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催眠眼の女  作者: 豚野朗
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「ねーちゃ!ねーちゃ!」

 弟は私をこうやって呼びながら、いつも私の後をついてきた。トテトテともたつきながら、必死になって私の後ろを歩いてくる。

 私はそんな弟が可愛くて、いつも友人よりも弟を優先していた。


 だけど弟が小学校に入ってから、私と弟はどんどんと離れて行って、弟は私よりも小学校の友人を優先するようになった。


 この時から私は、立派な人見知りになってしまっていた。

 弟の方を構い過ぎていたばっかりに、人との距離や付き合い方を覚えることをしなかった。

 どうやって、友人を作っていたかも思い出せず、誰とも付き合うことをせず、本の世界にこもることで、私は学校生活を過ごしていた。


 別に困ることはなかった。

 二人組や三人組を作る時に、少しだけ困ってしまうが、それはその時に先生が半分強制的に作ってくれるから構わなかった。

 そして何よりも私の心を悩ませたのは、弟のことであった。


 私にとっては、「ねーちゃ!ねーちゃ!」と呼びながら来る弟は何よりも可愛い物だったのだ。


 *


「ねーちゃ!ねーちゃ!」


 また聞こえてきた、私の昔の呼び名……。


「ねーちゃ!ねーちゃ!」

 私はすごい力で揺すられている。


 私の肩を掴んで、乱暴に振り回されていると言うのが、適切だと思う。

 車酔いをしがちな私は、耐えられる物ではなかった。


「ねーちゃ、ねーちゃ」


 その声に聞き覚えがあったが、何故かすぐには、分からなかった。

「だ……誰?」

 目を開けて、私を揺すり続けている人を見た。


 それは、弟の健二であった。

「あっ!ねーちゃ!起きた!」と声変わりをした後の野太い声で、昔のような口調で喋りかけてきている。


「健二……?」

「ねーちゃ!遊ぼ!」


 野太い声で、そういうことを言われると違和感があり過ぎて困る。


「ふざけてるの?私を困らせて、嬉しい?」とキツめに言うと、健二の目がウルウルと潤み出した。


 そういえば、健二は昔は泣き虫だったなぁ……。

 そんな事を思っていたら、健二が鼻をすすり出した。


 そして「うわぁぁぁぁぁぁ……!ねーちゃが、怒ったぁ!」と泣き出した。

 色々とあいまって、凄く違和感がある。


 どうしたら良いのか分からない……。


 *


 どうにかこうにか、私は弟を泣きやました。


 それで分かった事なんだけど……。


 弟が幼児化しちゃっている。頭の中だけ……。

 記憶は全部あるみたいなんだけど、行動が子供の頃に戻ってしまっている。


「ねーちゃ!ゲーム!ゲーム!」と連れられて、健二の部屋に入れられて、ゲームをやらされている。

 テレビゲームだ。

 昔はうちの親は私と弟にテレビゲームの類を一切買わなかった。


 しかし私が中学に入った辺りで小遣い制になった時に、弟も小遣い制になったのだ。


 弟はそれを貯めて、比較的安いケータイゲームを買った。

 それから小遣いの額が上がるに連れ、弟はゲームを買い始めた。


 私は全部貯金してある。特に、本以外は使い道がないから。

 買うのは文庫で、それ以外は高過ぎて買うに買えないし、図書館に行けば済むので、特に支障はない。


 弟がゲームを買い始めてから、私と弟は疎遠になり始めた。

 何故だか分からないけど、私を避け始めたのだ。


 それから今に至る。


 そういえば、ここ五六年、弟の部屋に入ったことが一度もなかった。

 改めて見ると、男の部屋だなって思う。

 床に何でもかんでも散らかしてあるし、ベットは汚れているし、少し臭いような気がする。


「ねーちゃ!ねーちゃ!もう一回!」

「うん、良いよ」


 大人っぽくなった体と声で、幼かった時の仕草をされると、どう反応して良いんだか、本当に困る。


 やっているゲームは、格闘のゲームで、私は説明書をみながらやっている。

 しかもやり混んでいるはずのゲームを健二に、私は何回か勝っている。


 弟は友人を連れ込んで、ゲームをずっとやっていて、その友人は弟はゲームが強すぎると言わせているのだから、多分上手い方なんだと思う。


 それは幼児化したせいで、単純な操作しかしなくなっているから。

 動きが単純で、簡単に先を読むことが出来る。


 今度は私が負けてしまった。

 横では、健二がピョンピョンと跳ねながら、大きく喜んでいる。

「ねーちゃ、に勝った!勝った!」


「健二、やめなさい」としかると、「はぁい!」と素直にやめるので、ちょっと可愛いと思ってしまう。


「ねーちゃ!」と健二が私に抱きついてきた。

「きゃっ!」

 タックル気味で、私は押し倒されてしまう。


「健二……重い……。どいて……」

 しかし今度は「ヤダ」と言って、私の上からどかなかった。


「どきなさい!重いの」

「ねーちゃ、僕、ねーちゃのこと大好きだよ!」

「分かった、分かったから、どいて……」

「ねーちゃ、分かってない!」

「分かったから」


「僕ね、ねーちゃのコップをいつも使ってるんだよ!」

「分かったか……えっ?」


「だから、ねーちゃのコップを使ってるの!」

「私のコップって?」

「あの時に、お揃いで買ったの!」


 部屋の中を見回してみると、あった。

 机の上に、私が買ってもらったピンクのコップが。


「うそっ……。てっきり無くしちゃったんだと……」


「ねーちゃのことが、大好き!いつもは恥ずかしくて、言えないけど!」

「そ、そうなんだ……。もう、良い?どいて……」


 幼児化しているせいで、手加減が出来ていない。

 私のお腹には載っていないけど、骨盤に乗られてしまっていて、凄く痛い。壊れちゃいそう。


「ヤダ!」

「なんでよ!」


「これからねーちゃと一緒に、寝るの!」

「はぁ!?」


 ど、どういう意味?

 どうにかして、抜け出さないと。


「えへへへ……」


 私は私の中の勇気を総動員して、弟を睨みつけた。

「どきなさい!」


 すると弟と目が合った。


 その時、頭痛が始まった。

 さっきと同じく、金槌で殴られるような強い痛みを伴う頭痛。


「元に、戻って……」


 私はそれっきり気絶してしまった。

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