第101話 喧嘩するほど仲が悪い
ドラゴンに乗ったササキが、ヴィルモン城に侵入したのを俺たちは確認した。
それだけでも、地上はちょっとしたパニックである。
しかしそれ以上に大きな騒ぎとなったのが、ヘル艦隊の破片だ。
ヘル艦隊ドラゴン型軍艦の破片は、すでにそのほとんどが燃え尽きた。
そのため地上に降り注ぐ破片は小さく、大きさはサッカーボール程。
だが十分に人を殺せるだけの速度で落ちる破片に変わりはない。
それがヴィルモン王都に降り注ぐのだから、とんでもない事態である。
炎の尾を引いた多種多様な鉄の破片の雨が、ヴィルモン王都の晴れた空から降ってくる。
この最悪の天候に襲われたのは、主にヴィルモン王都住宅地区だ。
多くの家の屋根が穴をあけ、地上は大惨事となった。
しかし人々をより驚かせたのは、トリ型の残骸である。
トリ型が爆発、炎上したのは、ドラゴン型と比べると低い位置になる。
つまり、ドラゴン型ほど残骸が燃え尽きる時間はなかった。
結果、トリ型は原型の半分近くを残しながら、地上に落ちて来たのである。
トリ型の残骸は、幸いにして街中に落ちることはなかった。
それでも王都近郊の山に落ちたトリ型の残骸は、山よりも大きな火炎を作り出す。
火炎は王都の街並を照らし、人々の視線がそちらに集中した。
凄まじい衝撃波が王都を襲ったのは、トリ型が山に衝突してから数秒後である。
この衝撃波は、多くの建物の窓ガラスを破壊し、脆い家の壁や屋根すらも破壊した。
街に直接の被害は与えずとも、トリ型の残骸は、衝撃波によって王都にダメージを与えたのだ。
そういった光景を、俺たちはガルーダから見ていた。
俺たちができる唯一のことは、空から降り注ぐ破片の雨の傘になることである。
そのため俺は、咄嗟に破片の多い地区にガルーダを飛ばす。
おかげでガルーダは傷だらけになったが、人が死ぬよりずっとマシだ。
「小型輸送機の準備。ササキを始末する。スチアにも伝えといて」
ヴィルモン城にはササキが侵入している。
ヤツが何を仕出かすか分からない。
早いところ排除した方が良いだろう。
「ロミリア、手伝ってくれよ」
「もちろんです。ササキさんからは強大な魔力を感じました。アイサカ様のため、私も頑張ります」
「ニャーム!」
頼もしい言葉だ。
何だか最近、ロミリアが使い魔であることを忘れる。
それぐらい、俺にとって彼女は、1人の人間として信用できる相手なんだろう。
にしても、彼女の言う、強大な魔力ってのが気になる。
嫌な予感がするな。
ササキがヴィルモン城に侵入してからだいぶ経っている。
俺とロミリア、ミードン、そしてスチアは小型輸送機に乗り込み、急いでヴィルモン城に向かった。
ガルーダは、追いついたダルヴァノやモルヴァノと一緒に上空で待機だ。
ヴィルモン城に到着し、小型輸送機を降りる俺たち。
辺りは騒然としていた。
騎士たちは重い鎧を揺らしながら走り回り、怪我をした人々は壁に寄りかかる。
城には焼けこげた痕などもあり、ドラゴン型の破片の被害が垣間見える。
こんなに混乱するヴィルモン王都の姿、はじめて見た。
有事態勢に移行し、多くの人々が緊急事態に対処する。
緊急事態に対処するのは、俺たちも同じだ。
早いところササキを探して、事を終わらせなければならない。
そのために、小型輸送機を降りた俺たちはすぐ、城の中に足を踏み入れた。
「相坂! てめえ、こんなところまで来やがったのか!」
城に入り、吹き抜けの長い廊下を目の前にした瞬間、後ろからそんな怒りの声を投げつけられた。
誰の言葉なのかは、振り返らずとも分かる。
面倒なんで無視してやろう。
「おい! なんで城に来た! てめえはガルーダに閉じこもってろよ!」
喚くというよりも、ねちっこい口調の村上。
なんだかいつもと違う責め方に、俺の目の下がぴくりと動く。
だが無視だ、無視。
「チッ……喋りもしねえのかよ。やっぱり友達がいないだけあるな!」
「それだけは言うな!」
あ、つい我慢できずに叫んでしまった。
仕方がないので、村上の言葉に答えておこう。
「……相手は先代異世界者のササキ。ロミリアが強い魔力を感じるって言うから、俺が直接乗り込もうと思って」
「はあ? なんで理由が俺と同じなんだよ。ふざけんな」
見るからに不愉快そうな表情をする村上。
ふざけんなと言われても困る。
つうか、村上がここにいる理由が俺と同じって、どういうことだ?
「ロミリアも、強大な魔力を感じるのか? 実は私もなのだ」
「リュシエンヌさんも?」
おっと、そうだったのか。
異世界者の使い魔2人が、ササキから強い魔力を感じていると。
ますます嫌な予感がする。
「そ、それにしてもロミリア、その……今日こそミードンちゃんを触らせてくれないか?」
「え? あ、はい」
「ありがたい!」
「ニャーム」
「ああ……天使様はここにいらしたのか……」
こんな時に、リュシエンヌの可愛い物好きが発動してしまった。
まったく、真面目にササキを始末しようと思ったのに、村上の登場で予定が狂った。
どうも俺は村上が苦手だ。
いっそのこと、面倒だし全部コイツに押し付けちゃおうかな。
なんて、全てを丸投げしようとしたその時である。
廊下の壁がなんの前触れもなく崩壊し、俺たちはその時に発生した土ぼこりに包まれた。
崩壊した壁の向こうからは、恐怖に引きつった顔をする騎士たちが飛び出してくる。
と同時に、城中に響く怪獣のような鳴き声。
これは……まさか……。
土ぼこりの中に浮かび上がる、巨大な影。
長い首に長い尻尾、そして背中には、薄く巨大な翼が。
間違いないだろう。
俺たちのすぐ目の前に、ササキに乗っていたドラゴンがいる。
最悪だぞ。
生身で簡単に勝てる相手ではないし、城の中だからガルーダの援護も見込めない。
ロミリアが恐怖に怯え震えはじめたが、俺も体が動かない。
「まだこっちに気づいてないみたい。これからドラゴン狩りするから、注意をひきつけといて」
相手がドラゴンだと知っても、怖がる仕草をまったく見せないのはスチアだ。
彼女はすでに剣を手に取り、戦闘態勢に移行している。
アイツ、ドラゴンを倒すつもりなのだろうか。
無謀にも程がある。
「ロミリア、ミードンちゃんを私の見えないところに」
スチアに続いて、今度はリュシエンヌが剣を抜き、戦闘態勢に移った。
そしてスチアの隣に立ち、2人でドラゴン狩りの相談をはじめる。
以前に1度だけ勝負した女騎士と冒険者は、今は味方同士だ。
ロミリアはリュシエンヌに言われた通り、ミードンを隠した。
隠したと言っても、自分の服の中にミードンを押し込んだだけである。
ミードンは、ロミリアの服から顔だけ出して、外の様子を伺う。
なんとも可愛らしい光景である。
「ムラカミ殿、アイサカ殿、水魔法と土魔法でブレスを避けながら、光魔法でドラゴンの注意をひきつけてくれ」
ドラゴンから目を背け、ロミリアとミードンに癒されていた俺。
そんな俺を現実に引き戻す、リュシエンヌの言葉。
どうやら2人とも、マジでドラゴンを倒す気らしい。
その言葉を最後に、2人は土ぼこりの中へ消えていった。
「よし! おいクソドラゴン! 掛かってこいよ!」
リュシエンヌの言葉の直後、村上が大声で叫んだ。
アイツ、ドラゴン狩りにノリノリである。
ノリノリであるがために、何も考えていなかったのだろう。
声に気づき、振り返ったドラゴンがすぐさま放ったブレスに、村上は対応できなかった。
「危ない!」
俺は咄嗟に、村上の目の前に土魔法で壁を作る。
ドラゴンの放ったブレスは、俺の作った壁に阻まれ、村上が丸焦げになるのを防いだ。
まったく、世話が焼ける。
「余計なことすんなよ相坂! 1人でもなんとかできた!」
「なに? 感謝しろよ感謝を! お前の命を救ったやったんだぞ!」
「うるせえ! 何があってもてめえに感謝なんてするか! 邪魔すんな!」
「そうか、そうですか! じゃあもう手伝わねえ!」
マジでなんなんだコイツ。
助けて損した。
あのまま丸焦げになりゃ良かったんだ。
「そりゃ助かる! 相坂、てめえに手伝われるくらいなら、死んだ方がマシだ!」
「言ったな。なら村上、お前を手伝ってやる」
「はあ!?」
「手伝われるくらいなら、死んだ方がマシなんだろ! ほら死ねよ!」
「クソ野郎! てめえが死ね!」
自分でも薄々気づいているが、あまりに低レベルな喧嘩をする俺と村上。
しかし、大声で喚きながらのこの喧嘩が、ドラゴンの注意をひきつけることに成功した。
ドラゴンは俺たちを威嚇するため、鼓膜を突き破りそうな鳴き声を響かせる。
「うるせえ! クソドラゴンは黙ってろ!」
「こっちは取り込み中だ!」
はっきり言うが、俺たちにはもはやドラゴンなど眼中にない。
俺たちは、目の前にいる気に食わない人間との喧嘩で、手一杯なのだ。
この喧嘩を、ドラゴンなんかに邪魔されたくない。
少しでも邪魔されないため、俺と村上は本気で、ドラゴンに向けて水魔法を放った。
一応、俺たちは異世界者だ。
この世界で1番目と3番目に魔力が多い人間だ。
だから、本気で放った水魔法は恐ろしい勢いを発揮し、ドラゴンを仰け反らせる。
「おい! てめえ! だから1人で十分だって言ってんだろうが!」
「俺が手伝えば死ぬんだろ! 死ね!」
ドラゴンを攻撃魔法だけで仰け反らせるってのは、本当はすごいことのはず。
にもかかわらず、低レベルな喧嘩を続行する俺たち。
ヴィルモン城にやって来た本来の目的すらも忘れている。
後ろの方で、ロミリアが大きな溜め息をついていた。




