第五十二話 楽しい実験教室:切っれるっかな♪編
「さぁ、ここが我が宝物殿さ。ささっ、ずずいっとはいってくれたまえ」
相変わらずのオーバーリアクションで案内された建物に入ると、そこにはリザードマンが一人と、意外な人物が出迎えてくれた。
「だーさん、何やってるんですか?」
「いやぁ、どうしても切れないものがあるって聞いたらいてもたってもいられなくて」
何て言うか実にだーさんらしい。
「僕も挑戦してみたんですけど傷がつく程度でしかないですね」
「え? 傷がつくって言うんならいつかのなんちゃってファイバー籠手と同じくらいってことですか?」
それだとちょっと期待ハズレだけど……。
「いや、だーさんには俺の作った中でも特に出来のいい奴を使ってもらった。今使ってるやつより、ATKにして200は差があるやつさ」
横からリザードマンの男が会話に加わる。
「始めましてだな。俺は鳥獣族リザードマンのフェイロン。ここでは主に鍛冶をやってる」
「はい初めまして。機械族のゼットです。それにしてもいい得物を手に入れましたねだーさん」
「残念ながら借り物なので返さなくてはいけないんだけど……」
そういうと本当に名残惜しそうに一本の匕首をリザードマンに渡す。
フェイロンさんはそれを受け取るといろんな角度から確認してから、感心したようにため息を吐いた。
「すげーな、刃こぼれ一つしてないぜ。俺が同じ事やったときにはボロボロになったっていうのに……」
「まあ、唯一のとりえですからね。それでもようやっとこれだけ傷がついただけですけど」
と、今度は少し焦げている竹のの切れ端を取り出した、そこには横に一文字の傷がわずかについている。
「横は無理でも縦はいけないんですか? こう、繊維に沿って」
「いや、俺も試したんだけど刃が入らないからなぁ」
「そんなの簡単すぎてつまらないじゃないですか」
「えっ?」
「えっ?」
「ちょっと待て、だーさんこれを縦に割ることってできんの?」
「そりゃ、さっきの感覚から言うと、普通にできると思いますけど? え? 切れないって横のことだったんじゃないんですか?」
「いや、縦も歯刃が通らなかったんだよ。どうやればいいんだ?」
「どうって言われても困りますけど……こう、刃を繊維に沿って真っすぐ入れてやれば……」
そういうとだーさんは自分の得物をその竹に振り下ろした。すると、いとも簡単に竹は真っ二つに割れてしまった。
「……マジか? 俺の今までの苦労は一体……」
ガックリとひざをついてうなだれるフェイロンさん。
「ま、まあ、加工の手段が見つかったと思えばいいじゃないですか。だーさんの言ってる事を研究すれば割るための刃物もできるかもですよ?」
「その通りだよフェイロン君。何事も前向きにとらえたまえ」
「とはいってもな……縦に割くだけじゃ、長さの調整ができないだろ? 成果はないに等しいのに自分の努力を否定されちまうとなぁ……」
そう言って、フェイロンさんは割られた竹を見る。釣られて目線をそっちにやり竹についた傷を見たときに一つの考えが浮かんだ。
「……普通の刃物じゃなくてのこぎりはどうなんですか? 試しました?」
「当たり前だろ? 最初の一引きで刃が欠けてダメになっちまったよ」
「……ちょっと、そののこぎり見せてもらっていいですか?」
「刃のかけた鋸なんて見てどうすんだ? ま、いいけどよ」
そういうとフェイロンさんは奥にそののこぎりを取りに行った。
「刃がかけた」となると、思い当たる節がある。予想があっていればいいんだが……。
「そら、これだ。どこも変な所はないだろう?」
しばらくして、フェイロンさんは一本ののこぎりを投げてよこした。受け取ってよく見ると、確かに刃が欠けている以外は「ごく普通の」のこぎりだった。
「あぁ、やっぱり、こののこぎりじゃ竹は切れませんよ」
「あ? どういうことだ?」
「竹には竹用ののこぎりがあるんです。ほら竹ってまっすぐの繊維が縦に細かく密集してるじゃないですか。普通の木と違ってその繊維に刃が引っ掛かるから普通ののこぎりだと刃が欠けちゃうんですよね。なので……」
俺は、のこぎりの刃のところを指で測るように強調して続ける。
「竹用ののこぎりって、この刃の部分の間隔がもっと細かいんですよ。もちろんそれだけじゃいきなり切れるようになるとかは無いでしょうけど、改善点の一つだと思いますよ」
「……なるほど、刃を小さく多くして、一つの刃にかかる負担を減らすってことか」
「はい、少なくともだーさんが傷をつけれたってことは、工夫すれば切れるってことだと思いますよ」
「僕はのこぎりって切り口が美しくないので好きじゃないんですけど、現状それしか手がないならやってみるべきでしょうね」
自分の意見にだーさんも消極的ながら賛同してくれる。
「ぃよしっ! じゃあ、早速試作に移るぜ、いいだろ姉御」
「もちろんだとも! あの竹林が丸々資源になるならおいしいどころの話ではないからな。ギルドの資産、いくら突っ込んでも構わない。存分にやりたまえ!」
「もちろん、俺も付き合いますよ。こんな楽しそうな実験放ってはおけませんからね」
「おう、頼むわ。俺は武器が専門だが工具に関しちゃそっちのが知識もノウハウもあるみたいだしな! それに敬語はよしてくれ、これからは同じ窯に火を入れる仲間だろ」
「そうだな。じゃあ、改めてよろしくフェイロン!」
「あぁ、こっちこそな。ゼット!」
俺とフェイロンはがっちりと固い握手を交わした。
それにしても……。
「実験か……。こんな面白そうなのに参加できないと知ったら、マニコは悔しがるだろうなぁ」
「ホントだよ、せっかくの楽しい実験教室に私を呼ばないなんてゼットは薄情だなぁ」
「いやでもお前はボボンガに残ってるじゃ………」
いきなり肩の方から声が聞こえてきたので思わず見る。
一本の青いきのこと目が合った、マニコの不断のと違って石づきではなく傘の上に目があったので目があったんだが、そうじゃない。
「おま……っ! なん……っ!」
「へっへ~。(生えて)来ちゃった♪」
来ちゃった♪ じゃねぇよ。あの時のおまじないはこんな効果だったのか……。
「いや……まぁ、なんとなく予想はしてた。してたけど、今がいざという時なのかよ……」
「わたしが寂しくなったり、楽しそうな実験のかほりを逃しそうになる意外に、どんな「いざという時」があるんだい?」
「あぁ、そうだ。お前はそう奴だったよ……」
俺ぁ、てっきりバトルとかでピンチになったときとかにさっそうと飛び出してくるもんだと思ってたんだが、まあそういうかっこいいのをこいつに期待しても無駄ってやつか……。
「おい、なんだそりゃ?」
「マニコさんじゃないですか、のこるんじゃなかったんですか?」
ほら、みんなもビックリしてるじゃないか。
「ははっ! 流石マニコ君楽しませてくれるね! そういうのは大歓迎さっ!」
あ、この人は別だったか……ともかく。
俺は自己紹介しなさいと目で促す。
「植物族、今は寄生キノコのマニコでっすよろしくぅ! 楽しそうな気配がしたので来ちゃいました。と言ってもこの端末はできること少なくて横から口出す位しかできないんだけどね」
「こう見えて、化学系の知識は豊富だから何かの役に立つだろうと思う。ませてやってもいいか?」
「チャンタとやりあってた理系女子だろ? 全然かまわねぇぜ。三人寄れば文殊の知恵ってな。人数が多い方がアイデアも出やすくなる」
「うむ、派手になってきて実に私好みだ! 早速始めてくれたまえ!」
「「「イエス・マム!」」」
◇◆◇
それから二週間ただひたすらに実験と施策の繰り返しだった。
金属の配合、のこぎりの歯の形から厚さ、握り手の形などを変えて試作。そのたびにだーさんに試し切りをしてもらうこと、実に348回。チョウランの備蓄鉱石のほとんどを使い果たして(許可を出した陽花さんがクーラさんに怒られていた)、ついに俺達でも不断竹(実験の間にこう呼ぶことが決まった)を切れるのこぎりとなたを開発するに至ったのだ!
「やったな、ついに!」
俺より明らかに長い間ログインしていたフェイロンの声には疲労感が見える。しかしそれ以上に充実感に満ちていた。
「はい、でも俺的にはここからが本番ですが……」
「そういえば試作の合間に何か図面引いてたよね?」
「たしか、るーさんのやってる編み物のパターンみたいに見えましたけど……」
「だーさんいい勘してる。竹細工でかごとか編むでしょ? あれを応用してちょっと考えてるものがあるんだよね」
「そっか、まあ報酬分は好きに使いな。俺はさすがに眠いからもう落ちるわ」
いうが早いか、あっという間にログアウトしてしまうフェイロン。
「私も、出来ること終ったし、ボボンガに戻るね。おつー」
そういって、マニコも引っ込んでしまった。だーさんも、久々にバトルがしたくなったのでとどこかへ行ってしまったので。工房には俺一人だ。
「さてと……」
俺は腕まくりをする仕草をして、竹鋸開発の報酬としてもらった竹に向かい合う。今日はもう少しゲームをしていられるので、試作第一号はできそうだ。
マニコの再登場は本当はもっと後になる予定だったんですけど、実験しようとしたら勝手に出てきてしまいました。思わせぶりなふりをしといて申し訳ないことですが、ここで出てこないマニコはマニコじゃないと思うのでご容赦を。
さて、竹で何を作るのか勘のいい人にはわかると思いますがまだもうちょっと隠させてもらいます。
ちょっとリアルが忙しいので次は再来週以降になると思いますがよろしければお待ちいただけると幸いです。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。




