第四話:たのしい実験教室入門編
次の日、仕事は早めに終わったので4時前に入るとマニコはもうそこにいた。
いや、マニコ……でいいんだよな? 何か全身からキノコをはやした犬が行儀よくお座りしているけど……。
「やぁ、やっと来たわね。遅かったじゃない」
と、俺に声をかけてきたところをみるとやっぱりマニコらしい、舌がだらりと口の外へ伸び、ひとみが別々の方向をうつろに眺めていて、のったのったとこちらへ歩いてくる様は妙な不安感を覚える。
「いや、遅くはないし、むしろ早いんだが……。それよりもその姿はどうしたことだ?」
「ん~? なんか、今まで上げたスキルを踏まえると「マタンゴ」を強化して独立するよりも、「寄生」を強化して動物を操るほうが早かったんだよね。ホントは霊長類が良かったんだけど、なかなかいいのが捕まんなくてさ」
「何というか、その姿は女子的にかなりアウトだと思うんだが……」
「細かいことは気にしない! それよりも、ねぇ? 準備は整っているの?」
「あぁ一応」
まったく細かくはないが、まぁ本人が気にしていないのなら深く突っ込むこともないだろう。グロ系趣味の女子は意外に多いからな。
おれは昨日までに集めた材料をさっきまでマニコが座っていたテーブルに並べた。プラスこれまた昨日までにコツコツ作り置いておいた木製の乳鉢と乳棒も取り出す。
「おぉ、結構集めてるじゃん、ってこの樹液は…」
「ん? 樹液がどうかしたのか?」
「これここらのメヌエムの樹液だよね? グリス作るならこれはやめといたほうがいいよ?」
「メヌエムがどんな木か知らないけどこの森の中で珍しくまっすぐな木に虫がたかっててさ、そこから垂れてたのを採取したんだけど」
と樹液の小瓶をみるとアイテム名が「メヌエムの樹液」となっていた。どうやら間違いないらしい。
「鑑定スキルで調べたし、その特長なら間違いはないと思う。これをプヨンスライムに与えるとコチンスライムに進化するっていう情報があるんだよ」
「へぇ、名前から察するに柔らかいスライムから硬いスライムへと進化するためのアイテムだから凝固してしまう可能性があるというわけだな?」
なるほど、いい情報を聞いた。
「それは………ぜひとも実験せねばならんだろう」
「君……わかってるじゃない!」
どう見ても脱線なのだが、ここには残念ながら実験馬鹿二人だけなので突っ込む奴も止める奴もいない。
俺は早速乳鉢にプヨンスライムのかけらを入れ乳棒ですりつぶし粘液状にしてから、樹液を少し筒加えながらかき混ぜていく、かけら一個に対して、小瓶の三分の一の樹液を加えると緑だった色がコハク色に変わり粘り気が出始め、半分入れるとほぼ完ぺきに固まった。というか乳鉢と乳棒がくっついてとれなくなってしまった。引っ張ったりたたいたりしてみたがびくともしない。
『システムメッセージ:スキル「錬金術」を1レベルで獲得しました』
「おう? なんか錬金術が生えた」
「え? 何それずるい私もやる」
「OK、行ってよし」
何かノリで許可してしまったが、結果乳鉢と乳棒をワンセット無駄にしただけだった。まあ、サンプルがもう一つできた事と、コチンスライムの情報料としてスキル獲得の手伝いを行ったと思えばいいか。
「それにしてもこれはかなり優秀な接着剤だな」
「というより樹脂的な何か? 凝固の際にほとんど体積が減ってないし、うまいこと成型したら武器になるんじゃない?」
「いや、そこまでの強度はあるかどうか、耐久実験するにも準備が足りないし……とりあえず引っ張りと衝撃にはある程度耐性があるっぽいんだけど」
「じゃあ、あとは擦過だねちょっと爪で削ってみようか……あっ」
マニコが声を上げたので見てみると結構簡単に傷が付いていた。
「あぁ、これだと武器とかにはちょっと使えないな、あとは耐熱か一本このまま燃やしてみるか」
俺は石を集めてきて簡単なかまどを作り、乳鉢と乳棒を中心に小枝を組んで木の皮これまた小枝ををハンドミキサーでこすり合わせ火をつけた。
「これでこっちはこのまましばらく放置で、さて、本命のグリス作りにいそしみましょうか」
「この、かき混ぜただけのものじゃダメなの? そのハンドミキサーはそれで動いてるんだよね?」
「まさか! グリスとしての性能はもうちょっと求めたい。ドロリとしたやつとさらさらしたやつを別々にほしいし、樹液ぶっかけられたら速攻で機能停止する弱点を抱えたままだと不安だから、できればそこも解消したい」
「だよね、そしたら。材料足りなくない? あとは水と粘土だけだよね?」
「そうなんだよなぁ……水を混ぜただけだと単なる量増しになるだけだろうし」
いきなり手詰まりか? 最悪しばらくはそのまま使っていくという手もあるが……。
「しょうがないなぁ。私のストレージからもアイテムを提供しよう」
「え? いいのか?」
「もちろんタダじゃないよ? これは貸し、いつか返してもらうから覚えておいて」
「おいおい、其れはいくらなんでも不用心じゃないか?」
ネットゲームの口約束なんてあってないようなものだ。よっぽど相手を信用していないと出来るもんじゃない。少なくとも昨日会ったばかりの相手にするようなものじゃない。
「いいじゃん、面白い実験に付き合わせてくれたお礼って意味もあるし、出すっつってもレアものじゃないしね、ってかそんなん持ってないし」
「んまぁ、そういうことならありがたく」
「このお礼はいずれ物理的にもらうから気にしないで」
「精神的にじゃないのかよ」
「それじゃそっちも心が痛むっしょ? っとまぁ、こんなもんかな?」
出てきた素材アイテムは オレーベの種油、グレイウルフの獣脂、腸膜、牙、毛皮、ミーロンの殻、毒キノコの胞子、以上だ
「本命は油かな? 昔は機械油にクジラのを使って立って言うし」
「んじゃ、獣脂から混ぜてみよっか」
結論から言うと混ざらなかった、常温では固まってしまう獣脂はともかく、植物油のほうもダメだった。考え方は間違っていないと思うんだが……。
そこまで試したところで、燃やしていた乳鉢と乳棒が燃え尽きたので様子を見てみる。見事に、プヨンスライムのかけらと樹液を混ぜた塊……長いので樹脂もどきとするがそれだけが焼け残っていた、しかも幾分締まって色も濃くなっている感じだ……。
「これ、このまま鍋にできないかな?」
形はかなりふちがぶ厚いが器の形になっている。試しにと水を入れて火にかけてみると見事にお湯が沸いた。
「これはもう神の啓示だよね?」
マニコの言葉に、そうだなと言う間も惜しんで、ミーロンの殻を煮出した汁をプヨンスライムとグレイウルフの獣脂を混ぜたものに加えると見事に混ざった。こちらはどういう変化をお起こしたのか黒に近い赤色に変化し、樹液を混ぜても固まらない性質を得た。これで粘度の高いグリスとして使えそうだ。
同じようにオレーベの種油のほうへも混ぜてみたがこちらは変化なし。当分はこの粘度の高いグリスを使っていくことになるだろう。
「これで、当初の目的は達成。結構いい時間になってしまったな」
時計を見るとすでに23時を回っていた。明日も仕事に身としてはそろそろ落ちなければいけない。
「え? まだ日もまたいでないのに?」
「おっさんには明日の仕事の確認事項とかいろいろあるの。遊び足りないんだったらここのもの勝手に使っていいから」
「ん、いいや。犬の体だと出来ることにも限界があるし、私も落ちる、次こそは霊長類の体をゲットしてみせるわ」
何気に怖いことを言いながらマニコはログアウトしていった。
明日のための準備をして落ちますかね。と俺は粘土塊に手をつけた。
メヌエムはゲーム内の架空の木ですが、オレーベはオリーブ、ミーロンはマロンに似たものだと認識してくれればよろしいです。あと犬犬言ってますがマニコが寄生したのはグレイウルフです。