第四十六話 襲撃っ! ヒートビート!
ガキャァンッ!
薄暗い魔樹の森に甲高い衝撃音が響き渡る。
その中心にはただれた顔の深森熊と鈍色の金属塊がいた。
いや金属塊ではない。よく見ると手足がついている。歪な丸いボディにこれまた丸く太い脚が四本。そして、指のないとげのついた腕らしきもの二本で熊の攻撃を受け止めている。
「この体が間に合っててよかったぜ。るーさんマジ感謝っ!」
まぁ俺のことなんですけどね。
名前:ゼット 大種族:機械族 小種族:アイアン・ギア
HP57 SP13458
STR:276
VIT:651
AGI:2
TEC:5
INT:18
MEN:92
ATK:531~895 DEF:378 MATK:1 MDEF:95
スキル:機工士Lv78 木工:Lv71 錬金術:Lv25 陶芸:Lv40 石工:Lv15 土木Lv23 大声:Lv28 調剤:Lv20 隠伏:Lv34 精密動作:Lv58
装備
アイアンスパイクアーム×2[耐久値10528]
アイアンボールボディ[耐久値15495]
アイアンスパイクレッグ×4[耐久値9672]
窯作成のお礼に、るーさんに依頼していたものはこいつだったのさ。ヒートビートの攻撃にも耐えられる念願の金属ボディ。るーさんの技術不足で若干以上に丸くて太いんだが頑丈さだけは折り紙付きだ。デザインに関しては趣味も多分に入ってると思う。
しかし、燃費が悪い上に重すぎてまともに歩くことすらできない。腕をあげて防御するのもSPギリギリっていう、完全に今装備するにはステータスと前提装備が足りてない状態なんだが、まっすぐ俺だけを狙ってくるこいつを受け止めるだけなら何とかなる。
逆に言うと、そのほかの敵だとヘイト稼ぐことすらできないので無視されて終わりっていう、全くの役立たずなのだが、まぁメタ張り装備なんてそんなものだろう。
「つっても、それでもきついのな………!」
押し合いではらちが明かないとお判断したのか、腕での攻撃に切り替えるヒートビート。
耐久値がケタ違いって言ってもこうやって受け止め続けていたら、そりゃガンガン減ってく。
そう長くはもちそうにないな。
このボディ攻撃手段がほとんどないのだ。一応腕にスパイクはついているが、くっそ鈍いパンチなんかこいつ相手でなくても当たる気がしない。ステータスだけ見れば当たれば強そうなんだけどな。当たらなければどうということもできないのだよ!(泣)
したがって、攻ほかのメンバーがログインしてくるまで、ダメージは期待できないのだが、今日はまだ、他に誰もログインしてきていない。そしていつログインしてくるか分かんねぇ。いつもなら学生組はもうすぐログインしてくるはずなんだが……。
まぁ、やれること一つ一つやりましょうか。
「グーフ! 俺が足止めしているうちに、みんなを連れて魔大樹まで撤退だ! そこで体勢を立て直せ!」
「ワォウン! ワンワンっ!」
返事をするやいなや、仲間たちに向かって指示を飛ばすグーフ。負傷者を回収してすぐに撤退を始める。
死体は無い。モンスターNPCなので死んだら光の粒子になるだけだ。
あぁっ! クソっ! 後で、被害状況の確認もしないとな!
「グフ? ガァァァァァァッ!」
それに気が付いた。ヒートビートは俺を攻撃するのを中断して、そちらに向かって突進する。
野郎、俺狙いじゃなかったのかよ? それとも、言葉を理解してあいつらをヤった方が俺にダメージを与えられると判断したとか? コボルトたちのAIを見てるとあながち間違った予想と思えないのが恐ろしい。
手に指がないので捕まえておくこともできず、動けない俺はそれを見ているしかない。
「まっ! やめろぉぉぉぉぉ!」
ザっ! ジャキィン!
ヒートビートの突進は突如とびかかった二つの陰によって止められた。
しかし影はあっという間に降りはらわれ、弾き飛ばされる。
近くの木にぶつかって止まったそれの正体は、巨大な蟻。マニコのプラントイーターだった。
「マニコ! 来てくれたのか!」
「失礼な。お母さまではありませんわ。わたくしですっ!」
兵士蟻が飛び出した方角から顔を出したのは、例の女王ちゃんだった。
「え? なんで?」
「なんでも何も、あれだけ派手な音が森中に響けば誰だって異常事態だとわかりますわ。それで兵隊を率いてやってきてみれば、私の民が襲われそうになっているではありませんの。それでしたら守るのは当たり前ですわよね?」
「いや、コボルトたちは別にお前の民ってわけじゃないと思うんだが」
「なんでですの? 同じお母さまの領域に住む、お母さまたちに仕える種族ですわよね? でしたらわたくしの民も同然ではありませんの」
「いや、まあ。助かったから文句はないんだけどさ」
そもそもまだ戦闘中だ。無駄話に時間を割いてる余裕はない。
ヒートビートは、弾き飛ばした兵士蟻に襲い掛かろうと動き出していた。
「A,Bは撤退! C~F突撃なさい!」
倒れていた蟻がカサカサと森の奥へ逃げ込み、同じ方向から今度は4体の蟻がヒートビートに襲い掛かる。
上に襲い掛かった二匹は、同じように弾き飛ばされるが、下二匹は足に噛みついて傷を負わせる。
「深い傷を負わせることはありません! 一撃離脱なさい!」
女王ちゃんの言う通り下の蟻は攻撃を受ける前に素早く離脱する。弾き飛ばされた二匹も素早く森の奥へと逃げていった。
よし、今なら意識は蟻たちの方へ向いてる!
「俺を忘れてんじゃねぇっよ!」
俺はバルバロス形態でとびかかり空中でアイアン形態に切り替える。慣性の法則で超重量の質量弾となった俺を、それでもヒートビートは受け止めて見せた。
「だけど、これなら当たるよな!」
スパイクアームを振りかぶりヒートビートの頭めがけてふりおろす。いくらクソ鈍いパンチでも、俺を抱えたままで避けられるわけもない。
「グギャァァァアアアアア!!」
ただれた顔の皮膚から血が噴き出した。たまらず、ヒートビートは俺を落として距離をとる。
「っとと。」
転がりそうになるのを堪えて、体制を整える。
「グ……ガァ……」
血は派手に出たが、そこまで大きなダメージではないようだ。体制が不安定だったし、何より大きな体が邪魔してあたりが浅かったからな。まあ、こんなもんか?
「ガァァァァァァッ!」
手傷を負わされたヒートビートはより怒り狂って俺に向かってくる。そのスキをついて蟻たちが攻撃を加えるが、あまり効いているようには見えない。
「歯がゆいですわね、火力が足りませんわ。」
「女王ちゃん……つぅっ! あんたはなんか攻撃手段はないわけ?」
二度目の突進を受け止めながら後ろで蟻たちに指示を飛ばす女王に訊く。
少なくとも先代女王はそれなりに強かったけど。
「私は女王ですのよ? 戦いは兵士にまかせてふんぞり返るのが仕事ですわ」
……まぁ、指揮は的確だし、戦闘力がないなら前に出られても困るからいいんだけど。マニコのヤツどんな言語教育してんだ?
何にしろ、このままじゃダメージレースで負けちまう。
「うぃーっす、こんこん~……ってなに? 何なの!? この状況!?」
間の抜けたいつも通りの挨拶で入ってきたのはU子。ダメージソースゲットだぜ。
「悪ぃっ! わけわかんないだろうが手を貸してくれ。村がこいつに襲われてんだ! あと蟻はマニコのペットだから攻撃しなくていい!」
「ちょっと、誰がペットですの!?」
女王ちゃんが抗議の声をあげるが、かまってる暇はない。攻撃をしのぎながらU子の方を見ると、彼女は疑問符を浮かべながらも頷いてくれた。
「なんかわかんないけど、おっけー! ってか、ここに来た時に比べりゃまだはっきりしてるんじゃん?」
そりゃ、いきなり転送されたと思ったら。だーさんが襲い掛かってきたんだもんな。味方と敵がはっきりしているだけ、なんぼかましってことか。
「んじゃ、突きまくるよ~!」
U子は愛用の細剣を構えヒートビートに向かって駆けながら、その勢いのまま突き出す……!
パッキャン!
そして折れた……。
「あぁ~! そういえばそろそろ耐久値やばかったんだった!」
ここにはるーさんしか鍛冶師がいないのである。そしてるーさんのTECと鍛冶師レベルでは細剣なんて繊細な物のメンテなんてできるはずもない。いつかはこうなることは必然だったがなにもこんなタイミングでならなくてもいいだろうに!
「おい、大丈夫か!」
その攻撃に反応して攻撃を仕掛ける腕をスウェーとバックステップでかわして、そのまま距離をとるU子。
「大……っ丈夫だけど、突然転送されたから予備の剣は持ってないんだよねぇ。ごめんゼット。火力落ちると思うけど弓で援護するから」
「とりあえず十分だ。無茶させてすまん!」
「武器の管理はあたしのミスだし気にしなくていいっしょ!」
言いながら、ヒートビートとの間に俺を挟むような位置取りに移動する。弓の腕はいまいちだが、立ち回りはそれなりに知っているようだ。流石はゲーマーギャル。たまに俺に誤射するのはご愛敬だ!
「ガァァ………」
しばらくするとヒートビートの攻撃が鈍くなり、ほぼ同時に跳躍して俺から距離をとるような行動に出始めた。
「深追いするな! 撤退してくれるなら、それでいい!」
何とか戦えるようになったことは分かったのだし、また今度準備万端の時に狩りに行けばいい。
そう思っていると。一定の距離をとったヒートビートの周囲にいくつかの魔法陣が展開された。
「赤!? ってことは炎系か!?」
灼熱って炎魔法使うってことなのか? まったく使ってこないから、てっきり焼けただれた顔のことを言うのだとばかり思っていたけど! まさか、残りヒットポイントで行動が変わる系MOBだったとは!
ってか、物理はともかく魔法攻撃はいまだ克服してねぇんだよ!
俺が焦ってると、U子が俺をかばうように前に出た。
「なにやって!?」
「魔防ならウチのが高いからさ。ま、一撃で死ぬことは無いっしょ」
「つって、万が一死んだらここでさよならじゃんか」
「SNSのアドレス交換してるし、フレンド登録もしてるじゃん。なに深刻になってんの?」
それはそうだが、MMOフレンドにとって、一緒に遊べないというのは関係の自然消滅と同義だ。なんだかんだ言っても、近くにいて一緒に遊べるフレンドを優先するのは当たり前である。
せっかく知り合いになったのに、それは寂しいじゃないか。
「ま、縁が合ったらまた遊ぼうよ……っ!」
ヒートビートから放たれる炎の槍が次々とU子に突き刺さる。そして、U子の体が光に包まれ……。
「よかった! 間に合ったですぅ! って、あぁ! ゼットさん、そのメタリックはなんですか! あの素晴らしい森森ボディはどこへやったんですぅ!」
今できた傷がどんどん癒えていく。
どうやらペコリカがログインしてきたようだ。
「あの姿はあの時のネームドMOBね。あの時は逃げるしかできなかったけど、進化したあたしの力を試すにはちょうどいいかもね!」
「レキ~、なんかそれってものすごい咬ませっぽいよ」
後ろにはレキとマニコの姿も見える。
「これなら何とかなりそうだな」
俺は改めて、ヒートビートに向けて構えをとった。




