しては先代の魔王を踏襲しているようなので、こうした我々の概念は今も変わらない。降伏文書の内容に問題はない」
ここまで説明されて、俺も降伏文書に問題はないと判断した。
人間と魔族の概念の違いは、完全には理解できない。
だがその違いが、その生命体の思考や行動に大きく関わるのは理解できる。
人間である俺よりも、魔族であるトメキアの考えが正しいのは明白だ。
「魔族という概念がないのは、ササキさんからも聞いています。でも僕は、魔族という概念があっても良いと思うんです。むしろ、その概念がないから、魔族はいつまでたっても発展しない」
ふと、久保田がそんなことを言い出した。
呆れたような口調と言葉の内容に、俺は何か違和感を感じる。
久保田ってこんなに、厳しい人間だったか?
まあ、そんな久保田への違和感も、村上のせいで吹き飛んだがな。
村上はトメキアの話を、最初から退屈そうに聞いていたが、ついに我慢ができなくなったらしい。
「俺はビッグになるんだよ! さっさと佐々木の所に連れて行け!」
「む、村上殿、トメキア卿に失礼ではないか」
まったくリュシエンヌの言う通り。
今の村上の態度は、無礼千万、己の都合しか考えない愚か者そのまま。
しかし肝心のトメキアは、なんとも器の広い人だ。
説明を打ち切られても、小さく笑って、村上の言葉に答える。
「焦らずとも、魔王への謁見はすでに準備ができている。ササキも快く、面会を受け入れた。むしろ、ササキはあなた方に会うのを楽しみにしているようだ」
「へっ! 佐々木の野郎、そんなに俺をビッグにするのが嬉しいのかよ」
何を言っているのか分からない村上。
だがなぜ佐々木が、俺たちと会うのを楽しみにしているのかは分かる。
佐々木は今、元の世界に帰るため、俺たちが協力してくれるのを待っているのだ。
元の世界に帰りたいという佐々木の目的を利用するため、俺は考えがある。
いい機会なので、この場でトメキアに、その考えを言おう。
「そういえば、謁見の人数って決まってるんです?」
「いや、決まってはいない。だが事前に、3人の異世界者とその使い魔、そして私が参加することは通達している」
「もう1人だけ連れて行きたいですけど、大丈夫ですか?」
「問題はないが、誰を連れて行くのだ?」
「共和国研究所グループの科学者、メルテム=アヴィシャル」
「分かった」
元の世界に帰ることのみが、佐々木の目的。
ならば戦争を終わらせるには、彼が元の世界に帰れるような状態を作るのが望ましい。
そして佐々木の研究を大いに助けるであろう存在が、メルテムだ。
メルテムとの研究がはじまれば、佐々木は戦争を止めるだろう。
「戦争終結は目前だ。多くの種族もそれを望んでいる。今回の作戦、成功は間違いないだろう」
トメキアはそう言って、俺たちの前から消えていった。
彼女はホントに優秀な人だと、つくづく思う。
そんな優秀なエルフ族の長がいなくなると、俺は久保田に話しかけた。
「そういや久保田。佐々木についてはどれくらい知ってる?」
「大まかなことだけです」
「じゃあ、これ読んでおいてくれ。先代異世界者冬月の日記だよ」
「分かりました……」
相変わらず生気がなく、声も小さい久保田。
それでも俺に協力してくれる彼は、最高の友達だ。
ただ、あそこまでやつれている姿を見ると、心配である。
彼を心配するのは俺だけじゃない。
ロミリアもまた、久保田を心配する人の1人だ。
「大丈夫でしょうか、クボタさん」
「……分からない」
「あの……アイサカ様、言いたいことが――」
「何?」
「……やっぱり、言えません」
なんなんだ?
言いたいことははっきりと言ってほしいものだ。
でもまあ、ロミリアは話をするのが苦手だし、仕方ないか。
魔王――佐々木との謁見は目前まで迫っている。
この謁見が、戦争の未来を決定づけるのだから、テキトーにやるわけにはいかない。




