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最低な女

作者: 椎名正
掲載日:2026/05/22

 はじめに断っておこう。

 この物語はコメディーである。



 「人間の面汚しが!」

 「おまえは獣人族の敵だ!」

 長年にわたり王国内で対立していた人間と獣人族。多くの心ある者達がその状況改善に取り組み成果がうまくでなかったが、皮肉なことに聖女を罵倒する共通の生贄をつくる行為が、それまで実現しなかった人間と獣人族の連帯感を生みだしていた。

 完全予知の能力を持ち、大災害などを事前に知らせることで多くの王国民を救ってきた聖女。

 だが、今は罪人がごとく、広場に連行されていく。

 群衆たちは聖女に罵倒の言葉を投げつける。

 「あなたは何をしたかわかっているのですか?」

 憎悪の感情を隠さず王妃が、聖女を断罪する。

 広場の中央に引きずり出された聖女を、取り囲む群衆。その群集の中に聖女の味方は一人もいなかった。

 「私は完全予知の力を失いました。もうこの王国のために未来を予知することはできません」

 「そんなことで怒っている者はここにはいません。あなたは最悪のタイミングで最悪のことをしたんです」

 「私は最低な女です」

 その聖女の言葉で、普段微笑みを絶やさない王妃が怒鳴り声をあげる。

 「悲劇の主人公を気取っているんじゃないわよ!あなたは!これまでのわだかまりと決別するために、人間の代表と獣人族の代表が婚姻する。それを実現するために、大勢の人が長い時間かけてようやく調整し、反対派を抑え込んで、ようやく王国あげての国家規模の結婚式に、あなたは!人間代表であるあなたは!結婚式当日に、あなたは!結婚を止めると言い出したのですよ!これは人間側が、獣人族に宣戦布告していると受け取られても言い訳できないんですよ!」

 「それでも、私は結婚することはできません」

 群衆から投げつけられた生卵が、聖女の顔面に直撃する。

 次々と生卵が投げつけられ、聖女の身体を汚す。



 ここで、もう一度断っておこう。

 この物語はコメディーである。



 群衆から飛び出してきた獣人族の娘が、聖女の首を掴む。

 細腕だが、獣人族の腕力なら簡単に人間の聖女の首の骨をへし折れる。

 「お義姉さん」

 「私をお義姉さんなんて呼ぶな!」

 「当然ですね。私にその資格はないのですから」

 「なんだ、その悲劇のヒロインぶった言いぐさは?」

 獣人族の娘は激怒しておたけびを上げる。

 「なんで弟を裏切った?なんで結婚式当日に結婚式をぶち壊した?あなたは人間だけど、獣人族の村で育って私達と仲間だった。だから、人間嫌いの我が一族が、あなた達の結婚を認めることにしたんだ。それを、お前が全てぶち壊したんだ。幼馴染のお前を好きだった弟がどれだけ傷ついたか。もう人間との関係修復など不可能だ。なんで、こんなことをした?」

 「それは、私があさましい女だからです」

 「どういうことだ?」

 「人前で話せるものではないのです」

 「これ以上の恥があるか!」

 「そうですね。私には話す義務があります。私の完全予知能力は知ってますね。私はみなさんにその能力は失われたと言いましたが、本当は違うのです。実際には完全予知能力はそのままである特定の未来しか視えなくなったのです」

 聖女は、結婚を破棄した相手の名を呼ぶ。

 「いえ、もう私にはあの人の名前を呼ぶ資格はないですね。あの人は私の初恋の人だった。今でもあの人を愛してます。でも、私は結婚式前日に視てしまった最悪の未来を。絶対に変えられないその未来で、私はあの人とは別の男に抱かれていたのです」

 「なんだと?」

 獣人族の娘は、敵意の牙をみせる。

 「初めは、無理矢理その男に身体を汚されていると思いました。でも、違うのです。あきらかに私はその行為に喜んでいたのです。それも、一度だけではないのです。それから、予知をするたびに、その男とエッチをする未来が視えるのです。何十回、いえ、何百回も、ラブラブエッチする行為が確定しているのです。その獣人族の男と」

 「ん?」

 群衆の空気が明確に変わる。

 「このままあの人と結婚すれば、あの人を裏切ったまま夫婦生活をすることになります。それだけはできません。結婚式を取りやめることが、私にできる唯一の償いでした」

 先程まで攻撃的だった獣人族の娘が、おそるおそる聖女に質問する。

 「あなた、確か大人の獣人族の見分けがつかなかったよね。なんで未来予知で見たその獣人族の男が、私の弟じゃないと思っているの?」

 「あの人ではありえないんです。未来で視た私を抱いた男は、私より大柄で背丈が高く、今の小さいあの人がどんなに成長してもあんなに大きくはならないでしょう」

 「いや、それは人間の成長ぐあいで、獣人族は成長すればあなたより絶対大きくなるし、あれ?それ、知らない?ああっ。あの、ちょっと聞いていい?その未来予知の獣人族の男に何か特徴はなかった?たとえば、右肩の模様とか」

 「はい、右肩に星形の模様がありました。知り合いなのですか?」

 「知っている。いや、知らないわ!」

 群衆達も自体を理解し、聖女に聞こえないように声を潜める。

 「若様のことだよな」

 「絶対そうだよ。あのパターンだと、成長したらきれいな星形になる」

 「どうしよう。俺、罵倒しちゃったよ」

 「ひどいこと言っちゃった。ひどいことしちゃった」

 人間の王妃が涙目で、獣人族の娘に確認する。

 「これ、やっぱり、あれなの?」

 獣人族の娘が、声を小さくして聖女に聞こえないように答える。

 「はい。聖女は、これから私の弟とラブラブエッチを何百回以上する未来予知をして、それが私の弟とは別人だと勘違いしてます」

 本来人の良い王妃が頭を抱えて叫ぶ。

 「私、怒鳴っちゃった。それよりも、聖女の誤解を、いや、未来が確定しているなら、それは野暮なことで、ああっ」

 王妃はしばらく取り乱した後で、深呼吸し、みなに宣言する。

 「みなさん、いいですね。聖女に謝罪するのは本人が気がついた後です」

 王妃は、聖女に向き直る。

 「よくよく考えると、異種族友好を、一組の結婚で解決しようなんて馬鹿げた話でしたね。異種族問題はあなた抜きで取り組んでいくので、あなたは好きに恋愛してください」

 「王妃様。私なんかの尻ぬぐいをしてくださるのですね」

 「そういうわけじゃあ、いや、今はそれでいいわ、後でめちゃ謝るから」

 そのとき聖女の名前を呼ぶ声がした。

 軟禁されていた獣人族の若が、監視から抜け出して愛する者の元へたどり着いた。

 いま来たばかりなので、これまでの経緯を知らない。

 「僕は君を愛してる」

 聖女は唇をかみしめ、迷いを振り切り、言った。

 「あなたの愛なんか迷惑です。二度と、私の前に現れないでください」

 二人の愛の結末をもう知っている群衆は、口を閉じ視線を泳がせる。

 愛する者に背中を向け、聖女は小声で言った。

 「さようなら、私の初恋の人」



 最後に言っておこう。

 この物語はコメディーである。

 そして、この女は絶対に幸せになるのである。


   おわり


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