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第113話 最強の勇者とは

 2月22日は、俺の20歳の誕生日だった。

 まさか異世界で成人だなんて、誰が想像できただろうか。

 少なくとも俺は想像していなかった。

 

 成人は完全な大人への仲間入りを意味する。

 でもこっちの世界だと、男性の成人は16歳だ。

 つまり俺は、とっくに成人として扱われているのである。

 そもそも艦隊司令として多くの人間の命を預かってるのだから、大人への仲間入りとか今さらすぎる話だ。


 とはいえ、やはり20歳の誕生日は、俺の中では特別だった。

 特別だったのに、もはやそれどころではなくなった。

 誕生日の2日前、2月20日、用事ができてしまったのだ。


 サモドニアから帰還後、俺は冬月の日記に書かれていたことを、ヤンに説明した。

 魔王の正体、倒し方、復活の仕方など、全てをだ。

 このあまりにも重要な情報に、ヤンは変な笑いが止まらなくなる。

 変な笑いが止まらないまま、ヤンはその情報を講和派勢力に伝えた。


 2月17日だったか、講和派勢力は方針を大幅に転換する。

 俺と久保田、村上の3人で、佐々木――魔王に対し直接、終戦を呼びかけるというのだ。

 魔界ではトメキアの説得が順調に進み、半数の魔族が終戦に賛成しているらしい。

 人間界も、イヴァンや共和国艦隊ら穏健派の力がまだ残されている。

 魔王が終戦を宣言してしまえば、リシャールもそれを受け入れざるを得ないだろう。

 つまり講和派勢力は、一気に戦争を終わらせる方向に舵を切ったのである。


 最悪、魔王が終戦を宣言しない場合もある。

 その時は俺たち異世界者が、魔王を封印してしまえば良い。

 魔族という概念が薄く、完全に独立した各種族は、魔王が消えると協調性を失う。

 とてもじゃないが、戦争をする余裕はなくなるのだ。

 強硬手段による解決だが、ファンタジー世界の常套手段だな。


 しかし俺は、佐々木は終戦を宣言するような気がする。

 召還の間での彼を見る限り、彼の目的は元の世界に帰ることだ。

 目的達成を目前にして、戦争をやっている暇はないだろう。


 さて、その魔王に終戦を呼びかける日が、今日、2月20日なのだ。

 ただしこれは、村上を説得できた場合である。

 さすがに魔王を相手にするのだから、異世界者は全員が揃った方が良い。

 村上の説得なんて、正直なところ面倒だから嫌だけど。


 午前10時頃、エリノルと村上、リュシエンヌ、シュリンツ艦長がマグレーディにやってきた。

 目的は共和国艦隊マグレーディ駐留隊の訓練及び指導、というのは表向き。

 実際は、村上の説得及び魔王との和平交渉に向かうためだ。


「マモルちゃん、ロミリアちゃん、元気だった?」


 顔を合わせるなり、屈託のない笑顔で、手を振りそう言うエリノル。

 そんな彼女の隣には、口を尖らせる村上の姿が。

 リュシエンヌはいつも通り、背筋の伸びた美しい姿勢で、こちらに会釈する。

 唯一シュリンツ艦長だけは、フォーベックのところに向かったためこの場にはいない。


「この通り、微妙に元気ですよ」

「ご無沙汰してます」

「フフン、いよいよね。遂にこの時がきたわ」

「……あの、いい加減に説明してくれません? なんで俺が、相坂と会わなきゃいけねえんです?」

「それはマモルちゃんが教えてくれるわ」

「はあ?」


 もしや村上は、何も伝えられてないのか?

 つうか、俺が伝えるのか?

 

「ほらマモルちゃん、マサキちゃんに説明」


 どうやら俺が伝えなきゃいけないようだ。

 ああもう! どこから説明すりゃ良いのか分からん!

 めんどくさい、めんどくさい!


「……ええとだな、まずはこの日記の、39ページと108ページ、325ページ、327ページを読んでくれ」

「なんだこの日記」

「先代異世界者の冬月が書いた日記。いいから読め」

「おお! 日本語じゃん! どこで見つけたんだこれ」

「さっさと読め!」

「どれどれ……未来で相坂と会った!? マジで! ……え! 魔王ってこんな簡単に倒せんのかよ! マジ肩透かしなんだけど。……はあ!? 佐々木さんがカワカミを殺した!? 佐々木さんが魔王!?」


 思いのほか素直に日記を読む村上だが、いちいち驚きの声を上げるのがウザい。

 村上がどこまで読んでるかがすぐに分かるから良いが、イライラする。

 まったく、エリノルはなんでこう、面倒なことを俺にさせるのか。

 せめて日記の内容ぐらいは、事前に説明しておいてほしかった。


「やべえ、これマジか!?」

「マジだ」


 単純バカな村上は、衝撃の真実に対しても単純な反応を示している。

 彼の驚きの表情はもはや、子供の落書きのようだ。

 なんとも分かりやすい。

 村上の使い魔であるリュシエンヌもまた、日記の内容を知り、唖然としている。

 2人も佐々木とは顔を合わせているからな、驚くこと自体は当然の反応か。


「で、これを俺に教えるのが、てめえと俺が会う理由か?」

「いや、本題はこれからなんだ」

「まだなんかあんのか?」


 だいぶテンションの上がった村上は、俺の話に興味を持ってくれている。

 今までにないこの状況に、俺は少しだけ困惑しながら、話を続けた。


「エリノルさんから、共和国艦隊第4艦隊が超大陸中央部で演習している間、お前はやることがないって聞いた。だからその間に、というかこれから、魔王に戦争を終わらせてくれるよう、一緒に説得しに行こう」

「……それ、これから魔王のところに行くってことか?」

「そう。最悪は魔王との戦闘になる。久保田も協力してくれる。だから頼む」


 先ほどの日記を読んでいた村上の反応から、彼は魔王を倒す自信がある。

 だから必ず良い返事が帰ってくるだろう。

 そう考えていた時期が、俺にもありました。


「いやだね。俺は魔王を倒したいんだ。魔王の説得なんて御免だ!」


 もう、開いた口が塞がらない。

 コイツは何を言っているんだろうか。

 ロミリアがいなけりゃ、1発ぐらいならぶん殴ってたぞ。

 まあ、ちょっと説得のやり方を変えよう。


「……お前、夢はビッグになることだったな」

「そうだ! 俺は超ビッグになって、最強の人生勝ち組になるんだ!」

「……だ、だから、魔王を1人で倒したいんだろ?」

「ああ!」


 やたらと力をこめて、バカっぽいことを宣言する村上。

 呆れるばかりの俺だが、この調子ならなんとか彼を説得できそうだ。


「超ビッグなヤツってさ、戦わなくても相手に勝てるヤツじゃないのか?」

「は?」

「よく考えてみろ。数多の勇者たちは、苦境を乗り越え魔王を倒し、戦争を終わらせた。でも、大した苦境もなく、戦わずに魔王を降伏させたら? そいつの方が最強じゃね?」

「……そうだな」

「いいか村上、お前の目の前にそのチャンスが転がり込んできたんだ。魔王を説得し戦争を終わらせれば、魔王を倒さなきゃ戦争を終わらせられない勇者たちより最強になれる」

「戦わなくても魔王に勝つ、最強の勇者……」

「最強の人生勝ち組って、そういうヤツのことを言うんじゃないのか?」

「…………」


 さあ、これでどうだ。

 俺の話を聞いて、村上は長く沈黙しはじめた。

 単純バカなら、こんな美味しい話に乗らない理由がないだろ。

 

「……よし! さっさと魔王を説得しに行くぞ! 戦争は今日で終わりだ!」


 しばらくの沈黙を打ち破った、明るく希望に満ちあふれた口調での村上の答え。

 さすがは村上だ。

 こんな簡単に手の平を返し、俺の手の平で踊ってくれるなんてな。

 リシャールがコイツを追放対象にせず、利用したのも納得である。

 

「リュシエンヌさんも、良いですね?」

「ムラカミ殿が決めたことだ。私はムラカミ殿に従う」

 

 予想通りの、リュシエンヌによる真面目な回答。

 アホ丸出しの村上の回答と比べると、なんてお行儀のいいこと。

 ロミリアもリュシエンヌも、異世界者の使い魔はホントに頼りになる。


「やるわね、マモルちゃん。それじゃ、早速出発よ。私はここに残るけど、向こうに到着したらトメキア卿がいるから、安心して良いわ」

「分かりました」


 どうやら講和派勢力は、全ての準備を終わらせているようだ。

 村上の説得は、準備の最終段階だったということか。

 できればそれもやってほしかったぞ。

 なんで最後の最後を、俺にやらせたんだ。


「魔王の説得……緊張します」

「俺もだよ。でもまあ、久保田と村上がいるんだ。なんとかなるさ」

「そうですね。でも……やっぱり……」


 緊張と不安に包まれるロミリアの心情は、俺も理解できる。

 これから魔王と直接に面会、説得するんだ。

 相手が佐々木だから話は通じるだろうが、やはり俺も不安でいっぱいだ。


「これで俺は超ビッグだ。さっさと行くぞ相坂! 魔王を説得だ!」


 対してなんだ? あの村上のテンション。

 もともと付いていけないようなヤツだったけど、いよいよ理解不能。

 もはやあいつを連れて行っていいのかとすら思ってきた。

 

 まあともかく、遂に俺たちは、戦争を終わらせる段階にまでやってきた。

 ここで失敗すれば、いろいろと面倒なことになるだろう。

 何がなんでも佐々木を説得し、戦争を終わらせないとならない。

 俺の決意を見せてやるんだ。

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