#5 あいつぶん殴りてぇ
今回は、少々短いです。
「…という事なんだけど、思い出した?」
(思い出した…あいつぶん殴りてぇ~)
「あ~、残念だけどそれ無理」
(無理?)
「まぁ、順を追って教えてあげるよ。
さっきも言ったけど、君は召喚に失敗して死んだ…。
しかも、中途半端に魂だけこちらの世界に来てね。
ぶっちゃけると、僕は君のいた世界の神じゃないから、君を生き返らせる義理も権利もない。けど、それだと君があまりにも可哀想だし、僕の世界の人間が仕出かした事だから責任が全くないとも言いきれない。だから、君を僕の世界に転生させようと思う」
(本当か!?)
「うん。でも、君が転生する世界は、聖アルゼルフ王国があった時代から千年後の世界になる。だから、さっき君が言った”ぶん殴りてぇ”ってのは出来ないんだ。
当の本人はすでに死んでいるからね」
(千年後…)
「それともう1つ…。僕は転生ってのをやった事がない。というか、今までやる機会がなかったからね。それと残念だけど、君を完全に転生させる事が出来ないんだ…。
恐らくだけど、転生した君は今の君とは別人だ。いや、正確には君であって君でないという感じかな。今の君としての人格は、夢の中で出てくる程度だろう。知識や能力は、閃きやアイデアとして表に出るだけだと思う。何かの拍子で君の人格が表に出る可能性もないと言い切れないけど…可能性は0に等しいだろうね。まぁ、僕としては、転生出来るだけでも有難く思って欲しいのだけど…理解してくれるかな?」
(………分った。それで良い)
「ふ、聞き分けが良くて僕は嬉しいよ。で、転生するにあたって君にプレゼントを上げるよ。まぁ、プレゼントと言えるかどうか分らないけど…。エルウイッシュという名前に愛着があるだろう?だから、レイツ=エルウイッシュの子孫の元へ君を転生させる事にするよ」
自称神は、言いたい事を言って転生の準備に掛かった。
(レイツ=エルウイッシュは、実在したのか…?)
自称神は、すでに魔法の詠唱のような事をしているようで、彼の質問には答えてくれなかった。
転生先では、彼の人格が表で出る事はないと告げられ衝撃が走るが転生せずにこのまま終わるよりはマシだと踏ん切りを付けた。
「もう、僕と会う事はないだろうけど頑張ってね。影ながら応援するよ」
神の最後の言葉が終わると、彼の意識は序々に薄れてゆき眠るように意識を手放した。
◆◆◆
――――ルビナンス聖暦3815年11月24日
――――アルゼルフ帝国、国立総合病院
「シグライト様、おめでとうございます。元気な男の子です」
「ふむ、ありがとう。お前もよく頑張った」
「はい」
その日、シグライト=エルウイッシュとその妻ライラ=エルウイッシュの間に待望の長男が生まれる。
シグライトは、看護師から赤ん坊を受け取り大切に抱き上げ顔を覗き込む。
「髪の色は私だが、顔はライラ…お前によく似ている。
大きくなれば大層モテるだろうよ」
産毛とは言えはっきりと分るほどの黒い髪が見える。
これはエルウイッシュ家の遺伝と言え生まれてくる子供のほとんどが黒い髪で生まれる。
シグライトも例外ではなく、漆黒と思わせるほどに綺麗な黒い髪をしている。
ちなみに、ライラは赤い髪に赤い瞳をしており、赤ん坊の瞳は母親から遺伝したようだ。
「ふふ、あなたったら…」
「さて、名前をどうするか…だな」
「あなた、私が決めて良いかしら?」
「ん?そうだな。何にするか決めているのか?」
「ええ。ヒロなんてどうかしら」
「ヒロか…。ふむ。お前は今日からヒロ=エルウイッシュだ」
そう…シグライトが赤ん坊に言い聞かせると先ほどまで泣いていたと思えないくらい嬉しそうに微笑んだ。
ほとんど、聞こえない筈なのに…。
「あら?そんなに気に入ったのかしら…」
シグライトは、赤ん坊を寝付かしてからしばらく妻と二人きりの時間を過ごしていた。
最近、2つの隣国からの領域侵犯が相次いでおり休みをなかなか取れないでいたが、第一子の出産という事で特別に休暇を貰っていた。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。
コン、コン…と病室の扉にノックする音がする。
「シグライト様…」
シグライトの幸せそうだった表情は一気に不機嫌となる。
妻ライラは、不安を隠せなかった。
「…ここがどういう場か貴様分っているのだろうな?
まぁ、良い。で、どうした?」
「はっ。トリスト共和国が領域侵犯及び国境近くの街を占拠したようです」
「またか…。あの国は飽きずによくやるな」
「既に国境騎士団が鎮圧に向けて出発しております」
「なら、私に何用だ?」
「はっ、その少し後にベルグラシア帝国がエルドラント王国へ向けて進軍したと報告がありました」
「ベルグラシアが!?」
ベルグラシア帝国は、長年アルゼルフ帝国とは冷戦状態の国だ。
ほぼ戦力が均等している上にアルゼルフ帝国の属国であるエルドラント王国が両国の間に挟まっている位置にある事から、大規模な戦闘はほとんど起きていない。
冷戦になる前は、ベルグラシア帝国の執拗な侵略でエルドラント王国は滅びかけた事がある。それを助けたのがアルゼルフ帝国だ。
アルゼルフ帝国は、エルドラント王国に対して属国になれば守ってやるという様な要求をしたとかしないとか…大体今から10年ほど前の話である。
ちなみに、シグライトはその際の最高功労者として英雄と呼ばれるようになり、妻であるライラは当時のエルドラント王国第二王女であった。
2人の結婚は要するに、アルゼルフ帝国とエルドラント王国の友好の証もとい政略結婚という事だ。
が、見て分るように二人の関係は良好と言える。
「真偽を確かめる為に出撃して貰いたいとの事…」
「私の騎士団がどういう役割を持っているのか分って言っているのだろうな?」
「…現在、自由に動ける騎士団が近衛騎士団かシグライト様の騎士団のみでして…」
「ふん、分っている」
シグライトは、身なりを整え椅子に掛けていたコートを手に持ち扉へ向かう。
「不本意だが、行って来る。
…そんな顔をするな。すぐに戻るさ」
「はい…行ってらっしゃいませ…」
「では、行くぞ」
「はっ」
シグライトと伝令の騎士は、早足で病室を出て行く。
「あなた…」
ちなみに、シグライトに死亡フラグは立ちません。
※6/12 ”待望の第一子”という表現から”待望の長男”に変更しました。