表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/178

第106話 サモドニア島

 現地時間午後5時6分、共和国艦隊とガルーダはサモドニアに到着した。

 港には、サモドニア総合病院の馬車や小型輸送機が待ち構え、負傷者を乗せていく。

 ガルーダに乗っていたマダムたちや子供たちも、決して例外ではない。

 治療を急ぐ必要がある会長が小型輸送機に、その他の人たちが馬車に乗った。

 わずか2時間の付き合いだったが、負傷者たちとはこれでお別れだ。


「あの……私たちをここまで連れて来てくださり、ありがとうございます。会長の命も救っていただいて」

「ありがとうございます!」

 

 去り際、1組の親子が俺にそう言ってきた。

 未だ俺を信じきれず、しかし素直に感謝の言葉を口にする母親。

 純粋な笑顔で〝ありがとう〟を口にする息子。


「い、いえいえ、当然のことをしたまでです」


 ヴィルモンの一般人から感謝されるのははじめてだ。

 さっきまで警戒されていたのもあって、俺は動揺してしまった。

 動揺したせいで、月並みなことしか言えなかった。

 なんだか、こんなに嬉しいのは久々だ。


「良かったですね、アイサカ様」

「ニャーム」


 そう言うロミリアとミードンだが、彼女らもまた嬉しそうだ。

 年相応の、無邪気な笑みを俺に向けてくるロミリア。

 俺も自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 さて、負傷者輸送は終わった。

 ここからが俺たちの、本当の仕事だ。

 24時間以内に、スチアの家族と出会い、冬月の隠れ家を探すという仕事。

 時間があまりないので、急ごう。


 案内人であるスチアの家族とは、サモドニアの別の小さな港で待ち合わせの予定。

 そこからスチア家の小型輸送機で、まずはガランベラ諸島に向かう。

 ガルーダの小型輸送機を使わないのは、共和国艦隊に睨まれたくないからだ。

 約束の港までは徒歩で向かうことにした。

 

 港への道のりは、サモドニアのビーチを沿う形になる。

 さすがはリゾート地、太陽が傾いたこの時間になると、そこかしこでパーティーが開かれていた。

 おそらくは海水浴からそのままパーティーに参加しているのだろう。

 水着に何かを羽織った程度の、肌を露出した男女が多い。

 休暇を楽しむファミリーや老夫婦もいるにはいるが、若者がほとんど。

 戦争中だっていうのにパーティーで騒げるなんて、俺の知らない世界だ。


 違う世界なんていくら見ていたって気が滅入るだけ。

 知っている世界だけ見ていよう。

 まずは、ロミリアとスチアの会話でも聞いてみるかね。


「サモドニアのビーチなんて久々に来るよ。懐かしいな~」

「スチアさんは、この辺りが出身地ですもんね」

「うん。小さい頃はよく来たし」

「いいですね、楽しそうです」

「楽しかったよ。女にちょっかい出す男をぶっ飛ばしたり、夜中に花火ではしゃぐヤツらをぶっ飛ばしたり、たまに襲ってくる魔物をぶっ飛ばしたり、捨てられたゴミを捨てたヤツにぶっ飛ばしたり――」

「それ、楽しいんですか!?」

「楽しかったし、懐かしいな~」


 どうやら俺は、聞くべき会話を間違えたようだ。

 ロミリアがいるから忘れていたが、スチアも俺の知らない世界の一角だ。

 スチアの話に、ロミリアも微妙に引いている気がする。

 仕方ないので別の会話でも聞こう。


「わぁ~、ここはまるで天国ですねぇ」 

「おいおい、軍師さんの視線の先が女ばっかりなのは、俺の気のせいか?」

「さすがはフォーベックおじさん、分かっちゃいますか」

「そりゃ俺ほどの軍人の目は誤摩化せないぜ。軍師さんもやっぱり男の子だなあ。ヘッヘッヘ」


 ヤンとフォーベックの会話は、まあまあ常識的だ。

 難点は、やはりヤンの女好きだろう。

 彼にとって、浮かれた若い水着女性がはしゃぐこの場所、文字通りの天国だろうな。


 つうか、なんでヤンが付いてきたんだ。

 フォーベックはスチア一家と顔見知りで、挨拶したいという理由があるから良い。

 でもヤンには理由がないし、そもそもサモドニアに来ること自体がおかしい。


「ねえアイサカさん、突然ですけど、今日一晩は休暇をもらいますねぇ。それじゃ、任務頑張ってください」


 はあ?

 もしやそれが、ヤンがサモドニアに来た理由か?

 だとしたらアイツ、女の隠れた脅威だけあって、〝いろいろ〟と満喫するつもりだろう。

 軍師としてそれってどうなんだ……。

 

「勝手にしろ」


 とはいえ、ヤンを止める理由もない。

 俺にはそれしか言えない。

 直後、日常を忘れた人々が織り成すパーティーの波に、ヤンは消えていった。


 対して俺たちは、しばらくビーチ沿いを歩き、小さく簡素な港に到着した。

 港には旧式の小型輸送機が1隻、静かに佇んでいる。

 濃いグレー1色の共和国艦隊仕様とは違い、森林迷彩が施された小型輸送機。

 そしてその側には、2つの人影が。

 

「ママー! パパー! 連れてきたよー!」


 大声で手を振るスチアに、人影2人が手を振ってきた。

 この状況から、あの2人がスチアのお母さんとお父さんであるのは間違いないだろう。

 あのスチアの両親だ。

 どんな人たちなのか、非常に興味がある。

 自然と俺は、小走りでスチアの両親のもとに向かっていた。


「はじめまして、ローン・フリート司令の相坂守です。よろしくお願いします。彼女は俺の使い魔のロミリア」

「ロミリア=ポートライトです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくです。私はスイル、こちらが夫のトミン。娘がいつもお世話になっています」

「いえいえ、お世話になっているのはむしろ俺の方でして」


 スチアのお母さんであるスイル。

 俺の想像していた人物像とは大きく違った。

 小麦色に日焼けした顔は、茶色い髪に半分が覆われ、その隙間から大きな傷が見える。

 身長は高く、スタイル抜群、スチアのお母さんだけあって美人だ。

 しかしスチアのお母さんとは思えないぐらいに、口調がとても柔らかい。

 表情も温和で、優しそうなイメージである。

 

 スチアのお父さんであるトミンは、スイル以上に予想外だった。

 赤道直下らしい日焼けした肌、活動的な短髪、丸い輪郭、糸のような細目、笑った口。

 見た目的にはガイドさんみたいな人だ。

 案内人らしい案内人である。


「久々だなあ、スイル。元気そうで何よりだ」

「フォーベック艦長こそ、いつも通りの調子で安心よ。スチアが迷惑かけてない?」

「スイルが戦闘部隊隊長の頃よりは迷惑被ってるが、面白いから気にしちゃいねえな」

「そう。それなら良かった」


 旧知の友であるフォーベックとスイルの会話。

 実はガルーダ戦闘部隊隊長、スチアの前任がスイルだったのだ。

 スイルが世界を旅したいと言って、ガルーダの戦闘部隊隊長を娘のスチアに任せたらしい。

 さすがはガルーダの元乗組員、アバウトである。


「トミンも元気そうだなあ。お前、よくスイル相手に元気でいられるもんだ」

「ここ最近は怒られていないからね。元気で当然だ」

「ヘッヘッへ」

「で、フォーベックさん、釣りの方は?」

「トミンに言われた通りのやり方するようになってから、ばんばか釣れる」

「だろ。それが本場の漁師の技さ」


 フォーベックはトミンとも仲が良いのか。

 スチア一家って、フォーベックと深い関係があるんだな。

 まあ、そりゃそうか。

 17歳のスチアに戦闘部隊隊長を任せるなんて、それなりの信用がないとあり得ない。

 いやはや、最初の挨拶が和やかな雰囲気で良かったよ。


「じゃあママ、パパ、さっさと行こ」

「そうね。時間制限があるらしいし、急ぎましょう。それにしてもあなた、久々に会ったのに、あんまり背が伸びてないわね。胸は大きくなったけど」

「それがどうしたの?」

「親だから、娘の発育が気になっただけよ。さ、司令さん、小型輸送機に乗って」


 いつもは鬼のようなスチアも、ちゃんと両親がいるんだ。

 しかもこんなに優しそうな両親が。

 鬼だの軍神だのと呼んでるけど、スチアはやっぱり、普通の女の子だよ。


「どこの家族も、あんまり変わらないんですね」

「ニャーム」


 おそらく俺と同じで、スチアの家族が自分の想像と違ったのだろう。

 ロミリアが小さな笑みを浮かべながらそう言った。

 彼女のお母さんは、マグレーディで幸せに暮らしている。

 ロミリアもちょくちょく顔を出しているようだ。

 死んでしまったお父さんも、ガルーダという形で、ロミリアを見守っている。

 そう考えると、ロミリアの言う通り、どこの家族も似たようなもんだ。

 

 俺の両親は、どうしてるのだろうか。

 俺がいなくなって、寂しがっているのだろうか。

 いつか再会できる日が来ると良いんだけど。


 スチア一家と共に、小型輸送機に乗り込む俺たち。

 しかしフォーベックだけは、港に残った。


「俺はガルーダの留守番しねえとなんねえからなあ。アイサカ司令、頑張れよ」


 彼はそれだけ言って、俺たちの出発を見送る。

 俺たちもガルーダは彼に任せ、先を急いだ。

 次にフォーベックと顔を合わせる時は、冬月の隠れ家を見つけた後だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=887039959&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ