第100話 大気圏再突入
ヴィルモン王都に向かって突撃を開始した、ヘル艦隊4隻の軍艦。
ヤツらを撃沈するため、俺たちも後を追う。
だが追う前に、村上に確認しないといけないことがある。
「村上、俺たち人間界惑星に侵入するけど、いいか?」
もうすでに、3度も元老院との取り決めを破っている俺。
2度目と3度目はバレていないが、そろそろマズい気がする。
さすがに4度目となると、追放されるような気がしたのだ。
だから、今回は村上に許可を取ることにした。
俺のいきなりの質問に、村上はどう答えるか。
さすがにダメだとは言わないだろうけど、どうせイラッとすることを言ってくるはず。
ちょっと構えておこう。
《はあ? なんでそんなこと、わざわざ聞いてくんだ!》
想像通り怒鳴られてしまいました。
質問に質問返しとは、面倒な。
「元老院と取り決めがあるから、一応許可は取っ――」
《てめえ! 魔界軍の将軍ぶっ殺した時も、俺を拉致ったときも、許可なしに侵入してただろ! 今さら過ぎんだよ!》
おや、村上にしてはごもっともなお言葉じゃないか。
ただ、だからこそ今回ぐらいは許可を得ようと思ったんだよなあ。
村上にきちんとした答えを求めた俺が馬鹿だったようだ。
いつも通りにやろう。
《さっさとヘル艦隊を追えよ! てめえの船の方が速いだろ!》
「分かってる」
彼の言う通り、ガルーダの速力はどの船よりも速い。
だからこうして、突撃するヘル艦隊を横目にグダグダと喋っていられるんだ。
「操作室、船の操舵は俺がやります。皆さんは攻撃を」
《了解しました》
「アイサカ司令の操舵か。久々だなあ」
複数人で操舵するよりも、1人でやった方が確実なのは明白。
相手はササキだし、いきなりの突撃が、実は作戦でしたなんてこともあり得る。
フォーベックの言う通り久々の操舵だが、ササキを追うには最適だろう。
「全速前進! 標的はヘル艦隊!」
ヤツらを追うということは、必然的に、俺たちも地上に向けて突っ込むことになる。
ジェルンの乗った船を追いかけた時とは、真逆の状態だな。
今回はあの時よりも、十分な魔力量がある。
そんなに難しい戦いじゃないはずだ。
ついでに、加速したまま大気圏に再突入すればどうなるか。
数多のSF映画を見てきた俺は、それをよく知っている。
だがこれについては、特に問題ない。
こちらの世界の軍艦は、魔力で強化された船体を持つのが普通。
大気圏再突入の際に発生する熱なんて、ホッカイロを貼付けた程度のもんだ。
エンジンを全開にしながら、ヘル艦隊の後方にガルーダは追いついた。
ドラゴン型の1隻は、すでにフェニックスによって撃墜され、その残骸は大気圏に飲まれ崩壊していく。
さらに、戦闘によって大穴が開いていたのだろう。
もう1隻のドラゴン型も、大気圏に再突入した途端に炎上し、小さな破片へと分解されていった。
残るヘル艦隊は僅か2隻。
速度は音速をとうに超え、マッハ4を突破しようとしていた。
すでに大気圏にも再突入している。
ガルーダは現在、圧縮された空気の加熱により、機体表面の温度は数千度に達しているのだろう。
《こちらダルヴァノ、そちらの加速に追いつけない》
《あたいらも限界だ!》
残念ながら、ダルヴァノとモルヴァノがリタイアだ。
さすがにガルーダの加速には追いつけなかったようである。
仕方がない。
ササキらヘル艦隊は、ガルーダ1隻で追おう。
地上までの距離は、詳しくは分からんが、たぶん100キロ前後だろう。
これからの加速度を考えると、地上に到着するまでの時間は短い。
なるべく残骸は燃え尽きてもらいたいから、撃破するなら今しかない。
燃え盛るドラゴン型の残骸が、炎の尾を引き、流れ星のように落ちていく。
ササキの乗るトリ型は、それを纏うようにしてヴィルモン王都への突撃を続けた。
ヤツらを攻撃できるのはガルーダだけだ。
急いで指示を出そう。
「光魔法、熱魔法、何でも使って攻撃!」
アバウトな指示だが、それでもみんなは、俺の思った通りに攻撃してくれる。
ガルーダの中距離砲が光り、青白いビームと赤いビームが、ヘル艦隊に届いた。
届いたのだが、当たったのはササキの乗るトリ型でなく、ドラゴン型だ。
ドラゴン型最後の生き残りは、その大きな船体全てを盾とし、ササキを守ったのである。
まあ、これでドラゴン型は全て撃破したのだから、十分な成果だろう。
熱魔法ビームによって大穴を開けられたドラゴン型。
あの艦は、船体を覆っていた高熱が艦内をも焼き上げ、徐々に空中分解がはじまる。
数秒後には、ササキの乗るトリ型を飾る、流れ星の1つとなった。
「速度マッハ5! 地上まで90キロを切りました!」
そろそろヤバい。
急がないと、ササキの乗る軍艦を破壊した場合、ヤバいことになる。
残骸がヴィルモン王都に降り注いじまう。
そんなことになったら、地上は地獄絵図だぞ。
「敵艦に集中攻撃! 急いでくれ!」
もはや指示というよりも、ほとんどお願いみたいな感じだ。
それだけ俺は焦っている。
ロミリアとミードンも心配してか、俺の側から離れずにいてくれた。
俺の焦りが通じたのだろう。
ガルーダが加えた光魔法攻撃は、見事にササキの乗るトリ型に命中した。
トリ型の防御壁は消え失せ、その船体が無防備に晒されている。
ここにさらに、熱魔法攻撃のビームが当たり、やっと穴をあけることに成功した。
だがしかし、それだけで攻撃が止まってしまった。
同時に艦内で鳴り響く、あまり聞いたことのない警報。
低く唸る象の鳴き声のような警報に、俺の焦りは最大限にまで大きくなる。
「オーバーヒートしやがったか! エンジンの損傷のせいで、予想より早い……」
唇を噛んだフォーベックの表情は珍しい。
でも俺の表情は、きっとそれ以上に厳しいものだろう。
トリ型撃墜を直前にしてのオーバーヒート。
こんな不運があってたまるか!
「機関士、冷却に必要な時間は!?」
「最短で46秒です!」
「ウソだろ……そんなにかかるのか!」
マッハ6以上のスピードで46秒も飛んだら、地上に激突しちまうぞ。
計算は不得意なので知らんが、絶対にそうだ。
よく考えりゃ46秒で冷却って凄まじい早さだけど、今は遅すぎる。
最悪だ。
俺たちは手負いのトリ型を目の前に、何もできやしない。
しょうがないんで、現実逃避でもしますかね。
ええと、ミードンをじっと見て……ああ、モフモフしてて可愛いなあ。
「ニャ! ニャ! ニャ!」
「あ、ちょ、ネコパンチは止めて! それ結構な痛さだから!」
現実逃避など許さぬと言わんばかりに、ミードンが連続パンチしてくる。
ぬいぐるみのくせに、鈍痛を感じるパンチだな。
分かったよ、現実逃避は止めるよ。
「アイサカ様! あれ!」
今度はロミリアが、窓の外を指差してそう言う。
何事かと思い、俺もミードンのパンチに耐えながら、外に視線を向ける。
これ以上に悪いことが起きないことを祈る。
窓の外には、変わらず地上に一直進のトリ型の姿が。
だがその姿は、先ほどとは打って変わって、船体全体がオレンジ色に彩られている。
特に色が強いのが、熱魔法攻撃のビームが当たり、穴のあいた部分である。
まさか、希望はまだあるのか?
その瞬間、トリ型右舷後方が大爆発を起こした。
先ほどガルーダの攻撃が作り上げた穴を中心とした爆発。
トリ型は制御を失い、火だるまとなり、地上へと真っ逆さまに落ちていく。
「おい、あれ見ろ」
船体の全てが炎に包まれ、破片をまき散らすトリ型。
そこに視線を向けたフォーベックがそう言った。
何があったのだろう。
よく目をこらしてみると、炎に包まれた破片に紛れ、黒い影が見える。
遠望魔法を使うことで、その正体がはっきりとした。
1匹のドラゴンと、それにまたがる1人の老人。
ローブに身を包みながら、時折見せるそのしわだらけの顔は、ササキに間違いない。
ササキは生き延び、しかし未だにヴィルモン王都を目指しているんだ。
にしても、なぜだろう。
どうにもササキを見ていると、俺の鼓動が激しくなる。
これは恐怖か?
「ア、アイサカ様……とても強い魔力を感じます。危ないかもしれません……」
なんとも不穏なことを言うロミリア。
人を不安にさせる俺の性質が、まさかロミリアにまで移ったのだろうか。
いや、そんな冗談を言っている場合でもないかもしれない。
彼女の言う通り、強い魔力かどうかは知らんが、今のササキが危険なのは俺も感じる。
できればここで、ガルーダから直接にササキを攻撃したかった。
だがそれも叶わない。
オーバーヒート中のガルーダは、何もできないのだ。
俺たちはただただ、ササキが地上に降りるのを見ていることしかできなかった。




