乙女のひそかな想い
夜空祈は、ようやく少し落ち着くと、手元にある一枚の写真を愛おしそうに眺めた。
そこに写っている影山瞬は、最新のFPSゲームに夢中になっていて、驚くほど真剣な表情をしている。
(……この写真、最高。我ながらいいタイミングで撮れたかも)
こっそりとシャッターを切ったものだったが、タイミングは完璧だった。瞬がふと横を向いたその瞬間。構図の中心には大好きな彼が収まり、一生懸命でまっすぐな横顔が、鮮明に写し出されていた。
「はぁ……可愛いなぁ、瞬くん」
その横顔を見つめながら、祈はそっと唇を噛み、意を決したように写真の中の彼へそっとリップ音を重ねた。
――した瞬間、猛烈に恥ずかしくなり、彼女はゲーミングチェアの隣にあるベッドへとダイブした。女の子らしさなんてどこへやら、彼女はシーツの上でじたばたと足をバタつかせ、身悶えしながら転げ回った。
そして、傍らにあるパンダのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。三年前にはやった、自分の背丈の半分ほどもあるそのぬいぐるみは、少し古びてはいるものの、真っ白でとても清潔だった。
祈はそのパンダに頬をすり寄せ、まるでお気に入りの相手と甘え合っているかのように、幸せそうに目を細める。
「ふふ……これも、ちゃんと壁に貼っておかなくちゃ」
祈はベッドの上でくるんと一回転してスリッパを履くと、勢いよく立ち上がり、部屋の明かりをパッと灯した。
慣れた手つきで引き出しから両面テープを取り出し、丁寧に、丁寧に貼り付ける。そして、壁一面に広がる「瞬くん」のコレクションの中に、新しい一枚をそっと加えた。
「全部、この二年間で撮った私の宝物。瞬くん、瞬くん、瞬くん……」
彼の住所を知ってから、祈は時々、影山家の近くまで足を運んでいた。運が良ければ、こうして大好きな人の自然な姿をカメラに収めることができる。
彼女にとって一番の幸せは、写真の中の彼を眺めながら、二人で過ごす未来をゆったりと想像することだった。
けれど、最近は現実の距離が縮まった分、かえって不安も募っていた。
「白濑さんも、神城先輩も……みんな可愛くて綺麗だし、何より小瞬との距離がすごく近いんだもん」
自分はいつも遠くから見つめることしかできない。瞬が少しずつ人気者になって、まるで鈍感なラブコメの主人公みたいになっていくのを見て、祈の胸は少しだけチクりと痛んだ。
大きな石がずっと心臓を塞いでいるみたいで、少しだけ息苦しい。
私はこれからも、ずっと後ろから見つめ続ける。
「ねぇ、どうすればもっと近づけるのかな…… Panda、教えてよ」
少しだけ沈んだ気持ちを振り払うように、祈は再びベッドへと潜り込み、一番のぬくもりをくれる Panda をぎゅっと抱きしめた。
祈は今でも鮮明に覚えている。これが、人生で初めてもらったプレゼントだということを。それも、大好きな瞬くんからの。
この Panda は、当時とても高価なものだった。瞬くんは一生懸命にゲームの代行(代打ち)をして、必死にお金を貯めて、誕生日にサプライズで贈ってくれたのだ。
瞬くんは、本当に、本当にお人好しで馬鹿なんだから。一度も会ったことなんてないのに。ただ私が「誕生日なんて祝ってもらったことない」とか「パンダが好き」なんて、少しワガママを言っただけなのに。
彼はその言葉のために、長い時間をかけて努力してくれたのだ。
「……それにね、今日見ちゃったんだよ。新しく来た女の子が瞬くんの手を引いてるところ。あんなの、恋人同士がすることだよね……っ」
「もしかして、あの二人、もう付き合ってるのかな? 私はもう、手遅れなのかな……どう思う、Panda」
「……ううん、そんなはずないよね。さっき自分で聞いたばっかりだもん」
「正体がバレそうになって怖かったけど……でも、瞬くん、私のこと『可愛い』って言ってくれた。ねぇ Panda、私……もっと自分を磨いて、おしゃれした方がいいのかな?」
祈は、大切で可愛い Panda にずっと語りかけていた。
「私も……あの子みたいに勇気を出して、瞬くんの手を握れたらいいのに」
脳裏には、部活での瞬とのやり取りが、きらきらとした破片のように次々と浮かんでは消えていく。
ふと、彼と先輩(千鶴)との距離感を思い出し、祈は不満げに頬を膨らませた。
「ねぇ Panda、聞いて。瞬くんってば、すごくHなんだよ? 可愛い女の子にちょっと誘惑されただけで、すぐデレデレしちゃうんだから」
「もし……もし私たちが付き合うことになったら、絶対にしっかり管理しなくちゃ。外で浮気する余裕なんてないくらい、毎日、彼と……っ」
そこまで想像して、祈は顔から火が出るほど赤くなり、たまらずベッドの上をごろごろと転げ回った。
夜は更けていく。けれど、少女の恋心は夜空に散りばめられた星々のように、いつまでも、いつまでも瞬き続けていた。




