愛ですものね!
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「はぁ?こんなのが僕の婚約者なの?君の兄上の方が美しいじゃないか?」
9歳になったばかりの初めての婚約者との顔合わせはそんな暴言から始まった。それまでは私、アニカ・トーデルは伯爵家の第二子であり、長女であり末の子として産まれ、家族に可愛いと溺愛されて育っていた。そのような暴言とは無縁な生活を送っていた。
代々続く伯爵家として国王陛下にも覚え目出度い優秀な父と、実家は侯爵家で社交界の白百合と称される美しく清廉潔白な淑女の母。そして、母譲りの艶やかなミモザ色の長い髪と父親譲りの晴れ渡る夏の青空の様なサファイアブルーの瞳を持つ美しくもお優しいお兄様を家族にもつ私は恵まれている。
愛情深く慈しんでくれる両親と兄に囲まれてすくすくと育った。もちろん、清廉潔白な白百合と異名を持つ母の淑女教育は厳しく私自身もそんな母を誇らしく思い日々学んでそれなりにご婦人方がから称賛を頂いてきた。
そんな私には生まれる前からの婚約者がいた。公爵家の嫡男イレネウス・エルメリンス公爵令息。母と公爵夫人が親友と言う理由だけである。
母と公爵夫人は、母の王太子妃候補時代に仲が良くなったといつも楽しそうに話してくださる。公爵夫人は今の国王陛下の妹君で元王女、母は侯爵令嬢であり年回りと家格により王太子妃候補となったが10名ほどいる中の1人で母は学びの場として王太子妃教育を楽しんでいたが王太子妃になることは望んでいなかったと話されていた。
王太子妃教育に集められるご令嬢方と共に、第一王女と現公爵夫人である第二王女も同じ教師の下で学びを請う中で意気投合して今の友情関係が出来たと父との慣れそれよりも嬉しそうに頬を染めてお話しして下さった。
母が、自らの立ち位置に思うところがあり王太子妃候補を1年の予定を待たず辞退しても、其々が公爵家とは伯爵家に嫁いでも、母たちの友情は変わらなかった。
そして、生まれたイレネウス様の祝いへ向かった際に、公爵邸にて突然体調を崩して医者にかかった母のお腹に私が授かったと分かった時には、運命だと大いにはしゃいでお互いの夫を説得して、お腹の子が女児であれば婚約を、男児であれば次男であるのでイレネウス様の補佐役へと話はとんとん拍子に整った。
イレネウス様は幼少期お身体が弱く、空気のいい領地でお過ごしになり社交時期に王都でお会いすることが叶わなかった。それから、イレネウス様も成長と共にお体も丈夫になり、彼が10歳の社交シーズンに初めて王都へいらっしゃるという事で顔合わせをしようとなった。
それで、初対面の彼の冒頭の発言である。確かにお兄様は母譲りの艶やかなミモザ色の髪と父親譲りの晴れ渡る夏の青空の様なサファイアブルーの瞳は美しく目を引き、私のお父様譲りのアンティークゴールドの髪は少しお兄様よりくすんだ印象を受けるし、お母様譲りの葡萄色の瞳も私はお気に入りだけど暗くは見えるのだろうとは思った。
だが、白百合と称される母もそんな侯爵令嬢を射止めた父も貴族の中でも整った顔立ちをしているのでアニカももちろん美しい顔の作りではある。ただ兄より色彩が少しだけ落ち着いているだけで。
5歳も上の兄はアニカを可愛がり、兄の友人たちとの会話にもアニカを入れることが多かった。普段、年上と話をすることが多いアニカは少しばかり精神年齢が達観していたので、初対面の1つ下の少女にいう事では無いだろう呆れた気持ちで9歳ながらに初対面の婚約者へ淑女の笑顔で返した。
普通の令嬢であれば大泣きしてもいいだろうと思うが、9歳ながらに彼は勝手に親の決めた婚約者である私が嫌いなんだと考えたのだ。そんな彼は、その後も会えばいつも顰めた顔をして大人たちがいない場所ではとすぐに暴言を吐く。だから、アニカは親の決めた婚約者に不満があると思っていたし、そのうち彼から婚約を解消する話が出るだろうと信じて疑わなかった。
なんだ、お前の髪の毛は麦の色だ。田舎の色だ。
そのでかい目は飾りか、こんな簡単な単語も読めないのか。
顔が小さくて握りつぶしそうだ。あまり近づくな。
足が遅くて隣を歩きたくない。
二人でのお茶会を苦痛に思い、兄や自身の友人たちとのお茶会へ誘えば帰りの馬車は暴言のオンパレードになった。親しい友人や妹の様に可愛がってくれる兄の友人たちの前では無かったのは幸いというのだろうか。
なんだ、あの紅茶の飲み方は気取っているのか?
少しばかり王都で早く社交としたからと言って公爵家の私に人を紹介するとは何様だ。
男に媚ばかり売ってはずかしくないのか?
毎回毎回飽きもせずに彼の暴言は増えていく、9歳から続いた月に1度のお茶会と言う苦行も5年続くと身体も成長する。アニカの体も女性らしくなり、イレネウスの身長も伸び、剣術に精を出している体躯はムキムキではないにしてもアニカより大きくなっていった。
最初の2年ほどは、いつこの婚約は解消されるのかとそれだけを楽しみにしていた。しかし、なかなかその話がやってこない。アニカは両親へ自分から訴えてみようと真剣に考え両親に訴え始めた。
出会った頃は辞めて下さいと抗議していたが体の差が出来る頃には、あまりの暴言と威圧に手を上げられやしないかと不安になり言い返す事すら出来なくなっていった。
大きく邪魔な胸の脂肪
細く折れそうな腰
長ったらしく慎みが無い足
知識をひけらかす傲慢な頭脳
成長した体への暴言も増えていきいくらアニカが達観した令嬢であるとしても、傷つかないわけでは無い。アニカは更にイレネウス様と会うのが嫌になり、友人たちに向ける邪気の無い笑顔は鳴りを潜め、貼り付けた様な淑女の笑顔でお茶会の時間が過ぎるのを待つしかなかった。そして、増々彼の暴言は留まることを知らなかった。
けれど、相手は公爵令息、親たちは特に母親同士は自分たちの子が夫婦になり孫が生まれる事をそれはそれは楽しそうに夢想していた。私はその夢想にゾッとするしかないがそんな胸中を母に訴えても無駄に終わる。妻を溺愛する夫たちも、妻が歓び領地の理にもなるこの婚約を解消するつもりが無い事は明白だった。
何度、彼とは合わないから婚約を解消してほしいと訴えたが両親は全く話を聞いてくれない。両親は揃って彼は、私は愛していると言う。思春期の男の子には多くある事なんだと言う。愛されているからあの理不尽な言葉を我慢しなくてはならない。そう。愛されているから・・・・
「私は、イレネウス様に愛されているのですか?」
「あぁ。男と言うものは好いた女性の気を引く為に心にもない事を行ってしまうものなんだよ。特にあの年頃の男はな・・・」
「えぇそうね。愛してるが故というのでしょうね。大人になれば治まるわ。心配しないでアニカ」
「ですが、イレネウス様の発言の数々は聊か思春期で片づけるにはひどすぎませんか?」
お兄様だけが、庇ってくれるがやはり両親はイレネウス様を擁護する。それには、公爵夫人がアニカの母であるテレシアに息子の愛の暴走と反省を逐一話しているからであるのだがアニカはそんなことを知る由もない。
「まぁまぁ。好きすぎるが故だろう」
「そうね。少しやんちゃではありますがアニカをよく見ているではないですか。お体が弱かったので少し紳士教育の遅れなのでしょうから許して差し上げなさい」
「しかし・・・・」
お兄様の訴えも両親は介さない事を、5年の月日が教えてくれた。私はお兄様の腕に手を添えてそれ以上の話を止めて両親に自分の思いを伝える。
「そうなのですね・・・。分かりました。私もお父様とお母様を愛しております。お兄様は特別愛していますわ」
そこから、私は両親へのイレネウス様流の『愛』を惜しみなく伝える事にした。お兄様には私が思う愛を伝えることにした。
「あら?お父様、アンティークゴールドの御髪の間から頭皮は見えていますわ。流行りの髪型でいらっしゃるの?素敵ですわね」
「お母様。最近コルセットのサイズを新調されたとか?さすが、お母様常に上を目指してらっしゃるのね。尊敬いたしますわ」
「お兄様は、この様なことまでもう学ばれていらっしゃるのね!私もお兄様のように博識になりたいですわ」
「お父様聞きまして!お父様のご友人のザウアーラント伯爵様、宰相補佐官に昇進するそうですわ!お父様はいつ昇進しますの?きっとお父様もすぐですわよね!」
「流石、お母様このような高価な化粧品をお使いになっているのですね!でも、イザベラ公爵夫人より肌のトーンがくすんでらっしゃるのは高位貴族への配慮ですか?私も気をつけねばなりませんね」
「お兄様の剣術のお稽古!カッコ良かったですわ!私、うっとりしてしまいましたわ!」
「お父様の後ろ姿、最近子豚さんと似てきていらして愛らしいですわ!」
「お母様の声は、鶏の様に通りますわね!素晴らしいですわ!」
私が愛を伝える度に、顔を赤くして喜ぶ両親に向かってきちんと愛を伝える。
「私、お父様を愛していますわ!」
「私、お母様を愛していますの!」
もちろん、率直な愛の言葉を付け加えるのを忘れない。そうなると、両親は決まって『ぐっ』『うっ』と更に感動してくれるので私の愛を伝える事を辞めない。
「ずっとずっと、毎日、毎日、愛を伝えますね!お父様!お母様!」
と、私が言うと両親は困った顔をして照れて、何とも言えない顔になり私を愛していると言ってくれる。それを日々続けるために私は常にノートを持って愛情表現レパートリーを増やしている。
お兄様は苦笑してほどほどにとは言いますが特に止める素振りもない。そんなにこの様な愛情表現を思いつかないので毎日1つか2つが限界ですわと答えるとお兄様は仕方が無いなと頭を撫でて下さる。お兄様の優しい大きな手が好きだとまた私が思う愛をお兄様に伝えると柔らかく微笑んでくださる。
レパートリーを増やすのに、イレネウス様とのお茶会は凄く参考になり以前より苦痛ではなくなった。流石に目の前でメモは出来ないので馬車に筆記用具を忍ばせて、今まで聞き流していたお言葉をしっかりと聞き記憶する様に励んだ。
その様な態度をしていると最近、少しばかり『愛』の言葉が減ってがっかりしてしまう。お父様とお母様の為にも是非イレネウス様には頑張って、私への『愛情表現』を頑張っていただきたい。
もう一つ変わったと言えばお父様もお母様もお痩せになっている。『愛』を伝えることは健康に良い事なんでしょうと嬉し誤算だった。お母様のコルセットもサイズが戻って喜んでいらっしゃる。
そんな中、婚約者の家で晩餐を取る予定が朝食の際に伝えられた。
「まぁ!イレネウス様と、オジ様とオバ様もご一緒ですか!私、オジ様もオバ様も大好きですの!お二人にもたくさん『愛』を伝えますわね!さっそくリストアップしなくては!やはり、其々に合った言葉の方が喜ばれますよね!」
るんるんと朝食室から出ようとする私を両親は止めた。その日は愛を伝えなくてもいいとか、リストアップする必要は無いのだとか。つまり、いつもの『愛情表現』をするなと言外に言う。
「まぁ!大丈夫ですわ!私は、この『愛情表現』には思うところはありますが、イレネウス様の『愛情表現』には慣れてるオジ様とオバ様ですもの。きっと喜んで下さるわ!」
満面の笑みで私が両親に伝えると、イレネウス様さまからの『愛情表現』のリストがあれば一度借りたいと仰られ、数日後には晩餐の予定と共にイレネウス様との婚約が白紙になったと私に伝えられた。
あぁ。イレネウス様流の『愛情表現』で両親への私の『愛』が伝わって婚約を見直してくれたのねと感動して、私がイレネウス様とお茶会をしていた期間の向こう5年間はこの『愛情表現』を続けますねと伝えると両親は涙を流して感動してくれた。
読んで頂きありがとうございます!
ぎっくり腰リハビリに書いてみました。
楽しんで頂けたらいいなと思います☆




