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催眠眼の女  作者: 豚野朗
3/4

帰宅

hello.hello、こんにちは

「ご飯出来たから、降りてきて!」と大声で呼びかけたが、いつも通り返事はこない。

 いつもの事、いつものことなんだから。


 テーブルの上には、作ったばかりのあったかい料理が並んでいる。

 まだ温かく、湯気が立っている。


「いただきます」

 私は手のシワとシワを合わせて言った。

 食べ始める。


 私の家では、これが普通の食卓。

 父親と母親はどちらも毎日残業していて、下手すると今日中に帰ってこないこともある。そうなると、二人は何処かで食べてくるか、食べないことが多い。


 偶に早く帰ってくると、一緒に食べるけど、そんな日は一年に何回か。

 それを前にやったのは、数ヶ月前のこと。


 弟は、最近、私の呼んだ時に来ることは絶対に無い。私が食べ終わる直前か、食べ終わった後に、まるで図ったかのように下りてきて、無言で食べ始める。

 こうなったのは、ここ二、三年で、反抗期なのかなって思う。


 今日も、両親共に遅くなるし、弟は下りて来る気配は無い。

 結局、私は一人で食べることになる。

 明かりは点いているけど、なんとなく暗い感じがする。


「ごちそうさまでした」

 自分の使った食器をキッチンに戻し、リビングのテレビを点けた。テレビからは、下品な男女の声が聞こえてくる。

 無音の部屋の中にやっと、音が増えた。


 ソファに座って、それをぼんやりと眺めていると、ギシギシと軋む音が聞こえた。

 そしてギイィとリビングのドアが開く。


 立ち上がって振り向くと、思った通り弟がいた。

 髑髏のTシャツに、黒いズボン、髪は茶色に染めている。眉間に皺を作って、気難しそうにしていた。


「ご飯、食べるよね」と聞くけれど、無言で椅子に座った。

 茶碗に大盛りでご飯をよそって、箸を付けて、弟の前に置く。

 弟は何も言わずに、箸を取り、カチャカチャと夕食を食べ始めた。


 私はその間にお風呂を点けに行く。

 お風呂を使うのは、今、私しかいない。

 私以外はシャワーですませてしまうから。


 戻ってくると、弟がまだ食べている最中だった。無言で私の作った料理とにらめっこしながら、食べている。

 私は弟の対面に座った。


 弟を改めてじっくりと眺めてみる。

 身内だけど、弟はイケメンの部類に入ると思う。顔は整っているし、身体付きも太ってもいないし、痩せ過ぎてもいない。えっと……筋肉質っていうのかな。


 でも顔付きはまだ子供の時のままで、お姉ちゃんお姉ちゃんと言っていた頃と重なる。

 どうしてこんなにグレちゃったんだろう。


 弟が私の視線に気付いて、私を睨んできた。弟が目を細めると、とても怖い。

「あっ、ごめんなさい」

「…………」

 無言で、また食べ始める。


「な、何か飲む?」と聞くと、「コーラ……」と一言答えてくれた。

 私は答えが返ってくると、思っていなかったので、驚いてしまう。それと少しうれしい。


 立ち上がって、冷蔵庫からコーラを出して、棚から適当にコップを取り出す。

 そのコップを見ると、心の中が少しだけあったかくなった。これは弟が幼い時に使っていたコップだ。

 私とお揃いで買ったコップで、これは青で、私のは赤。そういえば、私のは、どこに置いたかな?見えている範囲には、無いけど。


 そのコップを持って、弟の所に戻った。

 弟はまだ食べている。もう少ししかない。食べるの早いなぁ。

 コップをテーブルに置いて、コーラを注ぐ。


「あ……ありが……」と小さな声で弟が何かを言った。

「えっ……、ごめん、蟻がいた?代えるね」

 私はコップを取り替えようとすると、弟はいきなりコップを奪い取って、ガブガブと一気にコーラを飲み干した。


 私が驚いていると、コーラを私から乱暴に奪い取り、自分でコップに注ぎ始めた。

 コップから溢れそうになるほど、大量に入れる。


 そんなに私に入れられるの嫌だったのかな?


「ごめんね。お姉ちゃんになんかして欲しくないよね……」と謝ると、弟はテーブルをバンと叩いて、私を恐い目で睨んできた。


「健二……?」

「あっ……ち、が……」


「うぅ……ごめんね……。イヤだよね……」と目頭が熱くなってくる。

 私は袖で目を擦った。


 その時、何故か弟が私の手を取った。

「…………」

「な、なぁに?どうしたの?」


 弟は口をゆっくりと開いたり閉じたりしている。

 何か言いたいの?


 すぐに、私の手を振り払って、「あっ……」と声を出した。目を見開いて、私を見てきている。

 私は何をしているのか分からなくて、弟を見つめた。


 弟は決まり悪そうにして、椅子に座り直した。そしてまた食べ始める。


 分からない……。

 急に手を握ってきて……。

 うぅ……分からないよ……。

 また、昔みたいに、話せれば良いのに……。


「昔に戻ってくれれば良いのに……」


 弟がパッと顔をあげた。

 その顔には、驚きと悲しみがあるように見えた。


 すぐに私は今の言葉が、口に出ていたことに気づいた。口を手で塞いで、首を横に振る。


 違う……今のは、違う……。

 そんなことを、言いたい訳じゃない。


 悲しそうな弟の目が、私の目と会った。

 弟の黒い瞳が、私をジッと見つめてくる。


 ズキン!


 金槌で額を殴られるような頭痛がした。

 私を責めるように、頭痛が何度も私を襲う。


 ズキン!

 ズキンズキン!


 ズキンズキンズキン!


 痛みが増していく。

 耐えられない……。

 弟に伝えようとしても、口が、頭が動かない。

 すぐに目の前が真っ暗になった。

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