第10話 フォークマスへの突入
計器が示す速度は時速2520キロ。
ノットやフィート表記じゃないのでわかりやすいが、なんと音速の2倍を超えている。
いくらなんでも早すぎんだろ。
予想を遥かに超えてるぞ。
艦内重力装置が慣性制御までしているのか、Gは感じない。
つうか、200メートルある巨体が高度500メートルをこのスピードで飛べば、地上は大変なことになってんじゃないのか?
見たところ、大丈夫そうだが。
だが俺はそれ以上に驚くことがあった。
ガルーダ、どうやらまだまだ加速できそうだ。
「あんまりスピード出しすぎるなよ。他の船が追いつけなくなる」
さすが艦長、さらに加速させようとしていた俺に的確な言葉だ。
ガルーダの最高速度が気になるところだが、ここは我慢である。
艦隊行動が重要なんだもんな。
フォークマスの街まではあと150キロを切っている。
敵艦までの距離は一番近いので155キロ程度。
いくらなんでも音速の2倍じゃ、フォークマスの街をすぐに通り抜けてしまう。
そろそろ、減速した方が良いだろう。
メインエンジンに送っていた魔力を大幅に緩める。
すでに中距離砲が届く距離だ。
水平線と第1艦隊のおかげでまだ攻撃されていないが、油断はしちゃダメだろう。
さて、いい加減に司令としての頭を使わないとな。
今回の第3艦隊の任務は第2艦隊と騎士団の護衛だ。
でも、第2艦隊には防御特化の久保田、つまりスザクがいる。
とすると騎士団の護衛が必要だな。
「ガルーダ3とガルーダ4は騎士団の上空で護衛。ガルーダ2は俺らから離れないでくれよ」
すぐさま俺は僚艦に指示を出す。
どうやら旗艦以外の船には名前が与えられないらしく、他の船は旗艦名に番号をつけて呼ぶらしい。
理解しやすいようにとのことらしいが、ホントにそうなんだろうか。
俺的には、他の船も名前があっていいような気がする。
せっかくなら中二クサい名前が良いかな。
なんてことを考えている場合じゃなかった。
ここは戦場なんだぞ、俺。
敵を見ると、ヤツらは少し高度を高くして、艦の配置を大幅に変えていた。
イカ型のデカいのが前に出て、その後ろに4隻のドラゴン型が隠れている。
どうやらあの4隻、防御魔法を消しているな。
と思うと、敵艦から何かを感じた。
なんだろう、これ。
攻撃魔法を放つ時と同じ何かを感じるんだが、まさか。
俺は咄嗟に防御魔法を展開した。
直後、こちらに向けて赤と緑のビームがいくつか飛んできた。
狙いは定まっていないのか、四方に飛び散っている。
敵のビームが青白い防御壁に吸い込まれ、外れたビームは地上に当たって豪快に土地を耕す。
「敵の旗艦が長距離砲の盾になりやがったか。短時間で適格な動き、敵もやりやがる」
フォーベックが敵の動きを見て推察している。
だがそれを聞いている暇は、俺にはなかった。
「他の艦は無事なのか!」
艦隊司令としては、味方の船の方が気になる。
《ガルーダ2、被害はありません》
返ってきた答えはそれだけ。
まさかあの攻撃でガルーダ2以外がやられたのかとも思ったが、冷静に考える。
共和国艦隊で最も突出しているのはガルーダとガルーダ2だけだ。
第2艦隊はまだまだ後ろにいるし、騎士団はそれよりも後方にいる。
さっきの敵の攻撃は、ガルーダとガルーダ2に向けたものだから、ガルーダ2が無事ならそれで良い。
さて、どうする。
敵の攻撃はまだ続いている。
赤と緑のビームがこちらに殺到し、防御魔法がめまぐるしく光り輝いている。
第1艦隊の長距離砲の攻撃じゃ、イカ型を牽制することしかできない。
攻撃してくるドラゴン型を始末するのが得策か?
「艦長、敵に光魔法で攻撃なんてどうです?」
俺は戦争のド素人だ。
プロにお伺いを立てるのが良いだろう。
そうだ、人頼みだ、何が悪い。
「いや、まだ戦闘は始まったばかりだ。魔力はとっておけ」
それがフォーベックの答えだった。
「でも、じゃあどうするんです?」
「魔力量じゃアイサカ司令の方が断然上だ。第2艦隊の到着までは堪えるだけで良い」
「ここでヤツらを落とせば、それで終わりじゃ?」
「おいおい冗談だろ。敵艦を撃墜しても、その残骸が落ちるのはフォークマスの中心なんだぜ。どうなるかぐらい想像つくだろう。やるとしても、無力化までだ」
その通りだ。
さすがプロの意見である。
敵艦や俺たち以外の部分にもきちんと意識が向けられている。
これは、フォーベックに頼り切ることになりそうだ。
敵までの距離は100キロを切っている。
向こうから飛んでくるビームは、こっちが音速で飛んでるのもあって、ほとんど目に見えない。
咄嗟に防御魔法が発動できたのは、敵の魔力を感じたからだ。
魔法ってあんな感じで、ある程度の予知もできるんだな。
魔力と共にあらんことを。
もちろん、村上たち第1艦隊の攻撃も継続している。
俺たちの頭上を突き抜ける深紅のビームは、なんとも頼りがいがある。
それも、その全てがイカ型の敵艦の防御壁に吸収されるのだが、その威力を止めるための防御魔法はかなりの魔力を使い、余裕がないんだろう。
イカ型だけはこちらにほとんど攻撃してこない。
にしても、怖い。
一瞬でも判断を間違えれば、被弾していたんだ。
これが、この世界の戦場か……。
そろそろ敵の姿が肉眼でも見えてきた。
フォークマスをぐるりと囲んだ城壁も、見えている。
本来はフォークマスを守るはずの城壁。
今は魔界軍を守る城壁。
「このままだと俺たちは、敵艦の斜め下、そして真下に潜ることになるなあ」
「……それって、好都合じゃないですか?」
ふと、俺は思ったことを口にした。
敵艦の下に潜れば、さらに俺たちの下に味方の揚陸艦が潜り込むことで、作戦は順調に進むだろう。
そう思ったのだ。
するとフォーベックが、ニヤリと笑って俺の方を見る。
「お、さすがじゃねえか。なら、やることは分かってるな?」
「はい」
俺の考えはどうやら正解らしい。
それなら、俺の考えた通りに動けば良いんだ。
「高度はそのまま、フォークマス中心部上空で停止するように。それと久保田さん、聞こえてる?」
久保田は重要な役だ。
ぜひとも協力してほしい。
《聞こえています。どうしましたか?》
「俺たちと同じ高度を維持して、敵艦の真下で停止してくれ。で、スザクの下に揚陸艦を潜り込ませる」
《……なるほど、僕たちが盾となるんですね。分かりました、協力しましょう》
「ありがとう」
話が早くて良いな。
やっぱり久保田は良い奴だ。
コイツとなら友達になりたいもんだ。
もう4年も友達いないからな、俺。
さて、これからの方針は決まった。
速度は順調に落ちている。
敵艦との距離も近づいている。
撃ってくるビームの数が倍以上に増えた気がするが、これはたぶん、敵の近距離砲の射程に入ったことを示しているんだろう。
でも問題ない。
防御魔法はびくともしていないし、俺の魔力残量も十分だ。
フォークマスの街はすぐ目の前まで迫っている。
遠望魔法で見た城壁、白い壁、赤い三角屋根、中央広場の塔、帆船のマスト。
飛び交うビームさえなければ、なんて美しい光景なんだろうか。
召還された場所がここだったら、俺はファンタジー世界に胸を躍らせたままだったろう。
最終的にはガルーダのこの椅子に座っているんだろうが。
ロミリアが、先ほどからずっと身を乗り出している。
フォークマスに近づけば近づく程、彼女の表情は凍りついた。
これは、明らかに何かあったのだろう。
実はロミリアの故郷はフォークマス、みたいな。
速度は時速300キロまで落ちた。
魔力レーダーから感じるに、第2艦隊の2隻の揚陸艦もすぐ後ろに付いてきている。
スザクがその2隻の目の前に陣取り、敵からの執拗な攻撃の盾になっているようだ。
そろそろ、こっちも攻撃したいな。
「艦長、揚陸艦への攻撃を止めさせましょう」
「ああ、そろそろだな」
お! ゴーサイン出た!
「ただし、熱魔法攻撃だ。光魔法はまだいい」
またそれか。
どうせ魔力は溜めておけってことだろ?
そりゃ、防御魔法と光魔法の同時使用は多くの魔力を使うかもしれない。
実際、魔力の減りも少しは早かった。
でも、こんなデカい船を音速の2倍で飛ばして、ずっと防御魔法を展開しているが、魔力残量は余裕余裕。
問題はないと思うんだが……。
「敵の旗艦以外は防御壁を展開してねえ。熱魔法で十分だろうがよ」
俺の不満が漏れでたか、フォーベックが溜め息まじりである。
というか、熱魔法攻撃の理由はそういうことだったか。
確かに、ドラゴン型は防御魔法を消している。
完全に俺の視野が狭くなってたな。
「第3艦隊は敵艦に熱魔法攻撃準備」
俺は艦隊にそう指示を出す。
ガルーダの砲は装填をとっくに済ませているから、あとは撃つだけ。
距離的には短距離砲と中距離砲が最適だから、それらに魔力を込める。
今回は1人でやる必要がないし、3分の2は乗組員に任せよう。
「うちーかたー始め!」
これ、言ってみたかったんだよね。
俺の言葉の直後、第3艦隊に所属する3隻のレイド級から赤いビームが放たれる。
もちろん、ガルーダからも24のビームが敵艦に向けて放たれた。
俺が撃ったのは8つだ。
合計約60のビームが、ドラゴン型の敵艦それぞれに殺到する。
向こうも咄嗟に防御魔法を発動し、攻撃のほとんどは防がれてしまったが、10ほどのビームが敵艦の船体に命中した。
俺たちの攻撃が命中した敵艦は炎と破片をまき散らし、しかし墜落するそぶりは見せない。
だが十分な戦果だ。
第2射、第3射と攻撃を重ねていくうちに、敵の攻撃がだいぶ穏やかになった。
その間にこっちはフォークマスの城壁を超え、敵艦のすぐ下までやってきている。
そしてランド級揚陸艦がスザクの下に潜り込み、これで予定通りの陣形。
これで勝ったも同然だ。
圧倒的じゃないか、我が軍は。




