揺れる
はじめて人を好きなった。
はじめて恋を知った。
はじめて悲しみも知った。
初恋。
海の家は盛況で、カンナと早希は油臭い焼きそばとベトベト甘いイチゴのかき氷を随分並んで買った。
それからカンナはヒカルの隣に、早希はレイジの隣に、自然に分かれて座る。
「水着に着替えないの?」
レイジの不思議そうな顔に、早希がすまして答える。
「えぇ。私の大事なカンナを『落としたい』って言ってるオオカミさんがいますからね~」
不意をつかれて、彼は飲んでいたジュースをふきだす。
「ほらほらほら。痛いとこ突かれてビックリしちゃいましたか?」
早希は攻撃の手を緩めない。
「いや。」
彼はジュースを拭きながら、笑う。
「僕からカンナちゃんへの好意を、ちゃんと理解してくれてて嬉しいよ。」
耳まで赤くなったのが分かった。
「ヒカル、またカンナちゃんが逃げ出しちゃうから、その辺にしとけよな。」
そういうレイジさんの声もどこか面白がってる雰囲気だ。
「分かった。水着姿は我慢する。だから花火大会までは付き合ってくれ。」
「花火大会?」
レイジさんが壁に貼られたポスターを指差した。
「今夜7時開始。この辺では1番早い花火大会だよ。」
「そっか!暗がりでなんかしようという魂胆だね!」
私はまた耳が熱くなった。
ミナモト ヒカル。
23歳。
父親が会社を経営していて、彼はそこに入社したばかり。
幼稚園からエスカレータ式の私学で生粋のおぼっちゃま。
趣味はドライブ。
ということで、車が大好き。
乗っている車はBMW i8。
トウゴウ レイジ。
24歳。
レイジさんは母親と二人暮らし。
母親はバリバリのキャリアウーマンで、母子家庭とはいえ裕福に暮らしている。今年、夢だったバー「左近」をオープンできたのも、母親の経済援助が大きかったらしい。
名前が和風なのは、いずれ創作和食のお店にもしたいからだそう。
「つぎは君たちの番だよ。」
レイジさんに言われて固まる私。
自己紹介なんて、クラス替えになった時くらいしかしたことがないから何を話していいかわからない。
「じゃあ私から!」
早希が元気よく手を挙げた。
「井上早希。お姉ちゃんが一人います。
このお姉ちゃんが、私に負けず劣らず美人で、料理も上手で頭もよくてスポーツ万能。
しかも!彼氏もイケメン!言うことなしなんだよね~。
得意料理はモツの煮込みで・・・」
「ストップ、ストップ!」
彼が声をかける。
「それ、お姉さんの紹介になってる。」
レイジさんも頷く。
「モツの煮込みは気になるところだけど、まずは早希ちゃんのこと、聞かせてよ。」
ペロッと舌を出す早希。
「そうだった。えーと中学三年生でバスケやってます。
趣味は人間観察。
好きなものは・・・お姉ちゃんとカンナかな?」
「僕も!」
割り込む彼を早希がまぁまぁとなだめ、続ける。
「なので、今は彼氏はいません。
得意料理は野菜サラダです。」
「いやいやいやいや、料理違うし」
すっかり定番となったレイジさんからのツッコみに可愛く笑う早希。
「じゃあ次はカンナね!」
早希が『がんばれ~』と小声でつぶやく。
自己紹介くらいで応援される自分が情けない。
引っ越し終了~。