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第105話 緊急治療

 翌日の2月13日午後7時、ガルーダはヴィルモン王都から飛び立った。

 乗組員の半分以上は、マグレーディでお留守番だ。

 船に乗るのは、俺たちと乗組員の108人、そして184人の負傷者たち。

 目的地はもちろん、サモドニア島である。

 

 一応、これは共和国艦隊との共同作戦。

 共和国艦隊とは味方同士になる。

 しかしこっちも向こうも、内心では警戒し合ってるのが実情だ。

 こっちは機密漏洩を防ぐために魔力カプセルを隠し、向こうは準戦闘態勢を整えている。

 なんとも居心地の悪い共同作戦、早く終わらないかね。

 

 俺はロミリアと共に、負傷者の集まる後部格納庫を巡回中だ。

 見た感じ、ガルーダの乗せている負傷者には、女子供が多い。

 しかも被害地域は高級住宅街も含まれていたため、セレブチックな人までいる。


 にしても、ちょっと気になることがある。

 負傷者たちは俺が登場するなり、何やらこそこそ話をはじめたのだ。

 俺に対する表情も、俺にとってはあまり気分の良くないもの。

 ちょっと聞き耳を立ててみよう。


「あれが異世界者アイサカ……」

「魔族の手下って聞いたけど、信用していいのかしら?」

「分からないわ」

「ねえねえ、あの人がお母さんの言ってた、〝あくまのてした〟?」

「コラッ! 静かにしなさい! 聞こえたらどうするの!」


 今現在、聞き耳を立てたことを、俺は激しく後悔している。

 リシャールはどんなウワサを流していたんだ?

 負傷者たちの俺に対するイメージが、すこぶる悪い。

 どいつもこいつも俺に白い目を向け、聞こえるか聞こえないかの微妙な声量で、俺を警戒してくる。

 共和国艦隊だけでなく一般人にまで警戒されるなんて、ちょっと泣きそうだぞ。


 これは完全に俺の偏見だが、女性はウワサに騙されやすいはず。

 偉い人が利害の対立した人物を、分かりやすい言葉で煽りに煽れば、それが事実無根のウワサであろうと、女性たちはすぐに騙される。

 そしてそんな母親に育てられた子供は、ウワサを流された人物に偏見を持ったまま育つ。

 世の女性たちは、難しい事実よりも、分かりやすいウソを信じるものだ。


「アイサカ様、一言だけ言わせてもらいます。そういう女性は確かにいるかもしれませんけど、女性全体に当てはめるのは止めてください。だいたい、男の人だってそういう人はいるじゃないですか」


 おや、俺の心を読んだロミリアが、真面目な顔で反論してきた。

 でも確かに、彼女の言う通りである。

 女性がウワサに騙されやすいと思ったのは、ここにいる負傷者に女性が多いからだ。

 男性だって、リシャールの流したウワサに騙されている人は、たくさんいるじゃないか。

 さすがハイスペックロミリア、視野が広い。


 とはいえ、俺が負傷者たちに変な目で見られている事実は変わらない。

 自分の指揮する船なのに、なんでこんな肩身の狭い思いをしないといけないんだ?

 やっぱり、早くこの任務が終わってほしい。


「会長、もし悪魔の手下に襲われたら、私たちはどうすればよろしいのですか?」

「そのようなことがあったら、最後まで抵抗しなさい」

「分かりました、会長」


 また聞きたくもない言葉が耳に飛び込んできた。

 なんで俺がお前らを襲わないとならないんだ。

 そんな意味のないこと、俺はしねえよ。

 無駄な心配しなくていいよ!


 で、会長って誰だろうか。

 そう思い、なるべく負傷者を怖がらせないように、俺は辺りを見渡す。

 するとすぐに、それらしい人を発見した。

 マダムたちに囲まれる、なんとも絢爛豪華な衣装を着たおばさん。

 あの気の強そうなおばさんが、自治体か何かの会長なんだろう。


 みんな負傷者だけあって、どんなマダムでも包帯を巻き、服装も軽い。

 だがあの会長と呼ばれるおばさんは違う。

 あの人だけは、包帯の1つも巻かず、服装も貴族らしいド派手なものだ。

 はっきり言うが、この後部格納庫で俺の次に浮いた存在である。


 会長の目を見て、俺は気づいた。

 彼女が俺に向ける目は、他のマダムたちよりも警戒心に溢れている。

 もしかすると、彼女が俺を警戒するから、みんなも俺を警戒するのかもしれない。

 これは、ドラマでよく見る女のドロドロの気配。

 怖いし面倒なので、さっさと逃げよう。


 巡回を切り上げ、後部格納庫を出ようとする俺。

 できれば2度と彼女らの顔は見ない。

 そう思っていた矢先であった。


「お母様? お母様!」

「会長!? 皆様、会長がお倒れに!」 

 

 後部格納庫から響き渡る、女性たちの焦りの声。

 さすがにこれを無視することは、俺にはできない。

 何があったのかを確認するために、急いで後部格納庫に戻る。


 会長の周りには人だかりができていた。

 おそらく会長を心配してのことだろうが、ぶっ倒れたけが人に人だかりは邪魔だ。

 共和国艦隊から寄越された軍医も、会長に近づくだけで精一杯である。

 俺は、まず人だかりの排除に乗り出した。


「皆さん、離れて! 心配せずとも、これから軍医が治療しますから!」


 そう叫んでみたが、マダムたちの心配は増すばかり。

 というかむしろ、俺のせいで心配しているような気がする。

 悪魔の手下に会長を任せていいのか、といったところだろう。


「おや? 大変なことになっていますねぇ。どうしたんです?」

「あ! ロンレンさん! 実は――」


 忙しい中、後部格納庫にふらっと現れたヤン。

 サモドニア島に向かうと告げた瞬間、目を輝かせながら付いてきた彼。

 そんな彼に、ロミリアが状況を説明する。

 説明を聞いたヤンは、小さく笑って言った。


「なるほど、そういうことでしたかぁ。確かにアイサカさんじゃ無理そうですねぇ。分かりました、ボクも手伝います」


 これは助かる。

 〝悪魔の手下〟である俺とは違い、ヤンは一国の軍師だ。

 マダムたちも彼になら、多少は心を許すはずだろう。


「さぁみなさん、こっちで会長さんの無事を祈りましょう」


 可愛らしい満面の笑み。

 どことなく媚びたようにも見えるその笑みで、ヤンがマダムたちを案内する。

 助かるは助かるんだが、若いマダムを中心にボディタッチするのはやめなさい。

 どうしてもと言うなら、せめておばさんにもボディタッチしなさい。


「お母様は、大丈夫なのですか?」

「これは……腹部で内出血が起きていますな。早急に治癒魔法を使わないと、命が危険かもしれません」

「そんな……! 急いで治癒魔法を使ってください!」


 会長の娘だろうか。

 中学生ぐらいの、少し太めの体型をした少女が、軍医に懇願している。

 そりゃそうだろう。

 腹部の内出血なんて命に関わる重傷、早く治してもらいたいものだ。


 だが、軍医は浮かない表情。

 治癒魔法を使おうともしない。

 当然ながら、会長の娘は語気を強め、軍医に詰め寄った。


「ちょっと! なんで治癒魔法を使わないの!」

「も、申し訳ありません……。私では、この傷は治せません……」

「何を言っているんです!」

「この船には、軽傷の人間しか乗せていないということになっていたので、重傷に対応できる軍医は誰1人として……」

「そんな! じゃあお母様は……!」


 絶望に襲われ、頭を抱える会長の娘。

 あの娘の気持ちは分かるし、共和国艦隊の準備のなさにも呆れる。

 重傷者が現れた時に対応できる医者がいないなんて、負傷者輸送にあるまじき事態。

 もし俺がいなけりゃ、会長は死んでいたぞ。


「ロミリア、内出血ぐらいなら治せる?」

「完治は難しいですけど、応急処置ならできます」

「なら手伝ってくれ」


 魔力的に考えて、俺なら会長の命を救える。

 ロミリアもそう断言している。

 ならやることは決まっているだろう。


「な、何をするんですか!?」

「安心してくれて良いですよ。君のお母さんを治療します」

「あ、悪魔の手下に、お母様の命を預けろと?」

「仮に俺が悪魔の手下だろうと、お母さんを助けるのが最優先でしょ」


 不安げな顔をする会長の娘を横目に、俺はさっさと会長に治癒魔法を使った。

 腹部の内出血とのことだが、たぶん手を添えるだけで治すことはできるだろう。

 今は傷口を塞いで、出血を抑えるだけで良い。

 本格的な治療は、サモドニアの病院に任せるべきだ。


 重傷に対して治癒魔法を使ったことはなかったが、ものの数分でなんとかなったようだ。

 俺はいまいち分からんが、ロミリアによると、傷は塞いだらしい。

 だから、会長は未だに苦しんでいるが、これ以上に苦しむことはない。

 サモドニア到着までもそれほど時間はかからない。

 無事に会長の命は救えたようだな。


 治療を終え、立ち上がると、マダムたちの俺を見る目つきが変わっていた。

 白い目に変わりはないが、敵を見る目ではない。

 まるで、ゴミ掃除をするヤンキーを見るような目。

 おそろしい怪物の善行を目の当たりにし、驚いているのだろう。

 

 会長は軍医に任せ、俺はすぐに後部格納庫を後にした。

 どっちみちあんな視線、俺は長いこと耐えられない。

 何より、ヤンがニヤニヤしているのが気になった。


「マダム界の重鎮の命を救った男、アイサカ=マモル。カッコいいですねぇ。これでアイサカさんも、多少は悪いウワサを払拭できましたよ」


 ヤンはなんとも打算的なことを言う。

 ただ単に俺は、会長の命を救いたかっただけなんだけど。


「アイサカ様の優しさは、きっと伝わっています」

「ニャー」


 これだよこれ。

 こういう言葉を待っていた。

 さすがはロミリア、いつも俺の味方をしてくれる、優しい子だね。

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